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27話、初対面

 真桐先生の実家について行くことが決まり、数日後。

 俺は彼女の車に乗り、目的の実家へと向かっていた。

 親父さんに会うのに、今から緊張する。


「……今更だけど、その恰好はまずかったかもしれないわね」


 運転席にいる真桐先生が、横目でチラリと俺を見てから呟いた。


「え? 真桐先生が選んだんじゃないすか」


 今俺が来ているのは、襟付きのシャツにジャケットとパンツを合わせた、所謂ジャケパンスタイルだ。


「そうね。制服姿で行くと、確実にビジュアルからして驚かせてしまうし、あまりラフな格好だと父の機嫌を損なわせてしまうのは目に見えているし、その恰好がベストと思ったんだけれど……」


 赤信号で車を停止させてから、俺の方を見た真桐先生は、ぼそりと呟く。


「大人っぽい恰好が似合いすぎるのも問題ね。何か別の挨拶に来たと思って、驚かれないかしら……」


 と、心配そうな表情を浮かべた。


「何か別の挨拶って、何のことすか?」

 

 いまいちピンとこなかったため、俺は真桐先生に問いかける。

 俺の言葉に、先生は一度ジロリとこちらを睨んだ後、前を向く。

 信号が、丁度青に変わっていた。


「何でもないわ」


 真桐先生は不満そうに呟いてから、アクセルを踏んで車を発進させ、そう呟いた。

 一体、何のことだったのだろう?


 そう思いつつも、答えたくなさそうなことを運転中に問いかけるのも、あまり良くないだろうなと、それ以上の追及はしなかった。




 

 それから、2時間ほどが経ち、家についた。

 ……立派な面構えの門まである豪邸だった。


 真桐先生の実家のスケールに圧倒される俺は、つい尋ねてしまう。


「真桐先生の親父さんて、何をしている人なんすか?」


「父は、士業を営んでいるわ。それなりの規模の事務所の所長よ」


 さらりと言ってのけた真桐先生。

 士業と言えば、弁護士、会計士、司法書士……いずれにしても、裕福なのは間違いなさそうだ。

 真桐先生は箱入り娘を自称していたが、まさかここまでのお嬢様だったとは。


「そんなにジロジロ見ないでもらえるかしら?」


「あ、すんません」


 全く……と、ため息を吐いた真桐先生。

 それから並んで、玄関でインターホンを鳴らした。

 すると、すぐさま扉が開かれる。


「あら、千秋ちゃん。おかえりなさい」


 40程度の人のよさそうな、ふくよかな女性が俺たちを出迎えた。

 ……真桐先生のお袋さんは亡くなっていると聞いていたが、それならこの人は誰なのだろうか?


「あ、あら……隣の男前は、どなた?」


 俺の顔を見て明らかにビビるその女性に、真桐先生は無言のまま微笑みを返して答えた。

 驚いたように目を見開き、「あんらぁ……」と呟いた女性。

 ……なんとなく何を考えているかわかったが、なんと答えればいいかは分からなかった。


「それなら、お父様が和室で待ってるから、後でお茶を持っていきますね」


 そう言って、女性は踵を返して奥へ引っ込んだ。

 俺は彼女の背中が見えなくなったのを確認してから、口を開く。


「今の人は、誰すか?」


「ハウスキーパーの田熊たくまさん。この家に私がいた時は、家事全般は私がしていたけれど、今は週に何度か彼女に来てもらって、家事をしてもらっているの」


 家政婦みたいな人か。

 ……当たり前のようにそういう人がいるのって、割と凄いな。


「……それじゃ、父のところに行きましょうか」


 緊張した面持ちの真桐先生が言う。 

 俺は無言で首肯してから、彼女の後をついて行く。

 それから、とある部屋の前で立ち止まり、廊下から部屋に向かって声をかけた。

 

「ただいま、お父さん」


「千秋か……入りなさい」


 部屋の中から低い声が聞こえた。

 真桐先生は「はい」と返事をしてから、襖をあけて中に入った。

 俺も、その後に続いた。


 和室には50前後と思われる、髪に白いものが混じったナイスミドルが座布団の上に胡坐をかいて座っていた。

 この人が真桐先生の親父さんか。

 真桐先生と同じく美形で、若いころはもちろん、今もモテそうな人だなと思った。


 その親父さんは、部屋に入った真桐先生を見て、その後に俺に視線をよこした。

 それから、訝しんだような表情を浮かべて、


「……そちらは?」


 と、俺に鋭い眼差しを向け、真桐先生に問いかけた。

 真桐先生はしばし逡巡した後、覚悟したように告げた。


「彼は……私の教え子の友木君よ」


 その言葉を聞いて、親父さんは更に視線を鋭くさせてから、俺を睨んで問いかけてくる。


「千秋の言っていることは、本当かね。友木君とやら」


 俺の顔にも全く物怖じせずに、親父さんは問いかけてきた。


「俺は確かに、真桐先生の教え子っす」


 俺が答えると、親父さんは深くため息を吐いてから、眉間を指先で揉んだ。

 それからゆっくりと立ち上がり、俺と真桐先生の前で仁王立ちをした。

 厳しい視線を俺たちに向けてから、


「……どうやらお前を教師になどしたのが失敗だったようだ」


 怒り心頭の様子で、親父さんは真桐先生を睨みつけて言った。

 口調が荒々しいわけではない。しかし、有無を言わさせぬプレッシャーが、確かにあった。


 その視線に、真桐先生は肩を震わせてから、俯いた。

 しかし、唇を噛んでから顔を上げ、そして口にする。


「誤解よ。私はお父さんが考えているようなことをしているわけじゃないわ」


 しかし、その真桐先生の懸命な言葉は……。


「戯言を抜かすなっ!」


 一喝されてしまった。

 あまりの迫力に、真桐先生は何も言えなくなっていた。


「……なるほど、分かった。どうしてお前が頑なに見合い話を拒絶するのか。そして、お前が何故教職に就くのにこだわったのかが。……失望したぞ」


「だから、私は……っ」


「言い訳は不要だ。……高校教師が未成年の生徒を実家に連れて親に合わせるなど、正気の沙汰とは思えん」


 それから、深くため息を吐き。

 固く、圧力のある声音で、親父さんは続けて言う。


「妻が亡くなってから、私はお前を甘やかしすぎていたのかもしれないな。この父の不徳を許せ。そして、今私がお前の目を覚ませてやる……!」


 そう言って、親父さんは手を振り上げた。

 それを見た真桐先生が、悲しそうな表情を浮かべてから、きつく目を閉じる。


 俯いた真桐先生の頬を、親父さんが勢いよく平手で打とうとして――。



「……なんのつもりだね」



 俺は、親父さんの腕を掴んでいた。

 今までは余計な口出しをしないように黙っていたが、目の前で暴力が振るわれるのならば、話は別だ。


 不安そうに、真桐先生がこちらを伺っていた。

 だけど、彼女に応じる前に、俺は親父さんに向かって告げる。


「真桐先生は、あなたと話をしに来たんすよ。……だから、早とちりして色々と決めつける前に。まずは話を聞いてもらえません?」


 その言葉に、親父さんは俺を睨む目をなお鋭くさせるのだった。

 


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[良い点] 春、夏、冬と来て… 秋はもしかしたら…と思ってたもしかしてが来たぁあああああ!!! 良い展開
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