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14話、お礼

 夏休みが始まったばかりの、とある金曜日の夜のこと。


 スマホでラブコメマンガを読みながら、三〇天下第一! と考えていると、唐突に画面が切り替わり、着信を告げた。


 誰だろうと確認すると、相手は真桐先生だった。

 俺は画面をタップし、電話に応答する。


「もしもし、友木君の電話で間違いないですか?」


「はい、そうすけど」


「よかった。こんばんは、友木君。真桐です。今、少し時間良いかしら?」


 一体どうしたのだろうか? そう思いつつ、


「大丈夫すよ。なんすか?」


 俺は答える。

 すると、真桐先生は一つ電話口で呼吸をしてから、


「この間のお礼がしたくって。予定がなければ明日、家に来てくれないかしら?」


 と言った。

 いきなりのお誘いに、俺は驚いた。


「……良いんすか?」


 色々とまずいのでは?

 そう思って問いかけるものの、

 

「ええ。明日はお休みだから、夕方ごろに来てもらってもいいかしら? 料理を作って待ておくわ」


「……了解す」


「ちなみに、嫌いな食べ物はない?」


「特に、ないすね」


 俺の返答に、真桐先生は「そう」と、小さく呟いてから、


「それじゃ、また明日。待っているわ」


 そう言って電話を切った真桐先生。


 生徒が教師の部屋に行くのは、あまり良くないとは思うが、真桐先生自身が来いと言っているので、俺が気にしすぎか?


 ……まぁ、生徒の前で酔っ払い、ベッドに引きずり込んだことに比べれば、間違いなく些細なことだろう。


 そう思い、俺は真桐先生の家に行くことを、改めて決心したのだ。



 そして、翌日の夕方。

 真桐先生の住むマンションに到着した俺は、インターホンを鳴らした。


 すると、スピーカーからすぐに返事があった。


「入って大丈夫よ」


 その言葉の後、自動ドアが開く。

 エントランスを進み、俺はエレベーターに乗って、真桐先生の部屋へと向かう。


 そして、今度は部屋のインターホンを鳴らす。

 少し待つと、すぐに真桐先生が扉を開いて現れる。


「いらっしゃい。どうぞ、中に入ってちょうだい」


 普段ビジネスマナーの範囲できっちりと化粧をしている真桐先生だが、休日だからだろうか?

 いつもより薄めの化粧で、なんだか幼く見えた。


 ……化粧のせいだけではないな。

 ハーフパンツのデニムと、Tシャツ一枚というかなりラフな格好のせいで、普段きちっとしている分、ずいぶんと若く見える。


「……じろじろ見て、何かしら?」


 こちらを半眼で睨む真桐先生。


「いつもきちっとした格好をしている真桐先生の私服が、珍しくて」


 俺が言うと、呆れたようにため息を吐いてから、真桐先生は言う。


「いいから、早く入りなさい」


 と、俺は促されるまま、部屋へとお邪魔することに。


「失礼します」


 玄関で靴を脱いでから、部屋の中に入る。

 相変わらず、綺麗に片づけられた部屋だな。

 そう思うと同時に、食欲がそそられる良い匂いが鼻腔をくすぐった。


「どうぞ、座ってちょうだい。私は準備があるから、少しキッチンにいるわ」


「うす」


 俺は一言応え、促されるままテーブルの前の座布団に座る。

 それから……初めて違和感に気が付いた。


「外は暑かったわね。お茶を出しておくから、適当に飲んでいて」


 そう言って、お茶とマグカップを持ってきた真桐先生。

 マグカップを受け取ってから、俺は彼女に問いかける。


「ども。ちなみに……ぬいぐるみ、片づけたんすか?」


 俺の言葉に、動揺を浮かべる真桐先生。

 以前この部屋に来た時は、ベッドの上にぬいぐるみが置かれていたが、今は影も形もない。


「ぬ、ぬいぐるみ? 一体、何のことかしら? 皆目検討もつかないわ……?」


 真桐先生はしらばっくれながらも、視線は不自然に泳ぎつつ、ある一点に注がれる頻度が非常に高い。

 ……なるほど、クローゼットの中に押し込んだな。


「……少女趣味、隠さないでも良いんすよ?」


「そ、そんなことはしていないわ。……今更あなたの前で取り繕っても仕方ないでしょう?」


「そっすね。この間はとんでもない醜態を見せつけられたんで」


 俺が言うと、真桐先生はわかりやすく落ち込む。

 それから、いじけたように、


「だ、だから……隠すような少女趣味なんてないのよ」


 視線を泳がせたまま、真桐先生が強がるように言った。


「……そういうことにしときます」


 俺が言うと、不満そうな表情を浮かべた真桐先生が、逃げるようにキッチンに向かいながら、言う。


「それじゃ、料理を出すから少し待っていなさい」


「お願いします」


 食器を出したり、盛り付けをしている作業の音が聞こえてくる。

 俺は真桐先生に言う。


「配膳の手伝いしますよ」


「ありがとう。でも、結構よ。ゆっくりしていなさい」


 と、真桐先生が答えた。

 しばらく待っていると、キッチンから真桐先生が料理を運んできた。


 ……フリルがあしらわれた、とても可愛らしいエプロンを身に着けて。

 隠しきれない少女趣味。何だったら隠す気が微塵も感じられない。

 真桐先生、ぬいぐるみは隠したと言うのに……これはない。

 詰めが甘すぎる。俺は思わず顔をしかめた。


「変な顔をして、どうしたのかしら?


