7話、…告白?
それは、金曜日の夜のことだった。
俺は、日課のランニングのために、近所の公園を走っていた。
7月半ば、気温は辟易するほど高いが、閑静で人気のない公園を一人走っていると、清々しい気持ちになる。
そんな風に気持ちよく走っていたのだが……。
ふと、人影が目に入る。
こんな時間に珍しい、そう思い注視すると、その人影が頼りなくふらついていることに気が付いた。
足を止めないまま近づくと、後ろ姿と服装から、若い女性だと判断する。
……酔っ払いだろうな。
今日は、所謂『花の金曜日』
明日は土曜日で休みだからと、羽目を外して飲みすぎたのだろう。
それにしても、こんな夜中に酔っ払いの若い女性一人で大丈夫だろうか?
声をかけた方が良いのかも……と思うものの、こんな顔の怖い男がいきなり声をかけたら、きっと驚かれるだろう。
心配ではあるが、しばらくは様子を見て、明らかに危なそうならその時に声をかけるか。
そう思いつつ、走っていると……。
前方をふらつきながら歩いていたその女性が、盛大に転んで倒れた。
うわ、大丈夫かあれ? 派手に転んでいたし、怪我をしていなければ良いんだが。
そう思い、俺は走るのをやめて、倒れ伏すその女性の近くに歩み寄る。
しばらくの間、近くで様子を見ていたのだが……彼女はピクリとも動かない。
……もしかして打ちどころが悪かったか?
そう思った俺は、その場にひざまずいて、その女性声をかけた。
「大丈夫すか?」
反応がない。
いよいよ心配になって、俺はその人を仰向けにさせた。
浅く繰り返される呼吸を見て、とりあえずは生きているなとホッと一息ついてから、その女性の顔を覗き込んだ。
そして、俺は衝撃を受けた。
……この人、見たことあるんだが。
「ま、真桐先生……!?」
俺は、彼女の名前を思わず呟いていた。
いつも凛として気高く美しい彼女の面影と、こうして酔いつぶれている目の前の女性が同一人物だと、こうして目の当たりにしているにもかかわらず、俺はいまいち信じられないでいる。
「ん、んっ……」
と、酔いつぶれた真桐先生の、どこか色っぽい呻き声が動揺する俺の耳に届く。
どうやら、俺の声に真桐先生は気がついたみたいだ。
ぱちりと瞼を開き、そしてトロンとした眼差しを俺に向けつつ、真桐先生は問いかける。
「……あら、友木くん? どうしてこんなとこりょにいりゅのかしゅら?」
呂律が回らないままの真桐先生。
酒精交じりの吐息に、やはり結構飲んでいたんだな、と察する。
そして、こうして彼女が俺の名を呼んだことで、頭の片隅にあった他人の空似説も消えた。
「日課のランニングすよ。真桐先生こそ……その、どうしたんすか?」
どうしてそんなに酔っぱらってるんすか?
……そこまでストレートには聞けない俺は、苦笑交じりにそう問いかける。
「……何よぅ。友木君までしょんなことゆうの?」
「は?」
拗ねたような、どこか悲しそうな表情を、真桐先生は浮かべていた。
「すんません、何のことすか?」
真桐先生の呟いた俺が問いかけると、プルプルと肩を震わせながら、固い声音で真桐先生が呟く。
☆
「……の、何が……?」
普段はビシッと着こなしている真桐先生だが、先ほど派手に転んだせいだろう。
ブラウスのボタンが外れ、胸元から白い肌がのぞいていた。
必死にそこから視線を逸らす俺の耳に、真桐先生の呟き声が、途切れ途切れに届いた。
「すんません、なんて言ったんすか?」
俺の問いかけに、真桐先生は上気し、頬を紅く染めた。
そして、潤んだ瞳で俺を見つめる。
蕩けた表情の真桐先生は、鮮やかな朱色を差した唇を、大きく開いて――
「だからっ! 23で処女の、何が悪いって言うのよぉっ!?!!?」
と、非難するような眼差しを俺に向けながら叫んだ。
「えぇっと。なんと言うか。……えぇー?」
☆
何もコメントができずに、呆けたように呟いた俺。
「……帰るわ」
と、俺の反応を見た真桐先生は、不機嫌そうに呟いた。
俺自身、非常に混乱していたが、確かに迅速にご帰宅していただかなければ。
「家、近くですか? 送ります」
真桐先生の状態を不安に思った俺は、そう問いかけた。
「ん……」と首肯してから、真桐先生は応えた。
彼女は立ち上がり、そして……。
「痛っ」
バランスを崩して倒れそうになる。
俺はとっさに彼女を抱きとめた。
それから、細く引き締まっているのに、女性らしい柔らかさを兼ね備えた身体に、俺は顔がかぁっと熱くなるのを感じた。
そして、アルコールのにおいに混じる、真桐先生の甘い香り。
俺は気恥ずかしさを無理矢理振り払ってから、真桐先生に声をかける。
「大丈夫すか?」
「……足痛い」
首を横に振ってから、弱々しく答えた真桐先生。
さっきこけた時に、捻ってしまったのだろう。
「肩貸すんで、頑張ってください」
俺がそう言うと、真桐先生は情けない声で言う。
「痛いから、歩きたくない……。おんぶして?」
子供のように甘えた声で俺に向かって言う真桐先生。
ただ一言「歩いてくれ」と言いたいところだったが、今の真桐先生は酔っ払いで、怪我人。
まともに歩けるわけはないか。
「ちなみに、住所はどこすか?」
俺が問いかけると、真桐先生はぼそぼそと住所を言った。
……近いな。
ウチから歩いていける距離だ。
「そこまで送り届けるんで、ちゃんとつかまってくてださいよ」
そう一言告げてから、俺は真桐先生を抱きかかえる。
……軽いな。
「こ、これ! おんぶじゃないわ!?」
俺の腕の中で慌て、顔を真っ赤にする真桐先生。
酔っぱらっているだけじゃなく、怒ってもいるのかもしれない。
だが、おんぶも抱っこも、この際そう変わらないだろ。
そう思い、俺は彼女の言葉を無視して歩き始める。
最初のうちは怪しい呂律のまま抗議の言葉を放っていたが、その言葉を無視し続けていると、数分としない内に真桐先生は静かになっていた。
見ると、彼女は俺の胸に額を当てながら、安らかな表情で眠りについていた。
人の気遣いも知らずに、気持ちよさそうな寝息を立てやがって……。
教師だとか生徒だとか、関係ない。
絶対、真桐先生に説教をしてやろう、と心に固く誓う俺。
そして――
警察に職務質問とかされないだろうな?
と、内心ヒヤヒヤしながら、彼女の自宅に向かうのだった。






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