15話、出発
夏休みも数日が過ぎ、8月に入った。
俺は登校日というわけでもないのに、猛暑日の中、久しぶりに学校に向かっていた。
校舎に入ってから、真直ぐに生徒会室に向かう。
目の前の扉をノックしてから「はい」という声がすぐに帰ってきた。
その声に応じて、俺は扉を開く。
「来たか、優児」
「おう。全員そろっているんだな」
池が、俺の顔を見て、声をかけてきた。
部屋の中にいた他の面子も口々に俺に挨拶をしてくれる。
彼ら彼女らの顔を見ながら、俺も挨拶を返した。
登校日でもないのに学校に来た理由だが、今日は、以前から話があった生徒会の合宿の日だったのだ。
一度生徒会室に集まってから、真桐先生の運転するミニバンで出発する予定だった。
集合予定時間の10分前ではあるが、池、竜宮、田中先輩、鈴木といった生徒会役員と、冬華。
真桐先生を除いてこの場には参加者全員が揃っていた。
「ああ。結局竹取先輩は受験勉強を優先して、来なかったがな」
池がそう言った後、
「おはようございまーす、優児先輩」
と、何かから逃げる様に、冬華が怯えた表情で俺の隣に駆け寄ってきた。
「おう」
俺は冬華に返事をする。
「ああ、冬華さん……」
それから、先ほどまで隣にいた冬華が離れたことで、残念そうな表情を浮かべた竜宮の方を見る。
彼女は俺の視線に気が付いたようだ。
不満気な視線を向けてくるが……とりあえず無視をしておこう。
「少し早いが、全員が集まったことだし、真桐先生のところにいこうか」
池の言葉に、
「僕が職員室で真桐先生を呼んでくるから、みんなは先に校門のところで待っていて。車を回してもらうよ」
「田中先輩一人だけは可哀そうだから、私も一緒にいきますよー」
田中先輩と鈴木がそう言うと、池が頷いた。
「それじゃあ、俺たちは先に校門のところに行くので、よろしくお願いします」
二人は池の言葉に頷いてから、荷物を持って先に生徒会室から出た。
それに続き、俺たちも生徒会室を出る。
池が施錠をしてから、俺たちは廊下を歩く。
「やー、それにしても、楽しみですねー」
隣を歩く冬華が、明るくそう言った。
「意外だな。随分と楽しみにしているんだな」
「ええ、それはもう! ……葉咲先輩とかいう邪魔ものが出しゃばってこないというだけで、最高です」
とてもいい笑顔を浮かべて、冬華が言った。
「夏奈もどこからか話を聞いて来たがっていたんだが、テニスの大会が近くてな」
「それに、葉咲さんは友木さんや冬華さんと違い、特に生徒会の運営を手伝ってくれていたわけではないので、こちらから誘ったりはしませんでしたね」
池がそう説明し、竜宮が冷静にそう言った。
「そういうわけなら、夏奈が来るわけにはいかないな」
「ですよねっ! というわけで、先輩と合宿、楽しみです!」
俺の言葉に冬華が答える。
「ふふ、それは良かったです。私も、冬華さんが合宿に来られると聞いて、とても楽しみにしていました」
「……あ、そうですかー」
ねっとりとした視線を向けてくる竜宮に、露骨に引いた様子の冬華。
「少し、アプローチが情熱的すぎたでしょうか? 会長は、どう思われますか?」
「うーん、どうだろうな。意外と照れてるだけじゃないか?」
そして今度は熱っぽい視線を池に向ける竜宮。
池は爽やかな表情を浮かべ、笑顔のままだった。
ちなみに、竜宮から俺に話を振られることはなく、眼中にないようだった。
そして、校門に到着をして、数分。
一台のミニバンが、目の前に停車した。
運転席から降りてきたのは、真桐先生だ。
「おはよう、みんな」
真桐先生の挨拶に、俺たちは口々に応じた。
「荷物は後ろに乗せておきなさい」
そう言ってから、真桐先生はまた運転席に戻った。
すぐに荷物を置いてから、車の中に入ろうとするのだが……。
席順を見て、俺は一瞬悩んだ。
三列目には田中先輩と鈴木がすでに座っている。
残りの座席は3人掛けの二列目と、助手席だけ。
「冬華さん、一緒に座りましょう?」
「あ、私先輩と一緒に座るんでー」
俺が二列目に座ると……冬華に軽くあしらわれている、この竜宮が恐らく不満を抱く。
竜宮的には、冬華と池に挟まれるのが最高のポジションなのだろう。
こんなことで竜宮の不興を買いたくなかった俺は、
「俺は図体がでかいからな。助手席に座る」
と、そう言ってさっさと助手席に座った。
「先輩!? ……そうですか。じゃあ、私は先輩の後ろに座ることにしますね」
つまらなさそうに答えた冬華だったが、駄々をこねたりはしなかった。
「それでは会長、お先に奥に座ってください」
「ああ」
竜宮に促されるまま、運転席の後ろに池が、助手席の後ろに冬華が、そして二人の間に挟まれて、竜宮が座った。
無言のままご満悦の表情を浮かべる竜宮。
どうやら彼女の独り勝ちの配席になったようだ。
とりあえずこれで出発ができるな、そう思い運転席の真桐先生を見ると、彼女とバッチリと目が合った。
「どうしたんすか?」
俺が問いかけると、真桐先生は少しバツが悪そうにしてから応える。
「いえ、ただ……」
「ただ?」
俺の方を見ず、彼女はスマホをポケットから取り出した。
そして、俺のスマホが震えて着信を告げるのとほとんど同時に、真桐先生はスマホをポケットにしまった。
「それじゃ、発車するからシートベルトをつけなさい」
言われた通りにシートベルトを着用してから、俺はスマホの通知を見る。
差出人は、真桐先生。
そのメッセージの内容を見て……
『助手席に男の子を乗せるのは、友木先生が初めてなのよ』
思わず、俺は彼女の横顔を見る。
すぐに視線に気が付いた真桐先生は、横目でこちらを伺いながら言う。
「あまり、じろじろ見ないでもらえるかしら?」
不満そうな表情を浮かべている真桐先生。
ただ、その横顔が朱色に染まっていたのを見て、なんだかんだで照れているのが分かり。
「そうします。真桐先生が運転に集中できないのは、困りますからね」
俺は、少し意地悪にそう言った。
「もう。友木君、最近生意気すぎじゃないかしら……」
と、真桐先生は顔を赤くしたまま口を尖らせて言う。
俺たちを乗せた車は、ゆっくりと発進した。






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