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8話、説教

 真桐先生から聞いた住所の場所には、マンションがあった。


 眠っている先生に声をかけて、オートロックを空けてもらいつつ、カードキーを拝借して、部屋番号を聞き出す。

 それからエレベーターに乗る。他に人がいなくて、俺は少しほっとした。

 

 伝えられた部屋番号の扉を、カードキーを使って開き、中に入る。

 

 部屋の電気を点けると、綺麗に片づけがされた部屋が目に入った。

 1ルームであり、ベッドがすぐに目に入った。……そのベッドには、可愛らしいキャラクターのぬいぐるみが数体置かれていた。

 意外と可愛らしいのが好きなんだな……。


 そんなことを考えつつ、俺は腕の中で寝息を立てる先生を、無事ベッドに寝かせた。

 ……一仕事終え、ほっと息を吐いたのも束の間。


 俺は真桐先生に腕を掴まれ、ベッドに引きずり込まれる。

 ランニングの疲労があったことと、心理的に油断していたために、不覚にもその場で堪えることが出来なかった。


 俺のすぐ隣には、真桐先生がいる。

 一体、何のつもりなんだ?


「何するんすか?」


 俺が抗議の声を上げると……。


「ん、っん……」


 艶かしい寝息を立てる真桐先生。

 そのまま……何も反応を返さない。

 どうやら、寝ぼけていただけのようだ。


 俺は安心してから、眠る真桐先生を見る。今日は意外な面をたくさん見せられたが……やっぱ綺麗な人だな、と思う。


 そんな人と同じベッドの上にいるのだと改めて気が付き……無性に顔が熱くなった。

 これ以上隣にいたらダメだ。そう思い、俺は真桐先生の手から離れて、立ち上がる。


 それから、部屋の明かりを消してから、カードキーをもう一度手にする。

 部屋を出てから、外から鍵を掛けてドアポストに入れとけばいいだろう。

 俺はそう思い、外に出ようとしたのが……。


 真桐先生、大丈夫だろうか?

 俺は急に、そして無性に心配になった。


 救急車を呼ぶほどの緊急性も危険性もなさそうだが、だからと言ってこのまま部屋に一人、放置して良いのだろうか?

 寝ている最中に吐瀉物がのどに詰まり窒息死……なんてこともあり得なくはない。


 そこまで考えて……俺ははらをくくった。

 こうなったらとことん付き合ってやる。

 

 そう思い、俺は真桐先生の眠る部屋に戻る。





 暗い部屋で、数時間が経った。

 すでに、窓からは朝日が差し込んでいた。


 俺はうつらうつらしながら、真桐先生に異変があったらすぐに対応できるようにしていたのだが……。


「う、ん……ん~」


 と言う声が聞こえた後、真桐先生はゆっくりと起き上がった。

 どうやら、無事なようだ。


「うぅ……、飲みすぎた。頭痛い……」


 辛そうな表情で真桐先生はベッドの上で呟いてから立ち上がろうとした。


「……え?」


 そして、部屋の片隅にいる俺を見て、驚愕を浮かべながら呟いた。

 

「どうも。おはようございます、真桐先生」


 そんな真桐先生に、俺は爽やかな朝の挨拶をした。

 俺の挨拶を聞いた、真桐先生は顔を引き攣らせて、そしてどこか怯えた表情を浮かべた。


 ……眠気でよく考えられなかったが、もしも真桐先生が酔っぱらっていた時の記憶を覚えていなかったら。

 目覚めた時に、急に強面の男が部屋の中に侵入しているのだ。

 弱い女性であれば、ただただ恐怖を覚えることだろう。

 いや、男女関係なく、普通に怖いな。

 

 つまり、ヤバい。

 俺、もしかしてこのまま警察のお世話になるのでは?


