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28話、関係

「その手を離したまえ」


 傲岸な態度で親父さんは言う。


「ちゃんと、真桐先生の話を聞いてくれるのなら」


 俺が言うと、ふんと鼻を鳴らしてから、親父さんは言う。


「親には、子を育てる責任がある。そして、私の子供である千秋がこうなってしまったのは、教育が間違っていたからに他ならない。ならば、正すのが道理だ」


「まず間違っていると決めつけているのが問題すよ」


 俺の言葉に、親父さんは憐れむような視線を向ける。


「若さ……故の、愚かさか。君たちのその関係は本来許されるものではない」


 娘の真桐先生の言葉に耳を貸さなかったこの人に、俺の言葉は届かない。

 完全に誤解をしたままだ。


「被害者である君には悪いが……今すぐにここから出ていきたまえ。タクシーで家まで送らせよう。金ももちろんこちらで出す」


 真桐先生と俺の意思を、まとめて蔑ろにするその言葉に、俺は口を開いて唖然とする。


「君が千秋をどう思っていようが、関係ない。後日、正式に謝罪をしよう。だからこれ以上……」


 俺に腕を捕まえられたままだというのに、尚も迫力を増す親父さんは、静かに告げる。


「他人の家に口出しをしないでもらえるだろうか?」


 有無を言わさない親父さんの態度と言葉。

 

 考えてみれば、そうなるのも仕方ないかもしれない。

 彼は自分の正しさを信じ、娘が過ちを犯したと考えているのだ。

 それなら、頑なに俺たちの話を聞こうとしないのは、きっと間違っていないのだ。

 むしろ、この状況でそう思わないのは、逆に難しいとも思う。


 ……俺は、親父さんからゆっくりと手を離した。


 やれやれと言った様子で溜め息を吐く彼と……諦観を浮かべ、こちらに視線を向けてくる真桐先生。

 きっと、ここまで来て何もできなかった俺のことを責めるつもりは毛頭ないはずだ。 

 ただ、自らの無力に打ちひしがれ、そして――。


 それを受け入れようとしている。


 俺は、その眼差しを知っている。

 その気持ちを、理解できる。



 高校に入学し、池と真桐先生に出会う前の俺と――。


 

 理解されることを諦めて。

 誤解されている自分を受け入れた俺と。

 今の真桐先生はきっと、同じだ。 


 ……だからこそ。

 真桐先生が親父さんに立ち向かうために。

 俺は、ただ彼女の隣にいるだけじゃ、ダメだ。


 拳を固く握りしめてから、顔を上げ、親父さんをまっすぐに見る。

 

「嫌す。口出し、させてもらうんで」


 俺の言葉、真桐先生が「え?」と小さく呟いたのが聞こえた。

 苛立ちを隠しもせずに、とうとう声を荒げる親父さん。


「こんなことになると分かっていたら、お前に教職なぞ許しはしなかった! 過ぎたことは仕方がないが、これから起こるであろうことは、けして認めんぞ。お前が……お前だけでなく、他人を巻き込み不幸になろうとするのをこのまま見過ごすわけにはいかん!」


 俺を睨む親父さんを見て、思う。

 きっと、彼は真桐先生のことが、本当に心配なんだろう。

 だから、冷静でいられない。

 

 そんな人を相手にして、この場を上手く丸め込んで、綺麗に解決……なんて。

 池のような主人公ではない俺にはできない。 


「……さっき、俺が真桐先生をどう思っているか関係ないと聞きましたね?」


「ああ、関係ない」


「関係ないわけ……ない!」


 だから、かつての彼と彼女がそうしてくれたように、彼女の背中を押す。


「真桐先生は、初めて尊敬できると思った大人だ。俺のことを容姿で判断して、不良のレッテル貼りをした。何もかも見た目通りの中身だと決めつけて、忌み嫌う大人しか俺の周りにはいなかった」


 訝しむように俺に視線を送る親父さん。


「だけど、真桐先生はそんな俺に寄り添ってくれたんす。口下手で不器用で。誰にも優しくなれなかった俺なんかに、見た目だけで判断せずに、手を差し伸べて、背中を押してくれたんす。だから、俺にとって真桐先生は。初めてできた恩師で……大切な人なんです」


 だからこそ。

 真桐先生が理解されないのであれば……。

 俺が彼女に寄り添って、その背中を押したい。


 

「今の俺には、友人がいて、頼りにしてくれる後輩もできた。嫌なことは、そりゃもちろん今もある。それでも毎日笑えるのは、周りにいてくれるみんなと……真桐先生のおかげなんす」


 真桐先生が「友木君……」と、震える声で呟いたのが耳に届いた。

 


「だから、俺は――。真桐先生にも、笑っていて欲しい」


 俺はそう言って、真直ぐに真桐先生を見る。


 彼女の目は涙で潤んでいた。

 しかし、俺にその姿を見られまいと、彼女はそれを指先で拭ってから、力強い眼差しを俺に向けて頷いた。


「ありがとう。もう大丈夫よ、友木君」


 俺に向かってそう言った。

 彼女の表情を見て。そして、その言葉を聞いて。

 俺は、安心する。


 俺の言葉が彼女の背中を、ほんのわずかだったとしても、押すことができたのだと。



「お父さん。私のことを心配して、せっかくお見合いのお話を持ってきてくれたのに、ごめんなさい」


 

 彼女は、自分の父親と、真直ぐに向かい合う。


 一切の怯えも迷いも見せないその振舞いは、とても凛々しく。



「私は、お見合いはしないわ」



 堂々と言葉を紡ぐその姿は、思わず見惚れるほど美しく。



「……自分が一生を添い遂げる運命の相手が、もしもいるのだとすれば」



 満面に湛えたその笑みは――。



「私はその人と、ドキドキするような恋愛をしてみたいのよ」



 ……まるで恋する少女のように、愛らしかった。



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