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21話、驚愕

「先輩……すごく、大きいです」


 微かな息遣いが耳に届く。

 俺の身体を見て、どこか興奮したように言った。


「そうか?」


 俺の言葉に、頷いたのが気配でわかる。


「それじゃ……いきますね?」


「おう」


 どこか覚悟を決めたようなその言葉に、俺は首肯する。


「固い……」


 俺の身体を擦りつつ、短く言葉を漏らす。


「そうか? ……まぁ、鍛えているからな」


 そう言ってから、俺は続けて言う。
















「甲斐も、入学した時に比べて、ずいぶんと身体を鍛えたよな」















 

 ボディタオルで俺の背中を懸命に擦る甲斐に、俺はそう声をかけた。


「そ、そうですかね……へへ、アニキみたいになりたくて、頑張ったんす、俺」


「そうか。頑張ってるんだな……ただ、アニキはやめてくれって言っただろ?」


「二人きりの時は、良いって言ってくれたじゃないですか」


「今は別に二人きりじゃないからな」


 そう言って俺は周囲を見る。

 少し離れたところで、池が髪を洗い、朝倉が身体を洗っていた。


 ……しかし、それ以外に人はいない。

 今、俺たちは、とある温泉宿に来ているのだが、貸切状態だった。


「それにしても、良くこんなところを見つけられたな」


 背中を洗ってもらいながら、俺は上機嫌で甲斐に問いかける。


「サッカー部の先輩から聞いたんです。穴場の温泉宿があるって。練習終わりに来ることもあるんすけど、いっつも空いてるんですよね」


 内装は綺麗なのだが、いかんせん場所が不便だ。駅からバスに乗り、最寄りのバス停からさらに15分歩かなければならないのだ。

 その上外装は古臭いし、もっとバス停の近くには人気の温泉宿があるしで、そこに客を取られた結果がこれなのだろう。


 経営は大丈夫なのだろうか……と、俺はいらぬ心配をしてしまう。


「よし、次は俺が甲斐の背中を流してやろう」


 俺は振り返り、甲斐に言う。

 彼は上目遣いにこちらを見てから、答える。


「優しくしてくださいね?」


「ん? おう、善処しよう」


 俺はボディタオルを石鹸で泡立てる。

 それから、俺は、ゆっくりと、あまり力を入れずに


「っあ、良いです……」


 もう少し強めにしてもよさそうだな。


「……んっ、激しいっ!」


 はぁはぁと息を荒げる甲斐。

 むぅ、中々加減が難しいな。


「……何をやっているんだ、お前らは?」


 呆然とした表情で、唐突に朝倉が問いかけてきた。

 俺は、甲斐の背中を擦りながら、


「朝倉も、一緒にどうだ?」


 と問いかける。


「……そうだな。悪い、甲斐。今度は俺が友木の背中を流す」


 朝倉が言うと、甲斐は残念そうな表情を浮かべてから、


「……分かりました」


 そう言ってからお湯で泡を流してから立ち上がり、湯船に向かった。

 俺は朝倉に背中を向ける。

 

「頼んだ」


「ああ」


 朝倉は一言応じてから、俺の背中をボディタオルでこすり始めた。

 しかし、力が全く籠っていない。

 どうしたのだろうか。


「朝倉?」


 俺が彼の名を呼びかけると、


「なぁ、友木。折角こうして裸の付き合いができたんだ。腹を割って話そうじゃないか」


「そういうのも、良いかもな」


 友人とともに温泉に入り、腹を割って話す。

 憧れるシチュエーションだ。


「質問がある。その返答次第では……俺はお前をぶん殴ると決めている」


 朝倉の固い声音が、耳に届いた。

 真剣さが感じられるその声音に、俺はただ事ではないと察した。


「……なんだ?」


 しばし逡巡したような気配が背後から伝わる。

 それから、朝倉は俺に問いかける。


「友木は、冬華ちゃんと葉咲に、二股をかけてるんじゃないか?」


 朝倉の言葉に、


「え? してないが」


 と、俺は事実を答える。

 どうしてそんなことを問いかけてきたのだろうかと思っていると、


「シラを切ろうとしてるんなら、無駄だぞ? ……俺、この前公園で、友木が葉咲と寄り添って、頭を撫でてイチャイチャしているところを見たんだからな」


 ……あれ、見られてたのか。

 震える声で問いかける朝倉。

 そして、俺は気づく。


「ホントに、良い奴だよな。朝倉は」


「……何を言ってるんだ、友木。話を逸らそうとしてるんだったら――」


 怒気を孕んだその声音に、俺は首を振る。


「冬華と葉咲のためを思って、俺が浮気をしていたら許せないって思ったんだろ? それに、自分が見たことだけで決めつけるんじゃなくて、俺にもちゃんと事情を聞こうとしてくれた。だから、良い奴だよ、朝倉は」


