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9話、百合

 真桐先生から重大な秘密をカミングアウトされてから、週が明けた月曜日。

 あと数日、こうして学校に着た後は、しばらくの間夏休みになる。


 誰も彼もが長期休暇が近づき、浮かれているのだが、俺はそうも言っていられなかった。

 真桐先生から、あれからまだ連絡がない。

 今のところ、まだ学校で顔を合わせてはいないが、一体どんな顔をして会えばよいのだろうか?


 ……いや、いつも通りで良いはずだ。

 お互いに、それがベストだろう。

 そう思っていると、真桐先生と会う機会もないまま一日が過ぎ、放課後となった。


 俺は少しほっとしつつ、帰り支度を進める。

 すると、


「センパーイ、今日も一緒に帰りましょ~!」


 と、冬華が廊下から俺に向かって声をかけてきた。

 

 冬華のその言葉に、クラスメイトは一斉に俺に振り向く。

 そして、俺が呆れたように彼らに視線を向けると、ぎょっとした表情で顔を背ける。


 ……もう一学期も終わりだというのに、未だにこの天丼ネタが繰り返されている。

 ワンパターンすぎて飽き飽きだ。


 二学期では、もっと面白い反応に期待する俺。


 俺は立ち上がり、冬華と合流する。

 そこで、


「すまん、二人とも。親睦会の資料ができたから、一緒に放課後生徒会室に来てもらっても良いか?」


 と、池に声をかけられた。


「はぁ? 先輩には明日教室で渡せばいいだろうし、私には兄貴がウチに持って帰ってくればいいじゃん」


 と、冬華は馬鹿にしたように池に向かって言った。

 確かにその通りなのかもしれないが、池がそれをしないということは、あまり他の生徒がいる前では渡したくないとか、きっちり保管しておきたいとか、何かしらの理由があるのだろう。


 冬華の言葉に苦笑を浮かべる池に、俺は答える。


「ああ、行く」

 

 冬華は俺の答えに一度溜め息を吐いたが、


「先輩が行くなら、私もー♡」


 と、クルッと手のひらを返した。


 池は呆れているかと思いきや、微笑ましいものを見るように、冬華へ視線を向けていた。


「助かる。それじゃ、行こう」


 池の後に続き、俺と冬華は生徒会室に向かった。


 そして、生徒会室に入ると、そこには先客がいた。


「お疲れ様です、会長。それと、池さんと……友木さんですか」


 優雅な仕草で頬に手を添えながら、生徒会副会長の竜宮乙女が俺たちに向かって言った。

 ちなみに、田中先輩と鈴木は、まだ来ていないようだった。


「早かったな、竜宮」


「ええ。HRが早く終わりまして」

 

 池の言葉に、竜宮はニコリと微笑んだ。

 そんな竜宮に、俺も挨拶を返す。


「よう。そういえば生徒会だったな」


「そうです。またお会いしましたね」


 俺の言葉に、竜宮はミステリアスな笑みを浮かべて応えた。

 そのやり取りを見てだろう、ムッとした表情になる冬華。


「ねぇ、先輩。誰ですか、この人? なんで私のこと知ってるんですか?」


 声に少々棘があった。

 自分だけが仲間外れみたいで、つまらなかったのかもしれない。


「ごめんなさい、池さん。挨拶が遅れました。私は二年の、生徒会副会長。竜宮乙女と申します。あなたのことは、会長から時折話を聞いていたんですよ。以後、お見知りおきを」


