6話、生徒会室へ
真桐先生と話をした、次の休み時間。
「さっき廊下で見てんだけどさ、真桐先生に呼び出されてなかったか?」
俺の席にやって来た朝倉に、声をかけられた。
「ああ」
「何かあったのか?」
心配そうに問いかける朝倉。
真桐先生は厳しいというイメージがあるため、俺のことを心配してくれたのかもしれない。
「大したことじゃ無かったぞ」
と、俺が答えると、朝倉はその言葉をあっさりと信じたようで、
「ふーん、そうか」
と一言呟いた。
それから、今度は真桐先生の話になる。
「真桐先生って、美人だけど怖くて近寄りがたいよな」
「確かにそういうイメージあるが、実際は良い先生だぞ」
俺の言葉にふむと頷いてから、朝倉は真剣な表情で俺に問いかけた。
「友木って実は……キツイ目で見られるのが、好きだったりするのか?」
「そんなことはない」
俺が言うと、朝倉は鼻の頭を指先で擦りつつ、照れ臭そうに破顔する。
「俺は……まぁ嫌いじゃないけどな」
「そ、そうか……」
朝倉のカミングアウトにツッコむこともできず、俺は一言返した。
……もしかしたら俺のことを心配してくれたのではなく、単に羨ましかっただけなのかもしれない。
「ああいうクールな美女がふとした拍子に可愛らしい素顔を見せてくれる、みたいなギャップがあったらさ……最高じゃね?」
朝倉は確信を抱いたように言い、俺に同意を求めてきた。
「……最高だな」
朝倉の主義主張を否定するのもどうかと思い、俺ははゆっくりと頷き、同意をしておいた。
「何が最高なのかなー?」
俺たちの会話が気になったのか、横合いから夏奈が声をかけてきた。
「ああ、真桐先生の話をしててさ。さっき、友木が呼び出されてて」
心配そうな表情を浮かべて、夏奈は俺に問いかけてくる。
「そうだったの? 真桐先生って厳しいと思うけど、大丈夫だった?」
「ああ、問題ない」
俺が答えると、夏奈は柔らかく笑い、それから言う。
「良かった。それで、さっきの話なんだけど。……真桐先生の何が最高なのかな?」
……柔らかく笑う夏奈の瞳は、決して笑ってはいなかった。
俺は朝倉を見る。
彼は爽やかな笑みを浮かべてから、
「ああいうクールな美女に可愛らしいところがあったら、最高だよなって話を俺と友木でしてたんだよ」
と、夏奈に向かって告げた。
……さっきの爽やかな笑みから、話を逸らしてくれるのかと期待をしたのだが、そんなことはなかった。
「へぇー。……優児君、そういうのが好きなんだ。ふーん」
と、拗ねたような表情を浮かべて、恨めしそうな視線を向けつつ夏奈が呟いた。
「いや、そういうわけじゃないが……」
「冬華ちゃんの恋人なのに、真桐先生のこと最高って言ったり……私のことアイドルみたいって言ったり。けっこう浮気性だよね、優児君は。……今から、お付き合いした後のことが心配だな」
夏奈は物憂げな表情で呟く夏奈。
何からツッコめばよいか分からず、無言で考え込む俺の肩に、爽やかな笑みを浮かべる朝倉が手を置いた。
「友木……俺、今世界で1番惨めな気がするんだが、気のせいじゃないよな?」
どこか悲しさを湛えたその表情を見て、俺は困惑する。
「そ、そんなことない。……と思うぞ?」
あまりにも悲し気な表情を浮かべる朝倉を見て、申し訳ないが、俺も断言することができなかった……。
☆
そして、放課後。
いつも通り帰ろうと席を立ったところ、池から声が掛けられた。
「すまない優児、今から少し話をしたいんだが、生徒会室に来てもらっても良いか?」
また生徒会の手伝いだろうか?