「……結局、どうなんだよ」


「俺は、二股をしていない。……夏奈には以前、告白をされていたんだ。だけど俺は、冬華の恋人だから、付き合えないって断った」


 俺の言葉に、朝倉は再び問いかけてくる。


「それ、おかしくね? 葉咲はいまだに友木にアプローチしているし、友木の葉咲の頭を撫でるって、説明がつかないだろ?」


「自分で言うのは、しんどいんだが。……夏奈は、一度振られたくらいで諦めるつもりはないらしい。あと、俺が夏奈の頭を撫でたのは、ちょっと失礼なことをしてな。そのお詫びだったんだ」


 俺は事実を伝える。

 すると、わずかに考えてから、朝倉は口を開いた。


「分かった。友木は、冬華ちゃんの恋人で、別に葉咲と浮気をしているわけではないんだよな?」


「ああ、そうだ。……分かってもらえて、助かる」


 振り向いて、朝倉の表情を見る。

 ……絶望の表情を浮かべていた。


「分かった、友木の事情は、よーくな。……だが」


 朝倉は哀愁漂う表情を浮かべてから、ガシッと俺の肩を掴んだ。


「……朝倉、どうした?」


「やっぱり、ぶん殴っても良いか?」


 おそらくお湯なのだろう。

 俺の肩を掴むそう言った朝倉が、涙を流しているように見えたのは、きっと気のせいなのだろう。


 ☆



 温泉から出て、俺たちは和室の休憩スペースにいた。

 ここも、当然のように貸切だ。

 マッサージチェアに座りながら、朝倉が俺に話しかけてくる。


「悪かったな、友木。ついかカッとなって、な……」


「気にすんなよ。……友達だろ?」


 友木……、と朝倉は呟いてから、


「……懐の広さを見せられると、男としての格の違いを見せつけられるようで、それはそれでショックだな」


 遠い目をしてから、落ち込む朝倉。

 ……朝倉の男心は繊細なようだ。


「あまり深く気にするな、朝倉」


 そう言って朝倉の肩を叩き、フォローをしたのは池だ。


「夏休み中、毎日一緒に竜宮という美少女副会長と楽しく登下校している池に言われても、何のフォローにもならないっての……」


 白目を剥き、息も絶え絶えな様子で朝倉は言った。

 