「と、友木君? ……!! ええと……夢、かしら?」


「……夢だったらよかったんすけどね」


 俺が答えると、引き攣った笑みを浮かべた真桐先生。

 どうなるか、俺はしばらく彼女を見守る。

 わけが分からない、と最初は動揺していたが、俺の顔と自分の服装を見比べてから、ハッとした表情を浮かべた。そして、一瞬で顔を真っ赤に染めて、それからタオルケットで自分の顔を覆い隠す。


 ……もしかして、思い出してくれたのだろうか?

 

 そんな風に期待していると、バッとタオルケットをどかしてから、真桐先生はゆっくりと立ち上がった。

 そして、目じり一杯に涙をため、そして羞恥を堪えるような表情を浮かべつつ、


「迷惑をおかけしました。ごめんなさい……!」


 彼女は、丁寧な口調で頭を下げて謝る。

 真桐先生は、ちゃんと覚えていたようだ。俺にとっては、良かった。捕まらなくて済みそうだ。


「そうすね。だいぶ迷惑でした」


 俺が真桐先生の謝罪に対して冷たい声音で応えると、


「……こんなに迷惑をかけて、本当にごめんなさい。それに、心配をされた親御さんにも、私から謝罪をさせて下さい」


 と言ったのだ、


「いや、どうせ帰ってきてないし、それは良いです」


 俺の言葉を聞いて、ハッとする真桐先生。

 申し訳なさそうな表情を浮かべるものの、何を話せばいいのか分からなくなったのだろう。

 俺は一つ溜め息を吐いてから、気になっていたことを尋ねる。


「教師って仕事、大変そうですし。飲みに行ってストレス解消ってのは分かるんすけど。……真桐先生は、毎回ああなるまで飲んでるんすか?」


「いいえ、こんなに酔ったのはこれが初めてよ……」


 真っ赤な表情のまま、視線を逸らしながら彼女は答えた。


「……それって、何かあったってことすか?」


 先生の面倒を見るのは割と大変だったので、ガツンと説教をするつもりではあるのだが、事情を知らずに頭ごなしには言いたくない。


 俺の問いかけに、先生は口元を真一文字に結んで、肩を震わせた。

 答えたくないことなのだろうか? そう思っていると、彼女は涙を目じり一杯にためてから、


「わ、私が……処女ヴァージンだと、昨日言ったのは覚えているわよね!?」


 と、非難めいた眼差しを俺に向けながら告げた。

 素面の真桐先生に改めてそう言われると、あまりにも気恥ずかしいカミングアウトだ。

 俺は彼女から視線を逸らしながら答える。


「は、はい」


「……私は、自分で言うのもなんだけど。結構な箱入り娘として育てられたの。中学校から大学は、私立の女子校に通っていて……男の人と接する機会なんて、ほとんどなかったわ」


「は、はぁ」


「……それで23にもなって、交際経験が一切ない私を急に心配したんでしょうね。父親がお見合いの話を持ってきたの。生涯独身率が進んでいて、このままだと私もそうなって、孫の顔が見られないって、焦りでもしたのかしら」


 不満気な表情を浮かべる真桐先生は、珍しく憤っているようだった。


「それが嫌で……私はそれを仲の良い友人に相談したの。だけど『実際もう24なるのに、それで処女ヴァージンとかつらみを感じる』なんて真剣に心配されて……言いようがないくらい、それが嫌で」


 それから、真桐先生は自嘲を浮かべてから、続けて言った。


「お酒に逃げてしまいました……」


「そ、そうだったんすね」


 かなり気恥ずかしい気持ちで、俺は真桐先生の言葉を聞いていた。

 こんなに綺麗な人なのに、そういった経験がないのは、正直意外だった。

 そして、ここまで思いつめるほど、悩んでいることも。

 

