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恋愛映画

 盆を過ぎても、まだまだ夏の真っ盛り。


 俺は冷房の利いた自室で、飲みサー……ダイビング漫画を読みながら部屋で一人笑っていると、手にしていたスマホにメッセージが届いた。

 

 差出人は、夏奈だった。すぐに通知画面をタップし、メッセージ内容を見る。


『明日の午後は、暇かな? 一緒に映画を観てほしいなー』


 確かこの間、一緒に映画を観に行きたいって言っていたな。

 以前、また冬華や池と一緒に行こうと答えたと思うが……。


 そう思ってから、今日の日付を見て、俺の過去の記憶がおぼろげながら蘇る。


 もしかしたら、明日って……。


 俺は、夏奈に返事を送る。


『ああ、いいぞ』


 夏奈からは、すぐに返事が来た。


『やった! あ、明日は二人っきりだから、絶対に冬華ちゃんとか、春馬とか。とにかく他の人に声をかけちゃ、ダメだからねっ!』


 という内容のメッセージだった。


『ああ、分かった』


『それなら、良いんだけど…』


 と送られてきてから、明日の集合場所と時間が送られてきた。

 それを確認したことを、俺はメッセージで伝える。


 スマホをスリープにしてから、俺はかつての夏の日のことをしばしの間思い出す――。  




 そして、翌日。

 映画館のある最寄り駅に、俺はいた。

 そこは、初めて冬華とデートをした際に待ち合わせに使った駅だった。


 俺は待ち合わせ時間より少し早めに到着していた。

 まだ、夏奈は待ち合わせ場所に着いてはいない。

 ポケットからスマホを取り出し、適当に時間を潰すことにする。


 そして、夏奈を待つこと数分。

 ……突如、俺の視界が真っ暗になった。

 

「だーれだ?」


 それから、弾んだ声が耳に届いた。

 ……俺にこんなことをする女子は、冬華か夏奈くらいだ。

 今は夏奈との待ち合わせ中だし、そもそも二人の声を聞き間違えるわけもない。


「夏奈」


 だから俺は、すかさずそう答えてから、目元を覆う手を掴んでから、後ろを振り返った。

 そこにいたのは、予想通り夏奈だった。


 俺が言い当てたのが意外だったのだろうか?

 夏奈は驚いたような表情を浮かべつつ、顔を赤くしてから言った。


「せ、正解……。私でしたー」


「なに驚いてるんだ? そんなに、俺が言い当てたのが意外だったか?」


「いや、えと。その……」


 夏奈はもじもじとしながら俺から視線を落とした。

 照れてるのか? どうして?

 そう思いつつ、彼女の視線を追う。


 そして、彼女がなぜ照れているのかを、察した。


「ゆ、優児君がいきなり手を握ってきたから。……私は、ドキドキしちゃったんだよ?」


 俺は、無意識のうちに夏奈の手を握ったままだった。

 上目遣いにこちらを伺う彼女の視線を受けて、 


「悪い」


 そう言ってから手を離そうとするのだが、今度は逆に、夏奈にがっちりと手を握られてしまった。


「今日はこのまま……手を繋いで、デートをしよっか?」


 はにかんだ笑みを浮かべながら、甘えた声で夏奈は問いかけてくる。

 

「……暑いし、勘弁してくれ」


 俺は彼女の言葉に照れたのを悟られないように、声を固くしてそう言う。

 それから、少し強引に彼女の手から逃れた。


「っ! もう、優児君の意地悪っ!」


 そう言って、俺に非難の声を浴びせる夏奈。


「とりあえず、映画館に行くか」


 夏奈の言葉をスルーして、俺は言う


「……そうだねっ!」


 どこか不満そうな表情ながらも、俺の言葉に頷く夏奈と、目的の映画館に向かった。






 そして、数分後。目的地の映画館に辿り着いた。

 夏休みだからだろう、館内はとても混雑していた。


「優児君。とっても混んでるし、はぐれないようにするためにも、やっぱり手は繋いだ方が良いんじゃないかな?」


 ここぞとばかりに夏奈がアピールをしてきた。


「大丈夫。夏奈のことを見失わないように、ちゃんと見ているから」


 俺がそう言うと、彼女は「えっ……!?」と呟いてから、両頬に手を添えて、悶えた。

 どうしたのだろうか、と俺が眺めていると、


「私のこと、ずっと見てる、って。……なんだか、今日の優児君、積極的だねっ」


 嬉しそうにそう言った。

 なんか俺の言った言葉とちょっと違うのだが……まぁ、良いか。

 軽はずみにツッコミを入れてしまえば、また勘違いが深まりそうな気がする。


「……それで、何か観たかった映画があるのか?」


 未だに悶える夏奈に、俺は問いかける。

 すると、俺の言葉を聞いて正気に戻った彼女が、「うん」と頷いてから、一つのポスターを指さした。


「これ、一緒に観たいなって思って」


 それは、人気小説が原作の恋愛映画だった。

 この作品は原作も漫画版も読んでいたから、実は気になっていた。


「俺もこれ観たかったんだ。良いぞ」


 そう答えると、夏奈がなぜだか呆けた表情を浮かべた。


「……俺、何か変なことを言ったか?」


「え? ……こういう映画は、一緒に観てくれないって思ってたから、意外だったから」


 その言葉を聞いてから、確かに恋人でもない男女で見るような映画ではないかもしれないなと思い、夏奈が呆然としたのにも納得した。

 

