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26話、本音

「……お見合い、すか」


 諦めが伺える彼女の言葉に、俺はそう返す。

 そういえば、このあいだ部屋に呼び出された時も、お見合いの話があるようなことを言っていたが……。


「ええ。父が一向に交際相手を見つけられない私にしびれを切らしたのでしょうね。有無を言わせない態度だったわ」


 視線を俯かせ、真桐先生は言う。


「いくら親でも、真桐先生の意思を無視してそんなことしていいわけないすよ。断れば良いじゃないすか」


 理不尽な真桐先生の親の態度に、苛立ちを押さえられないまま俺は言った。


「実家に戻って、話をすることになったわ。ただ……父はこれと決めたら自分の意見を押し通すわ。私も、そんな父に対して、いつしか歯向かうことができなくなっていったから……きっと、断ることは出来ないでしょうね」

 

 自嘲気味に真桐先生は口端を歪めた。

 それから、続けて言う。


「父は、早く私が結婚することを望んでいるの。きっと、孫の顔が見たいのでしょうね」 


「そんな勝手な……。真桐先生はそれで良いと思っていないから、そんなに悩んでるんすよね?」


 俺の言葉に、真桐先生は弱々しく笑ってから、答える。


「……これまで私を男手一つで育ててきた父を、あまり困らせたくないわ。父の言うことにも逆らえないのだし。だから、きっとこれで良いのよ」


 先ほどまでの表情の一切を消して、それでも震えた声で真桐先生は言った。

 その言葉が本心からのものでないことくらいは、容易に分かった。


「何言って……」


 俺が言いかけると、真桐先生は声をかぶせてくる。


「それに、前にも言ったじゃない? お見合いをして幸せな家庭を作る人たちがいることも知っているって。父の紹介なら、間違いないわ」


 努めて明るい様子で、彼女は言った。


「真桐先生は、その時に言ったじゃないすか。『普通の恋愛がしたかった』って」


「……酔っぱらいの戯言よ」


 俺の言葉に、真桐先生は困ったように笑う。


「それなら、真桐先生は。何を悩んでいるって言ったんすか?」


「悩んでるのは……そうね。あまり、男性とお話をしたこともないのに、急にお見合いなんて話になったから。緊張して戸惑っているのね」


 その言葉が、俺に心配をかけまいとするために言ったことくらい、すぐに分かった。


「そもそも。男の人と話したら、緊張して表情も声も強張って、キツくなる。職員の間では、『男嫌いの真桐』なんて陰で言われているくらいよ。そんな私に普通の恋愛なんて、出来るわけがないじゃない」


 それから、明るい声音を作ってから、真桐先生は続けて言う。


「……心配させてしまったようでごめんなさい。でも、本当に大丈夫なのよ」


 真桐先生のその言葉を聞いても、俺は納得ができなかった。

 それはきっと……真桐先生が大人で。

 俺が、子供だから。


 彼女は、助けてくれと俺に縋ることができないのだろう。


 つい零れ落ちてしまった悩みを、こうして取り繕って何でもないからと、彼女は言う。

 それは、子供でしかない俺が、彼女に言わせてしまっているのだ。



 情けないと思った。

 力になれない自分――だけじゃなく。

 さんざん俺に迷惑をかけてきたにも関わらず、この期に及んで遠慮をしている真桐先生に対しても。


 

「俺は、真桐先生の素敵なところをたくさん知ってます。優しいところ、カッコいいところ……可愛いところ」


 唐突な俺の言葉に、キョトンとした表情を浮かべる真桐先生。


「生徒の前ではいつも厳しく、だけど誰よりも温かみと思いやりのある人だって、知ってます。俺は、そんな真桐先生に何度も救われた。一年前、理不尽に折れかけた俺に寄り添ってくれたのは、池と……他でもない、真桐先生だ。だから、情けないこと言わないでくれません?」


 それから、続く言葉を聞いた真桐先生は、真剣な表情で俺を見てきた。


「今回も。……堂々と、理不尽な父親に立ち向かってほしい」


 俺の言葉を聞いた真桐先生は、恥じる様に呟く。


「無理よ。……だって、それは生徒の前だったから。私は、正しくあれたのよ」


 肩を落とした真桐先生。

 しかし、そういうことなら……。


「それなら、俺が真桐先生の実家について行きます」


「……は?」


 俺の言葉を聞いた真桐先生は、唖然とした様子で呟いた。


「俺が、真桐先生の実家について行って、親父さんにガツンと言うところを見届けます。俺の前なら……生徒の前なら。いつもみたいに毅然とした態度が、出来るすよね?」


「そんな非常識ができるわけないわ」


「俺が酔った先生にこの部屋に連れ込まれた時から、常識を持ち出すのはダメだと思うんすよね」


「それはっ! ……それは、そうかもしれない、けど」


 俺の言葉に、バツが悪そうに俯いた真桐先生。

 しかし、未だに納得は出来ない様子だ。


 それは、そうなのだろう。

 きっと、間違っているのは俺で。

 正しいのは真桐先生や、親父さんの方なのだ。


 俺は、社会のことは知らないし、人間関係にも疎い。


 だから、俺の言っていることは、真桐先生を困らせるだけの、ガキのわがままなのだろう。

 それでも……。


「俺は、真桐先生の気持ちが知りたい」


 困った表情を浮かべながら、真桐先生は潤んだ眼差しをこちらに向けてくる。

 俺はそれに真直ぐに応じてから、続けて言う。 


「真桐先生は、お見合いをするのを、本当に望んでいるんですか?」


 俺の言葉を聞いた真桐先生は、一時逡巡し、それからゆっくりと口を開く。


「……嫌よ」


 それからは、堰を切ったように、真桐先生から次々と言葉があふれてくる。 


「嫌よ、私の気持ちも無視して勝手に組まれたお見合いなんて嫌! お父さんの前で何にも言えなくなる自分が嫌! 普通に恋愛ができないのも嫌!」


 そう宣言した後、興奮した様子の真桐先生は、ベッドから立ち上がる。

 それから、俺の前に立った。


「立ちなさい、友木君」


 俺は真桐先生の言葉に従う。


「後ろを向きなさい」


 言われたままに、俺は彼女に背を向けた。

 一体何をするつもりなのだろうかと思っていると、不意に俺の背中が掴まれた。


「……ど、どうしたんすか?」


 いきなりのことに戸惑う俺に、


「そのまま、聞いてもらえるかしら?」


「いいすけど」


「……本当に、私はこんなにあなたを頼っても良いのかしら?」

 

 背中から聞こえる、不安そうな声。

 

「頼ってくれって言ったじゃないすか。……こっちこそ、ガキのわがままに付き合ってもらって、すんません」


「謝る必要なんて、ないわよ」


 俺の言葉に、真桐先生が優しい声音で返す。

 それから、背中に額が押し付けられる感覚があった。


「ありがとう。……すごく、嬉しいわ」


 ふぅ、と一息吐いた真桐先生は、俺の背中から離れた。


「……もう、こっちを見て良いわよ」


 そう言われたため、俺は振り返った。

 頬を赤くし、上目遣いで俺を見上げる真桐先生と、目が合う。


 俺は何か言おうとするのだが、こう改まってしまうと何も言えない。

 そんな俺の様子を見て、くすくすと笑ってから、真桐先生は告げる。



「それじゃあ。頼りにしているわよ、友木君?」


 

 なんだかいつもより、彼女が可愛らしく、そして色っぽく見えて。

 俺は思わず、どきりとするのだった――。


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