「……な、なんでもないすよ」


 俺は可愛いエプロンを身につけた真桐先生を直視できないまま、そう答えた。

 真桐先生は不思議そうに首を傾げてから、気を取り直してテーブルに料理を並べていく。


 そしてあっという間に、男子高校生的にとても魅力的に思えるおかずの数々が並んだ。


「ご飯はお代わりもあるわ。どうぞ、召し上がって」


 そして真桐先生は、どこぞの日本昔話のような大盛ご飯を差し出しながら、対面に座った。

 

「美味そうす。それじゃ、遠慮なくいただきます」


 茶碗を受け取り、俺はいただきますと呟いてから、おかずに箸を伸ばす。

 肉と魚と野菜と、色とりどりの料理を口にし……。


「美味っ……!!」


 俺は感動した。

 滅茶苦茶美味い。

 真桐先生、料理上手すぎる。


 俺は無言になって、そして夢中になって食を進める。

 真桐先生は、そんな俺に優しい眼差しを向けているのだった――。




 そして、あっという間に、真桐先生の手料理を平らげた。


「ご馳走様でした。……めちゃくちゃ、美味かったす」


「お粗末様でした。……こんなに美味しいって言ってもらえると、作った甲斐があったわ」


 真桐先生は穏やかな表情で言った。

 それから、食器を片付けるために、立ち上がった。


「片付け、手伝います」


「良いのよ、気にせず座ってなさい」


「そういうわけにもいかないすよ。美味い飯を食わせてもらった上、片付けまで任せるわけにはいかないす」


 俺が言うと、真桐先生はクスリと笑ってから、


「友木君は、きっと将来良い旦那さんになるわね」


 と、揶揄うように言った。

 あまりにもストレートなその言葉に、なんと返答をしたら良いか戸惑っていると……。


「それはともかくとして……。分かったわ。それなら、片づけを手伝ってもらえるかしら?」


 俺は彼女の言葉に頷いて、食器を流しに持っていく。

 そして、真桐先生と流しの前に並んで食器を洗う。


 俺が食器を洗い、真桐先生が食器を拭いて、棚に片付けていく。


 しばらく、何の疑問も持たずにそうしていたのだが、ふとした拍子に冷静になった。


 年上の綺麗な女の人に、家に招待されて手料理を振舞われ、その後にこうして並んで食器を洗うというのは……まるで、彼氏彼女のようではないか?

 少なくとも、ただの教師と生徒の関係で、こんなことをしている人間は、ほとんどいないはずだ。


 そう気が付いて、内心焦る俺。

 ……そんな時に限って、彼女と肩が触れ合った。


「ひゃっ!」


 真桐先生の驚いた声が聞こえて、俺はさっと身を引いた。

 ……見れば、真桐先生も同じように身を引いていた。


 無言のまま、視線が合う。

 蛇口から水が流れる音だけが、耳に届く。


「……顔が赤いようだけど、大丈夫かしら?」


 頬を赤くしたまま、余裕ぶった表情を作った真桐先生が言う。

 俺のような生徒と一緒にいても、大人な真桐先生は何とも思わないだろうと考えていたが……。

 そういえば真桐先生は……あれだったのを思い出す。


 照れくさくなった俺は、それを誤魔化すために、


「真桐先生のエプロン……めっちゃ可愛いすね」


 そう言った。

 すると、真桐先生は驚愕を浮かべ、顔をさらに赤くした。


「そ、そんなに可愛らしいかしら!?」


 焦った様子で、そう言った。

 ……もしかすると、真桐先生的にこれでもかなりおとなしいデザインなのかもしれない。


 それに気が付いて、俺はまたしても動揺する。

 そして、結局お互いに無言のまま食器を洗うことになるのだが。


 意外なほど、居心地は悪くないな、と俺は思った。





「今日はありがとうございました」


 すでに日は落ちはじめ、季節は夏といえ、周囲は暗くなり始めていた。


「いいえ、構わないわ。……美味しいと言ってもらえると、作り甲斐があるもの」


 どこか気恥ずかしそうに、真桐先生は言った。


「それなら、良かったす。それじゃ、俺はこれで帰るんで」


 俺は玄関で真桐先生に別れの挨拶をする。

 彼女は頷いてから、


「ええ。それではまた今度ね、友木先生?」


 揶揄うような口ぶりで、真桐先生はそう言った。

 というか、次の機会があるような言葉に、俺はなんと返答したものかと悩み、

 

「……それ、気に入ったんすか?」


 軽くツッコミを入れてみた。

 俺の言葉に、真桐先生は見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべてから、首肯した。


「ええ。意外と、しっくりくるわ」


「……そうっすか」


 俺は呆れたように、一言だけ答えた。

 そして、真桐先生に見送られて部屋を後にする。

 


 帰り道。

 真桐先生が俺を嬉しそうに「友木先生」と呼ぶことについて、考える。

 

 正直言って、俺自身「意外と、しっくりくる」のが、困りものだなと思うのだった。

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