9、購買
そして、昼休み。
俺は教科書、筆記具を机の引き出しに片づけてから、立ち上がる。
今日は冬華と一緒に昼ご飯を食う予定なのだが、そういえばどこで食うかは決めていなかった。
今更ながらメッセージを送ろうとしたところで、
「優児! 昼、一緒にどうだ?」
朗らかに笑う池から声が掛けられる。
これまでだったら、俺が池の誘いを断ることはありえなかった。
しかし、今回は先約がいる。
そう言って断ろうとした時……。
「あー、優児せんぱーい! 一緒にお昼たーべましょ?」
廊下から、元気よくあざとく可愛らしく俺に声が掛けられる。
振り向かなくても分かる、冬華だ。
「……悪い、そういうことで俺は冬華と一緒に昼を食べることにするから」
池は俺と冬華を交互に見て、そして微笑んだ。
「ん、それはそうか。……青春してるな、お前たち! 俺のことは気にするな、行ってこい!」
池に見送られてから、俺は冬華と並ぶ。
その際、多くのクラスの連中の視線に混じって、葉咲から恨めし気な視線を送られた気がしたが、おそらく気のせいではないだろう。
「パン買いたいんで、購買行きましょ?」
「ああ」
冬華の問いかけに一言応えて、俺たちは廊下を歩き始める。
教室から離れてしばらくしたところで、
「……なんか、めっちゃ睨まれた気がしたんですけどー」
と、不満そうに彼女がぼやいた。
「葉咲のことか?」
「あ、先輩も気づきました? なんか気に入らないことがあったんですかねー」
「俺と恋人になったって聞いて、心配なんだろ? 葉咲と冬華は、小さいころからの知り合いだろ」
俺の言葉に、冬華は酷薄な表情を浮かべてから、言った。
「知り合いって言っても、中学上がってからは、ほとんどしゃべったこともないですけどねー」
「……そうなのか?」
「そうですよ。だから今更心配って言われても、意味分かんないですねー」
ホント、何だったんだろー、と指先を唇に添えながら、首を傾げて言う冬華。
『冬華にとって理由はわからなくても、葉咲にとってはやっぱり、幼馴染の妹のことが心配だったんじゃないか?』
とは思うものの、
「げ、すっげー人多いし……」
購買に辿り着き、昼食を買い求めて人が集まるその様を見た冬華がドン引きしていて、それどころではなくなっていたので、口には出さなかった。
「やーん、あんな人ごみの中に、か弱い女の子である私が入ったら、パンを買えるころには昼休みが終わっちゃいます―」
突然、人ごみを指さした冬華が、芝居がかった声音で言う。
「だから、何だよ?」
「私、ミックスサンドが食べたいです♡」
キャハ☆とムカつく笑顔を浮かべながら言った。買ってこいということだろうか……そうだろうな。
「……ミックスサンドだけで良いのか?」
「え、マジで行ってくれるんですか? 冗談だったんですよ? 先輩をパシリにしちゃうなんて、流石に私も罪悪感に苛まれちゃいますしー」
と、言いつつ俺に小銭を握らせてくるあたり、この女、全く悪びれていない。
「慣れている俺が一人ですぐに済ませた方が良い。……ちょっと見てろ」
俺の言葉に首を傾げる冬華を放っておき、俺は人だかりの中に向かう。
そして、その肉の壁に行く手を阻まれるのだが……。
「っ!!!??!?!? ととととと、友木くん!!?!? お、おいお前ら、道をあけろ!」
最後尾にいた男子生徒が、俺に気が付いてから前にいる連中に声をかける。
「えっ! 友木くん!!??」
「マジかよ……おい、どけ、殺されるぞ!」
「ひ、ひぃぃ! 助けてくれよぅ!」
などと好き勝手言ってから、俺の前にあっさりと道が開かれた。……こうなるのが嫌だから、普段は極力遅れて購買にくるようにしている。
横入りみたいで良心が痛む。今度からはコンビニでパンを買うようにしよう、と決意しつつ、その道を俺は進む。
すまない、とは思うものの、ここで俺が何か言ったところで聞き入れてはもらえない。
経験上、さっさと用事を済ますに限る。
「なんだい?」
と無愛想な購買のおばちゃんが問いかける。
「焼きそばパンとコロッケパンとアンパンとミックスサンド、下さい」
「550円だよ」
無愛想なおばちゃんに、俺は小銭をちょうど渡す。
それと引き換えにパンが入った袋が渡され、「まいど」と、声が掛けられた。
その後、道を引き返して冬華と合流した。
「モーゼ? でしたっけ。あの人が海を割って道を作ったっていうエピソードを思い出しました」
便利ですねー、と呑気に呟く冬華。
「あ、パン買ってきてくれて、ありがとうございます。助かっちゃいましたよー!」
と、俺から袋をとって礼を言った冬華。
現金な奴だな、と思ったものの、素直に感謝の言葉を伝えられて、面食らうことになる俺だった。