「結婚前に初夜を迎えるなんて……そんなの、破廉恥だわ」


 俺が無言でいると、真桐先生は顔を赤らめ、俯きながら言った。


 事情は分かった。

 真桐先生も、教師とはいえ一人の人間。悩みもあれば、酒に溺れたい夜もある。

 これまで世話になってばかりだから、出来ることなら彼女の力になりたい。


「事情はわかりました。とりあえず……正座をしてもらって良いすか?」


 ……そうは思いつつ、俺は説教をすることにした。


 真桐先生は目を真ん丸に開いてから、しかし俺の表情を見て「はい……」と殊勝な態度で頷いてから、綺麗な正座をした。


「俺は今、怒っています」


「……もっともだわ」


「それじゃ、俺の言葉をしっかりと聞いてもらいます」


 コク、っと頷いた真桐先生。

 俺は一度深く呼吸をしてから、視線を伏せる真桐先生をまっすぐに見つめてから、口を開いた。


「先生みたいな綺麗な人が、あんな風に公園で酔いつぶれてたら、悪い奴に何されるかわかったもんじゃないすよ!? 下手したら、襲われていたかもしれない!」


 真桐先生は、俺の言葉に顔を真っ赤にした。

 これは、間違いなくセクハラ案件。尊敬する真桐先生に、嫌われてしまうかもしれない、とも思ったが……俺はそのまま言葉を続ける。


「いろんなストレスを抱えて、酒に逃げるのは仕方ないす。でも、あんなにべろべろになるんなら、タクシーを使ったり、信頼できる人に送ってもらったりしてください。……昨日の様子を見たら、どうしても真桐先生のことが心配になるんで」


 真桐先生が、顔を上げ、驚いたような表情で俺の表情を覗き込んできた。


「俺は真桐先生にたくさん助けられてきた。真桐先生のこと、めちゃくちゃ尊敬してる。だから俺は、真桐先生が悲しむことになったら、嫌っす」


 一呼吸してから、俺はさらに続ける。  


「だから。悩みだったりストレスが溜まったときは……俺に、相談してください。愚痴くらい、いくらでも付き合うんで」


 俺が説教を終えると……驚いたことに、真桐先生は柔らかな笑みを浮かべていた。


「……何笑ってんすか」


 俺の真剣に説教を聞いて、普通に笑顔を浮かべる真桐先生に、声を低くして問いかける。


「あら、ごめんなさい。でも、別にふざけているわけじゃないのよ? これじゃ、どちらが先生で、どちらが生徒か……分からないなと思っただけよ?」


 おかしそうに笑う真桐先生に、俺は毒気が抜かれた。

 いつも凛としてかっこよく、綺麗な真桐先生が……なんというか。

 とても可愛らしく見えた。


「ありがとう、友木君。心配してくれて。それに、こんなダメな先生を尊敬してくれて、嬉しいわ。私は幸せ者ね」


 そう言った真桐先生。

 ……やはり、気恥ずかしい。

 言うべきことは言ったし、流石に疲れた。


「……それじゃ、俺はもう帰るんで」


 俺はそう言って、玄関に向かう。 

 すると、真桐先生も立ち上がり、俺に向かって言った。


「送っていくわ」


「結構すよ。こっから10分くらいなんで、心配しないでも普通に歩いて帰れるんで」


「……かなり近かったのね」


 驚く真桐先生に振り向かないまま、俺は玄関でランニングシューズを手に取る。


「……あ、そうだ。連絡先を聞いても良いかしら?」


 靴を履き終えた俺に、真桐先生が言う。


「え?」


「どうしてそんな呆けた顔をしているの? 連絡先が分からないと、相談することができないじゃない?」


 ニコっと悪戯っぽく真桐先生は笑った。

 まさか、本当に俺を頼りにするつもりがあるなんて。

 俺は、嬉しくなって、言われた通りに、自分の携帯番号を諳んずる。


 真桐先生はスマホにそれを打ち込んでから、ニコリと柔らかく笑った。

 それは、先生が学校で見せる年上の女の人の優しい笑顔とは違い、どちらかというと……。


 同年代の女子のような、どこか可愛らしい笑顔のように見えた。


「それじゃ、私が愚痴を聞いてもらいたい時は、よろしくお願いね。……友木先生?」


 真桐先生は手に持ったスマホを傾けてから、俺に向かって言った。

 

「……俺で良ければ、いつでも」


 気恥ずかしさを堪えながら俺は返答し、真桐先生の部屋から出て行ったのだった。

 


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