「……今日の優児君、押したら本格的にイケるんじゃないかな?」


 と、夏奈はぼそりと呟いた。

 違うのを観よう、と提案することもできたが、それはそれで意識しすぎな気もする。


 結局、俺たちはその恋愛映画のチケットを購入し、そのあと売店で飲み物を購入してから、劇場に入った。


 幸いなことに、周囲に人は少なかった。

 公開から2週間ほど経過しているからだろう。


「楽しみだなぁー、優児君と観る、恋愛映画っ♡」


 そう言ってから、俺の肩にしなだれかかってくる夏奈。

 甘い香りがふわりと漂い、俺の鼻腔をくすぐった。

 ……これ、映画を観ている最中にされたら、集中できないかもな。


 そう思って、俺は彼女の頭を押し返しながら、言う。


「映画を観ている最中は、こういうの禁止な」


「分かってるよー」

 

 だらしなく笑いながら、夏奈は言うのだが……本当に分かってるのか、疑わしい。


 そんな風に思っていると、室内の照明が落ち、公開時期の近い作品の宣伝映像が流れ始めた。

 それからしばらくすると、見慣れた映画泥棒がスクリーンに映り、いよいよ映画本編が始まった。


 この恋愛映画の題材としては、「SF×青春×恋愛」であり、良く言えば王道で、悪く言えばありきたりな話だ。

 しかし、こういうストレートな恋愛が、俺は嫌いではない。

 

 原作、漫画を購読済みではあるが、それでも役者の演技、各音響効果や映画ならではの演出によって、次第に物語に没入していくのだが……。

 

 不意に、隣に座る夏奈の手と俺の手が触れ合った。

 ちょっと手が邪魔だったろうか? そう思いさっと避けたのだが、またすぐに夏奈と手が触れ合った。


 ……これは、わざとやっているな。

 俺はそう気が付いたが、放っておくことにした。


 変に反応して手を引っ込めたとして、それで夏奈が俺にちょっかいをかけるのをやめるとは思えなかった。

 エスカレートして、さっきのようにしなだれかかってこられたら、それこそ映画に集中できなくなってしまう。

 

 実際、俺の考えは正しかったようで、夏奈は手を触れ合うこと以上のことはしてこなかった。



 ――そして、物語は終盤に差し掛かった。

 主人公とヒロインが互いの胸の内を吐露し、そして互いの未来を選択するシーンで、俺は思わず拳をギュッと握りしめながら、見入っていた。


「えっ……?」  

 

 隣に座る夏奈が、動揺したような声を漏らした。

 主人公とヒロインの選択に、彼女はもしかしたら納得ができなかったのかもしれない。


 夏奈がこのシーンを見て、どんなふうに思ったのか。

 後で存分に、語り合おうと思いつつ、ラストに向かう物語を一瞬たりとも見逃さないようにと、俺はスクリーンを見つめ続けた。





 ――画面には、エンドロールが流れていた。

 俺の胸には爽やかな喪失感と、言い表せない満足感が同時に宿っていた。


 そして、良い物語だったと。

 観てよかったと、そう思った。


 エンディングが終わり、明りが照らされると、観客は席を立ち始めた。

 多くの人が「良かったね」と言い合っていたが、中には席に座ったまま、すすり泣いている人もいた。

 感動をして、泣いているのだろう。


 俺は隣の夏奈を見る。


 彼女も、顔を真っ赤にし、両目いっぱいに涙を溜めていた。

 

「……映画、良かったな」


 俺は夏奈を見てから、そう告げた。

 すると、彼女は顔を俯かせてから、どうしたことかふるふると、首を横に振った。


「え? ……気に入らなかったのか?」


 それほどまでに主人公の選択が受け入れられなかったのか?

 涙が出るほど、無理だったのか?


 俺が動揺を浮かべていると、夏奈はまたしても首を横に振る。

 それから、震える声で彼女は呟いた。


「……優児君のせいで、映画の内容を全然覚えてないよ」


「俺のせい? 悪い、どういうことだ?」


 わけが分からず、俺は問いかける。

 すると、夏奈は俺を涙にぬれた瞳で伺いながら、ピシッと、とある一点を指さす。


「……優児君さ、終盤の雰囲気の良い、感動的なシーンで、私の手をギュッと握りしめてきたでしょ? だから、それでドキドキして……頭が真っ白になっちゃったの!」


 ……夏奈が指さす場所に目を向ける。

 俺の手が、彼女の手をがっちりと握っていた。



 あの時からか……。困ったことに、心当たりがあった。

 映画の内容に夢中になっていて気が付けなかったが……どうやら俺は、とんでもないことをしていたらしい。



「えと、優児君。……冬華ちゃんとちゃんと別れてくれるんだったら、私はいつでも大歓迎なので」



 夏奈は、俺と繋いだ手をギュッと握りしめてから、瞳を伏せて、切なげな声で呟いた。

 


 そんな夏奈の様子を見てから、俺は誠心誠意を込めて、そういうつもりじゃないと説明をしたのだが――。

 残念なことに、夏奈は俺の言うことを決して信じてはくれなかった。   

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