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22話、学生時代

「友木君……とりあえず、出て行ってもらえるかしら?」


 固い声音で、真桐先生は言う。

 俺はその言葉に頷いて、とにかくこの場から逃れようと思い、脱衣所に向かうのだが……。


「相変わらず、ここは人が少ないのぅ」


「不便じゃからのぅ」


 脱衣所から、年寄二人の声が聞こえる。

 背後から、ばしゃっ、と言う音が聞こえて、振り返る。


 自らの身体を両腕で抱きしめながら、


「お、男の人が他にも!? ……ど、どういうことなの!?」


 と慌てた様子で言った真桐先生。

 

 ……俺がこのまま風呂場から離れると、一糸纏わぬ真桐先生の姿を年寄に晒すことになりかねない。

 そう思った俺は、


「すんません、後で事情を説明するんで」


「へ!?」


 湯船につかり、真桐先生と共に隅に移動する。

 真桐先生の裸が視界に入らないようにするのが、中々大変だった。

 それから、俺は真桐先生と背中合わせに、彼女の壁になるように湯船につかった。


 真桐先生は細身だし、俺の図体はでかいから、簡単にはバレないと思うのだが……。

 すぐ後ろに、真桐先生がいると思うと、どうしても冷静ではいられない。

 彼女も、不安なのだろう。無言のまましばし時間が過ぎる。


 それから、身体を洗い終えた年寄二人が、湯船に浸かってきた。


「おお。珍しく若いもんがおるのう」


 70前後に見える二人。

 まだまだしっかりしているようだが、耳が遠いのか、でかい声で話をしている。

 その爺さんはこちらを見てきたが、真桐先生に気が付いた様子はない。


「……おい」


 しかし、もう一人の爺さんが、こっちを見る爺さんを嗜めるように声をかけた。

 もしや、俺を見て何か不審に思ったのではないか?

 そうびくびくしていると……。


「ありゃどう見てもヤクザもんじゃ。声をかけるでない」


「それもそうじゃのう。恐ろしい形相をしておる」


 それから、こちらを見ようともせずに、二人は湯船に浸かりつつ、談笑を始めた。

 多分今の俺、緊張のせいですごい怖い顔しているんだろうな……。

 少し悲しくなるのだが、現状そう勘違いしてもらった方が助かるので、複雑な気分だった。


「……そろそろ説明をしてもらえるかしら?」


 後ろから、真桐先生の強張った声が聞こえた。

 爺さんたちの耳は遠そうだし、小声で話す分には問題ないだろうと思い、俺も答える。


「ここの従業員の爺さん、俺が風呂に入る前に男湯と女湯の暖簾を入れ替えてたんすよ。きっとその爺さんは誰も入っていないと思ってたんでしょうね」


「なんていい加減な……。でも、友木君以外にも男の人が入っているということは、本当なのでしょうね」


 諦観を孕んだ声で、真桐先生が言う。


「……いえ、あなたが女湯に堂々と入るわけないのだから、何か事情があったんだとは思っていたのけど」


 真桐先生の信頼感が嬉しいが、普通に恥ずかしくなる。

 

 ……それにしても、おかしい。

 こういうイベントは、本来主人公である池の役回りのはず。

 しがない友人キャラの俺に務まる大役ではない。

 そんな風に思い悩んでいる俺に、真桐先生が言う。


「あなたには、いつも迷惑をかけてばかりね。……生徒の前なんだから、お手本にならなくちゃいけないのに、情けないわ」


 落ち込んだ声で、真桐先生は呟いた。

 

「今回のは、真桐先生が悪いわけじゃないすよ。それに、酒が入ってない時の真桐先生は、尊敬できる大人ですし」


「むっ。……お酒が入っている時は?」


 少し不機嫌そうな声音で、真桐先生が問いかける。


「ダメな子ほど可愛い。……みたいな感じすかね」


 照れ隠しの意味も込めて、俺は揶揄うように言った。

 てっきり怒られるものだと思っていたが。


「……やっぱり、友木先生は意地悪ね」


 穏やかな声音で、真桐先生は応えた。

 俺はその反応に、なんだか顔が熱くなり、何も答えることができなかった。


「……そういえばこの間。私の学生時代の頃の話を聞いたじゃない?」


 ふと、真桐先生が俺に向かってそう言った。


「話したくないって断られましたが」


「裸の付き合いって言うじゃない。折角だし、話をしても良いかなって思ったのよ」


 俺の知っている裸の付き合いと、現在の状況はイメージがかけ離れていると思ったが、話をしてもらえるのなら、聞いておきたい。


「……こんなことを言われても、困るだけとは思うのだけど」


 そう前置きをしてから、真桐先生は続けて言う。


「私の母は、早くに亡くなってるのよ。それでも私に不自由をさせないようにと、父は男手一つで、必死になって育ててくれたの。ずっと女子校に通わされたのも、きっと心配だったからでしょうね」