「あ、副会長さんですかー。よろしくでーす」


 いつもの外向き用の笑顔よりも、若干硬い表情で挨拶をした冬華。

 竜宮はそんな冬華の手をひしと握り、


「ええ、よろしくお願いします。早速ですが、『冬華さん』と。お名前で呼んでもよろしいでしょうか?」


 熱心に冬華を見つめながら、竜宮は言った。


「え? ベ……別に良いですけど?」


「ありがとう、冬華さん。それなら、わたくしのことはぜひ、『乙女』とお呼びください」


 割と引いている冬華に、容赦なく畳みかける竜宮。


 俺に助けを求める様に、冬華は視線をこちらに向けてくる。

 ……竜宮は池に惚れている。

 だから、積極的に冬華とも仲良くなりたいのかもしれない。


 俺は困惑している冬華に、力強く頷いた。

 えぇ……とでも言いたそうな冬華だったが、


「じゃあ、……乙女ちゃん?」


 と、か細い声で言った。

 すると、彼女の手を握りしめる竜宮が、今にも昇天しそうな至福の笑みを浮かべながら、


「はぅぁっ♡ ……ぜひ、今後ともよろしくお願いしますね。冬華さん!」


 と、弾んだ声で言った。

 冬華は「あ、はい……」と一言、無感情にそう言い、竜宮の手から離れた。

「あっ……」と、心底無念そうな表情を浮かべた竜宮。

 こいつ、池だけじゃなく冬華のことも好きすぎだろ……。


 そのやり取りが終えてから、池は俺と冬華に声をかける。 


「これが、今年の生徒会合宿の資料だ。この資料を読んでもらって、分からないことがあればメールでも構わないから、何でも聞いてくれ」


 数ページの資料を、俺と冬華は受け取り、軽く流し読みした。

 ……ま、後でじっくり読むか。


「ああ、また何かあれば聞く」


 俺が言うと、冬華がこちらを向いてから、言う。


「それじゃ、先輩。帰りまっしょっか?」


「そうだな」


 俺はその言葉に頷いてから、池と竜宮に向かって言う。


「それじゃ、これで俺たちは帰る。じゃあな」


「失礼しましたー」


 続けて、冬華も言った。


「気を付けろよ」


「もう帰られるのですね。……それでは、また」


 池が言ってから、竜宮は名残惜しそうに冬華を見つめて、言った。


 竜宮の視線を気にしないように努め、それから俺と冬華は生徒会室を出ようと扉を開けたところで――。


「友木君、池さん……」


 生徒会室に入ろうとする、真桐先生と対面した。

 俺と真桐先生は一瞬目が合い、そしてサッと視線を逸らした。

 ……やはり、気まずいな。


「あ、真桐先生。お疲れ様でーす」


 と、そんな俺と真桐先生の様子には気が付かない冬華が続けて言う。


「そう言えば、生徒会の合宿って先生が引率なんですか?」


「ええ、そうよ。顧問の先生は高齢だから、補佐の私が引率することになるわ」


 冬華の言葉に、真桐先生が答える。

 ……真桐先生も合宿に参加するのか。


「へー。よろしくお願いしますねー」


「ええ。……二人とも、帰るところだったのよね?」


「あ、そうです! それじゃ、お先でーす」


「ええ、帰り道には気を付けて」


 真桐先生はそう答えてから、


「友木君も、気を付けて」


 いつもの、凛々しくてカッコいい大人の真桐先生として笑顔を浮かべて、そう言った。


「うす。失礼します」


 そう言ってから、俺と冬華は生徒会室を後にした。



 そして、駅までの帰りの道中。


 ……やはり真桐先生は大人だ。

 流石に最初はちょっと気恥ずかしかったのだろうが、なんだかんだで、いつも通りの対応だった。

 俺も見習わなくては、と思っていると、

 

「先輩? 聞いてますか、せんぱーい?」


 隣を歩く冬華から、非難めいた視線を受けた。


「悪い、聞いていなかった」


 俺が素直にそう言うと、冬華は頬を膨らませてから、俺を睨んでから言う。 


「もう、可愛い彼女が話しかけているのに聞き流すなんて、ひどすぎですからっ!」


「『ニセモノ』の恋人だけどな。……それで、何の話だ?」


「……夏休みは、たーっくさん遊びましょーね、って話していたんですぅ!」


 ムスッとした表情で、冬華は俺に言った。


「え、良いのか?」


「? 良いのかも何も、当たり前じゃないですか?」


 当たり前とは、何が当たり前なのか……全くわからなかったが。

 それでも、冬華の誘いはとても嬉しかった。


 これまでの人生で、充実した夏休みを送ったと言えるのは、『ナツオ』と過ごした小学生時代のころだけだ。

 去年は池と数回会うこともあったが、あいつは何かと忙しくて、あまり頻繁に遊ぶこともなかったしな。


「……俺は基本的に暇だと思うから、男避けが必要なときは、いつでも声をかけてくれ」


 冬華も、流石にクラスの友人と遊ぶことがあるだろうし、学年一位をキープするために勉強も励まないといけないだろう。

 彼女が必要とした時くらいは、喜んでお供させてもらおう。

 そう思っての言葉だったのか、冬華は不満だったらしい。

 

 涙目になってから、彼女は俺に向かって、


「バーカ、バーカ! 先輩の、ばかっ。……先輩と一緒にいるのは楽しいって、前から言ってるじゃないですか。だから、男避けとか関係なく、一緒に遊んで欲しかっただけなのに」


 と、冬華は弱々しくそう呟いた。

 ……そうだった。

 俺が彼女との関係を大切にしたいと思うと同時に、彼女も俺との関係を大切にしてくれているのだ。


 そんなことを忘れて、俺は冬華に酷いことを言ってしまった。

 そう思い、落ち込む冬華の頭に、俺はポンと手を乗せてから言った。


「悪かった。俺も、冬華と一緒にいるのは楽しいからな。夏休みに遊ぶのを、楽しみにしている」


 俺の言葉を聞いた冬華は、驚いたように目を開き、俺の方を見た。


「最初からそう言っていたらいいんですよ、先輩のばかっ!」


 べー、と舌を出してから、俺の手を振り払わないまま、彼女はそう言った。


 

 そんな冬華の様子を見て、今年の夏は退屈しないで済みそうだな――と、俺は思うのだった。


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