17話、カレーなる食卓
それから一時間と少し経過し、無事にゴールである校舎に辿り着いた。
ゴールでは山本さんが「お疲れ様」と声をかけ、俺たちにコップに入った麦茶を配ってくれた。
そして、少し遅れてチーム生徒会も到着。
同じように飲み物を配り、各々のチームから課題を解いたペーパーを回収。
二チームしかないため、山本さんがその場でサクッと採点をしながら、「うん、両チームとも満点だね」と嬉しそうに呟いた。
それから続けて、
「それなら、後はタイムなんだけど……真桐先生チームが、1時間28分48秒、惜しいね!」
おー、と俺たちはその結果に驚く。
凄いな、ほとんど設定時間通りだ。そう思ったが。
「でも生徒会チームはもっとすごいよ! 1時間30分ぴったりだ! 文句なしの勝利です、おめでとう!」
山本さんがそう言ってから、拍手を送る。
やってみて分かったのだが、中々狙ってジャストの時間に辿り着くのは出来ない。
恐らくたまたまなのだろうが……流石は、池。持ってるな。
俺は喜ぶ生徒会を見て拍手を送り、確かに連携力は高まっただろうな、と思った。
☆
既に、時刻は夕方に迫っていた。
場所を中庭に移し、ここからは二つ目のプログラムだ。
真桐先生が俺たちに対して宣言する。
「それでは、皆さん。これから飯盒炊さんをします」
晩飯は、このメンバーでカレーとサラダを作ることになっていた。
「食材は用意してあるし、薪も用意してありますが、薪割が必要なので、注意してください。火のおこし方が分からなければ、山本さんに聞いてください」
「薪割も火をおこすのも、僕がしっかり見ておくからね」
真桐先生が山本さんに視線を向けると、彼はにぃっと笑みを浮かべて言った。
「……それでは、美味しいカレーが食べられることを、期待して待っているわ」
真桐先生が穏やかに笑いながらそう言った。
それから、俺たちは役割分担を決めるために、一度集まる。
「さて、役割だが、どうしようか?」
池が言うと、
「まずカレー班と飯盒炊さんの二つに分かれましょう。薪割は田中先輩と友木さん。その間に、鈴木さんはお米を研いでもらい、飯盒を火にかけたら、様子を見るのを友木さんにお任せして、田中先輩と鈴木さんでサラダを作ってもらう。……というのは、どうでしょう?」
竜宮がそう提案すると、
「僕は竜宮さんに賛成だよ」
「私も、それでおっけーですー」
田中先輩と鈴木がその提案を快諾。
「……うーん」
冬華だけが渋い表情をして、俺を伺ってきた。
「どうした、冬華?」
冬華は俺に弁当を作ってくれたこともあり、料理が出来ないわけではない。
なのにどうして悩んでいるのだろうか?
……そんなに竜宮と同じが嫌なのだろうか?
「……いえ、何でもないです。私もこの役割分担で、問題ないです」
「それなら、これから調理を始めようか」
「よろしくお願いしますね、会長。冬華さん」
うっとりとした表情で池と冬華に言う竜宮。
そういえばこいつ、短時間で一人勝ちな班決めをしたな……。
竜宮の老獪さに、俺は畏敬の念を抱いたのだった。
それから、山本さんの監視の下、田中先輩と薪割をし、それから火をおこした。
「おおっ、友木君。火をおこすのがすごく上手だね。アウトドア趣味があるのかい?」
「いえ。漫画の知識で知ってただけす。意外と上手くいったすね」
ゆるいキャンプ漫画で得た知識をフル稼働した結果、田中先輩から感心された。
「へー、そうなんだ」
「ホント、友木君上手。田中先輩、インドアだから仕方ないですよ……」
と、飯盒を持ってきたのは鈴木が言った。
彼女は「ご愁傷様」と言って田中先輩の肩を優しく叩いた。
「酷い言いようだなぁ……。さて、僕たちはこれからサラダを作ろうか」
「そですね。それじゃ友木君、よろしくね」
二人はそう言って、炊事場へと向かった。
仲良いな、あの二人。そういえば、車内でも隣同士だったし……デキてるのだろうか?