 真桐先生の言葉を聞いて、なんと言って良いか分からず、俺はただ一言呟いた。


「そう、だったんすね」

 

 真桐先生は、俺の言葉に「ええ」と応じてから、続けて言う。


「父が私のために一生懸命だったのは、昔からずっと知っていた。だから、私は親の言うことに逆らわなかったし、わがままも言わなかった。父が誇れる娘であろうと、私は厳格であり続けた。……それが行き過ぎたせいで、同級生からは嫌われることもあって、あまり友達は出来なかったのだけど。そういうわけで、寂しい学生生活を送っていたのよ」


 そこで、言葉が途切れる。

 どうしたのだろうか?

 そう思っていると……。


「友木君の背中……とても大きいわね。私がまだ小さい時に、父の背中を流したことを、思い出すわ」


 俺の背中に、真桐先生は身体を預けてくる。

 肌と肌が触れ合う感覚に、俺の顔は急速に熱くなる。

 それから、物憂げな声で真桐先生は続けた。 


「もっと、優しくて。もっと素敵な大人に、私はなりたかったわ……」


 教師として働き始めて、1年と少し。

 不可抗力とはいえ生徒に助けられ、過去のことも思い出し。

 自分がなりたかった大人になれていないのだと、真桐先生は弱気になっているのかもしれない。


「真桐先生は、厳しいけど。……優しくて素敵な大人になれてると思うすよ」


 だから、俺は真桐先生に向かってそう言う。

 真桐先生の優しさに救われたのだから、そんな風に思い悩んでは欲しくなかった。


「……無理に慰めてもらわなくても、良いのよ」


「慰めじゃないすよ。自信を持ってください。……アルコールが入らなければ、真桐先生は優しくて素敵な大人に、間違いないんで」


「やっぱり、意地悪だわ」


 どこか拗ねたような声音で、真桐先生は続ける。


「でも、友木君にそう言ってもらえると自信になるわ。ありがとう」


 先ほどとは変わり、穏やかな声で真桐先生は言った。


「……いつか、あなたの話も聞かせてちょうだい」


「何も面白いことはないすけどね」


 いつの間にか、年寄二人は風呂を上がっていた。

 それに気が付いて、俺たちもこれ以上誰かが来ない内に、さっさと上がることにした。





「あれ、真桐先生? 来てたんですね、すごい偶然!」


 何事もなく男風呂から脱出できた真桐先生と、偶然会った体で卓球台のある部屋に戻った俺。

 夏奈が驚いたように言うと、他の面子も真桐先生を見た。


「ええ、お風呂上りに偶然友木君に会ったものだから、驚いたわ」


 平然と答える真桐先生。


「良かったら、先生も一緒に卓球しませんか?」


 池が言うと、真桐先生は首を横に振ってから言う。


「いいえ、私はこれから帰るので、あなたたちもあまり遅くならないようにしなさい」


 それから、颯爽と歩き去っていった。


「やっぱ真桐先生、きついなー。超美人だし、風呂上りは色っぽかったけど」


 真桐先生がいなくなったのを確認してから、朝倉が言った。


「……でも、休日に一人で温泉に来るとか意外ですよね。真桐先生、彼氏とどっか遊びに行くこととかないんですかね? あ、恋人がいても、プライベートな時間は大切って思ってるとか? ちょー大人なんですけどっ!」


 冬華が俺に向かってそう言ってきた。

 真桐先生に彼氏がいること前提の口ぶりに、俺はツッコミを入れそうになるが、抑える。

 確かに、あれだけ綺麗で、しっかり者であれば、彼氏がいると思われるのも当然だろう。

 実際、俺もそう思っていたのだが……。


「それ言われたら真桐先生凹むから、本人には言うなよ」


 俺が冬華に向かってそう言うと、


「何言ってるんですか、先輩……?」


 案の定、冬華から『大丈夫?』みたいな視線を、俺は向けられるのだった――。


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