「竜宮と登下校するのが、何か関係があったか?」


 ポカンとした態度で池が言う。

 その言動に、朝倉は絶望を濃ゆくする。

 俺は彼の肩に手を置いてから、視線を合わせてゆっくりと首を振る。


 この鈍感系主人公の言うことを、恋愛面でまともに聞いてはいけないぞ、という意味を込めて。


「……彼女欲しい」


 朝倉は両手で顔を覆い、震える声でそう呟いた。


「優児先輩! お待たせしました!」


「やっぱり、男の子はお風呂の時間って短いねー」


 そんなやり取りをしていると、声が掛けられた。

 見ると、一緒に来ていた冬華と夏奈が、温泉から上がり、こちらに向かってくる。


 二人とも、宿に備え付けられていた浴衣に着替えていた。日帰り客にも、無料で貸し出している。経営は大丈夫なのかと、再び不安になる。

 普段と異なり、髪をまとめて結っている二人。

 まだ乾ききっていないのか、わずかに濡れていた。

 いつもと違う雰囲気に、俺は思わずどきりとした。


「ねぇ、もう一つ隣の部屋に卓球台あったんだけど、あれって使って良いの?」


 その冬華が甲斐に問いかける。


「ああ、受付でラケットも借りられる」


「それなら、ちょっと遊んでいくか」


 甲斐の説明を受けて、池が皆に向かってそう声をかけた。

 だれも異論がなかったため、部屋を移動する。

 そこには、卓球台が二台置かれていた。


「ラケットとボール、借りてきましたよ」


 そう言って、甲斐がラケット5本とピンポン玉4個を持ってきてくれた。


 俺たちはお礼を言って、ラケットを受け取る。

 すると、池が気軽に問いかけてくる。


「なぁ、優児。良かったら試合をしないか?」


「ああ、もちろん。一台先に使って良いよな?」


 俺が他の面子に問いかけると、


「良いですよっ! 私は先輩の応援をしておくので!」


「うん。私、優児君の応援しているから、頑張ってね!」


「俺、友木先輩の応援しますんで、……もう一台は使わないすね」


 冬華と夏奈、甲斐が続けて言う。

 そんなにみられると照れるのだが……。


「俺はどちらの応援もしたくないから、審判をする!」


 悔しそうに表情を歪めた朝倉が、そう言った。

 

「……なんでこんなにアウェーなんだ?」


 肩を竦めて言う池が卓球台の前に立ち、試合が始まるのだった。

 


 試合は俺の敗北だった。

 途中まではいい試合をしていたと思うのだが、池がゾーンに入った途端、まるで歯が立たなくなった。

 

「やっぱ強いな」


「俺はこれでも、経験者なんだがな。最初のうちは負けるかもとヒヤヒヤしていたぞ」


 互いの健闘をたたえ合う俺たち。


「お疲れ様です、先輩! はい、タオル使ってください♡」


 池との激戦を終え、汗だくになっていた俺に、冬華がタオルを差し出してくれた。


「おう、助かる」


 俺はそれを受け取り、汗をぬぐった。

 

「これが、私の超えなくちゃいけない女の子。あざとさが天元突破している……」


 深刻そうな表情で、夏奈が呟いたのに、気が付いた。

 ……見なかったことにしよう。

 

「今度は、ペアでやりましょ? 私、優児先輩とペア組みます♡」


「ううん、優児君。私とペアを組んで欲しいな」


 俺が答える間も無く、二人は言い合いを始めた。

 その様子を見た朝倉が、悔しそうに歯嚙みをしてから、池に問いかける。


「……池、俺と少し打ち合ってくれるか?」


「もちろん良いぞ」

 

 その問いに、池が答えた。

 朝倉も見ているだけはつまらないのだろう。


「私がペア組みますから!」


「そんなの納得出来ないよ!……卓球勝負で決着つけよ!?」


 冬華と葉咲が互いに言い合っていた。

 それを尻目に、池との試合で汗だくになった俺は、もう一度汗を流しに行こうと思った。


「俺、もう一回風呂に入ってくるから」


「じゃあ、俺はまた先輩の背中を流しに……」


俺の言葉に、甲斐が満面に笑みを浮かべて反応するのだが……。


「あんたは私たちの審判。分かった?」


 冬華に審判を押し付けられた甲斐は、


「そりゃないぜ……」


 と、悲しげに呟くのだった。



 それから、俺は風呂場に向かうのだが、暖簾を手にした爺さんが、男湯と女湯を入れ替えていた。


「午前と風呂場が違うんすか?」


 気になった俺が問いかけると、こちらを振り向いた爺さんが言う。


「本当は今朝変えなくちゃいけなかったんじゃが。忘れちゃったから、今したんじゃよ。そんなに怖い顔をしなくても良いじゃろうに。最近の若者は、忍耐が足りんのう……」


 その爺さんが、不満を浮かべつつ俺に向かって言う。

 俺は別に怒ったわけではないのんだけどな。

 そう不満に思うものの、文句を言っても仕方がない。


 俺は、先ほどとは違う入口から脱衣時に入る。


 それから服を脱ぎ、風呂場に足を踏み入れた。


 汗をシャワーで流してから、湯船に目を向ける。

 粘り気の強い、濁ったお湯だ。

 入るのを楽しみに湯船に向かうと……。

 

 目の前には、信じられない光景があった。




「え、……友木君?」




 その戸惑ったような声が、静寂な室内に響いた。

 俺は顔を上げて、その声の主を見た。


「こんなところで、何をしているのかしら、友木君は?」


 引き攣った表情で、怒りと羞恥を湛えた真桐先生が、どうしてか温泉に浸かりながら問いかけていた。


「……は?」


 意味がわからず、俺は現状を把握することが全くできなかった。


 今の俺の頭の中は、たった一つの疑問に占められていた。


 ――なんでここに真桐先生がいるんだ?


 真っ赤になった真桐先生に睨まれながら、真っ白になる頭。


 俺は何も言うことができないまま、そう思うのだった……。

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