そう思いつつ彼らの背中を見送ってから、俺は火の番に徹したのだった。
☆
そして、無事にカレーが出来上がった。
山本さんも含め、全員でカレーに舌鼓を打つ。
……なんだこれ、美味っ。
飯盒炊さんクオリティを逸したカレーが食卓に出されたのだが、恐らく池の手腕によるものだろう。
「会長、料理まで……素敵」
と、竜宮が惚けた表情で呟いているので、間違いないと思う。
☆
それから、各々シャワーを浴び(大浴場のような気の利いた設備は無いようだった)就寝までの間、自由時間となった。
他のメンバーは部屋で田中先輩の用意したボードゲームなどで遊ぶようだったが、俺は一旦、外に出ることにした。
昼間に比べ、ずいぶんと涼しくなっていた。
虫の鳴く声を聞き流しながら、俺は満点の星空を見上げる。
星々が瞬き、その中でもひときわ目立つ夏の大三角形。
それを眺めながつつ、俺は疲労を感じていた。
肉体的な疲労は、大したことはない。
ただ、小中学校の宿泊行事では単独行動ばかりしていた俺には、こうして一日中誰かと一緒にいた経験がなかった。
好意的な相手ばかりとはいえ、どうしたって気を遣う。
多分、俺が疲れているのは、そういうことなのだろう。
そんな風に考えていると、
「冷たっ!」
俺の頬に、キンキンに冷えた缶が押し当てられた。
「あはっ、びっくりしすぎじゃないですか、センパーイ?」
そう言ってから、俺の隣に腰を下ろしてきたのは冬華だった。
「どーぞ。コーヒーはなかったので、ジュースですが」
「おう、ありがとう」
そう言ってから、差し出された缶を受け取る。
「それじゃ、カンパーイ」
と、俺の缶に自ら持っているそれをぶつけてくる冬華。
俺は一言「おう」と応じた。
冬華は、一口ジュースを含んで、俺の表情を伺ってから問いかける。
「……疲れちゃいましたか、先輩?」
「ああ、少しな。……冬華は、みんなといなくていいのか?」
俺が問いかけると、冬華は穏やかに笑ってから言う。
「良いんですよ。生徒会じゃない私にとってはアウェーみたいなものですし。それに……先輩と、もっとお話したいですし」
冬華の言葉に、俺も笑う。
コミュ力お化けの冬華と言えども、もしかしたら少しは疲れているのかもしれない。
「そういえば、カレー作りの班分けで渋っていたように見えたけど、そんなに竜宮と一緒は嫌だったのか?」
「あー、あれですか。……聞きたいですか?」
挑発的な視線を俺に向けてくる冬華。
「差し支えなければ」
「先輩と一緒に作業したかったんですよ。でも、私がべったりくっついてたら、他の人と先輩が仲良くなる邪魔になっちゃうかもなって思って、ちょっぴり考えたんですよ」
得意げな表情でそう言ってから、
「……嬉しいですか?」
と、あざとい笑みを浮かべて問いかけてきた。
「……ということは、竜宮と一緒なのが嫌ではなかった、ということか」
「もー、先輩の意地悪! そこは素直に嬉しいって言ってくれなくっちゃ、可愛くないですから! ……まぁ、確かにあの人と一緒の作業はちょっと抵抗ありましたけどー」
と、ぽろっと本音をこぼした冬華。
それから、彼女は無言になって、不意に夜空を見上げた。
俺もつられて、同じように見上げる。
しばらくの間、そのままだったのだが。
「……良かったです、私もここにこられて」
隣で冬華がそう呟いた。
それから、彼女はゆっくりと続ける。
「私は、先輩と修学旅行とか、一緒にいけないので。……こうして一緒にお泊りができて、本当に楽しかったです」
その真剣な声音を聞いて、俺は隣に座る冬華を見た。
彼女は、真直ぐにこちらを見ていた。
「先輩は、楽しかったですか?」
そして、微笑みを浮かべて問いかけてくる冬華。
俺はその視線と笑みに、無性に気恥ずかしくなる。
「俺も、楽しかった。きっと、冬華がいたからだな」
それから、冬華の頭に手を乗せ、くしゃっと彼女の頭を撫でる。
びくり、と肩を震わせ、一度視線を俯かせた冬華。
それから、上目遣いに俺を覗き込みながら、告げた。
「先輩、これ確実に私を口説き落しに来てますよね? とうとう私に惚れちゃいました?」
甘い猫撫で声で言う冬華。
全力で揶揄ってくる彼女に、俺は肩を竦める。
「そういうわけじゃないからな」
と言って、俺は手を離そうとした。
しかし、冬華は自らの手を重ねたため、手を離すことができない。
……どうしたんだろうか?
そう思い、冬華を伺うと、彼女はそっぽを向いたまま、呟いた。
「……そういうわけじゃなくても、私は先輩の恋人なので。別に頭を撫でるくらい、たまには許してあげましょう」
冬華のその言葉に、俺は嬉しくなる。
彼女からの信頼が、とても心地よかった。
「ああ、たまには許してくれ」
俺はそう答えてから無言のまま再び星空を見上げた。
不思議なことに、先ほどまで感じていた疲労は、いつの間にかなくなっていた。






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