特に用事もないし、冬華にも後で連絡を入れておけば問題ないだろう。
池の言葉に、俺は頷いてから答える。
「問題ない」
「助かる。それじゃ、ついてきてくれ」
池は笑顔を浮かべて応えた。
それから俺たちは一緒に教室を出た。
廊下を歩きながら、俺は冬華に生徒会室に向かうとメッセージを送った。
それからすぐに、冬華から返信が来た。
『そしたら私も、生徒会室行きまーす』
「冬華も生徒会室に向かうってよ」
俺が隣を歩く池に言うと、彼はクスリと笑った。
どうしたのだろうかと思い、視線を向けていると。
「ああ、仲が良いなと思っただけだ。良いことじゃないか」
別にからかっているわけではなく、どちらかというと池自身安心したよう雰囲気だった。
俺は何故だか気恥ずかしくなり、
「そうだな」
と、ぶっきらぼうに短く答えることしかできなかった。
俺の答えに、池もどこか嬉しそうに笑う。
……そうしている内に、生徒会室に辿り着いた。
扉を開き部屋の中に入ると、そこにはすでに生徒会役員である書記の田中先輩と、会計の鈴木がすでにいた。
「やぁ、こんにちは、二人とも」
「よっすー」
二人は俺たちに気が付いてから、そう挨拶をしてきた。
この二人は、俺のことを偏見を持たずに接してくれる数少ない人物である。
「うっす」
俺は短くそう返答した。
「どうも、二人とも早かったですね。竜宮は少し遅れると聞いているけど……竹取先輩は?」
池の言葉に田中先輩が苦笑を浮かべてから答える。
「竹取さんは乗り気じゃないし、来ないと思うよ」
「そうですか。やっぱり来てくれないんですね」
田中先輩の言葉に、池は残念そうに答えていた。
生徒会役員であれば、俺も一度は見たことあるはずなんだが、その竹取先輩とやらの顔を思い出すことが、俺には全くできなかった。
「まぁ、仕方ないか。それじゃ、冬華が来たら今日呼び出した説明を……」
と、そこまで言ったところで、生徒会室の扉がノックされ、池が口を閉じた。
「どうぞー」
と、鈴木が扉に向かって言うと、扉が開かれた。
「どもでーす! 私の愛しの優児先輩は、ここにいますかー?」
「いるぞ」
柔和な表情を浮かべた池が、冬華に言った。
冬華はすぐに俺の元に向かってきて、隣に立った。
「また兄貴に捕まっちゃったんですね、先輩。すみません、ウチのがいっつも迷惑をおかけして」
よよよ、と泣きまねをする冬華に、
「いや、気にしていないから」
「やーん、先輩優しくてステキー♡」
と、開幕から全力で俺をヨイショする冬華。
「……それで、結局用件って何だったんだ?」
冬華のヨイショを適当にスルーすると、彼女はやや不満そうな表情になったが、それでもすぐに気を取り直して、俺と共に池へと視線を向けた板。
「少し、話があってな。まずは、これを見てくれるか?」
そう言って、池が10枚程度の資料を渡してくる。
「これは去年の分なんだが……毎年8月の頭に、生徒会役員で一泊二日の合宿を行うんだ。学校生活の問題点を存分に話し合い、今後の学校生活をよりよくすること。そして、合宿を通じて役員同士の連携を高めること……というのがお題目で、その実態は親睦会みたいなもんなんだが」
「へー、そんなもんがあるのか」
俺が言うと、池は「ああ」と頷いてから、
「その合宿に、優児も来て欲しくてな。参加費は実費負担をしてもらうがそこまでの大金ではないから、良かったらどうかなと思ってな」
資料を見ると、去年の実際の支出額が記載されていて、確かにそこまでの負担ではない……。
しかし、それよりも問題があるだろう。
「俺は生徒会役員じゃないが、参加しても良いのか?」
俺が問いかけると、池は頷いた。
「ああ、先生の許可も取ってあるからな。優児さえよければ、何も問題はない。……冬華もだ」
「えっ!? 私も? なんで!!?」
唐突に話を振られた冬華が、驚いたように反応をした。
「優児は去年から、冬華もあの勉強会から、ちょくちょく生徒会の手伝いをしてくれているだろ? 学校生活を良くするための話をするのだから、意見を聞くために少しくらいなら生徒数は多くなっても構わない。特に、生徒会に協力的な人間なら、尚更だ。実際に前例もあったしな。そういうわけで、二人の参加に、問題はないというわけだ」
なるほど、前例があるのならあっさり話は通るか。
「さて、一応返事は数日は待てるんだが……来てもらえそうか?」
池が俺に向かって問いかける。
「いきましょーよ、先輩?」
と、俺の服をつまみながら、冬華が言った。
「えらい乗り気だな」
「楽しそうじゃないですか。先輩は、嫌なんですか?」
「……そうだな。確かに、楽しそうかもな。参加させてくれ」
俺が池に向かって言うと、
「そうか! そう言ってもらえるとありがたい。それじゃ、詳細は後日伝える。もう少しだけ待っていてくれ」
ホッとしたように、池はそう言った。
「よろしく。友木君、池さん」
「楽しみにしてるね」
田中先輩と鈴木も、歓迎してくれたようだった。
それから、特に何もなさそうだったので、俺と冬華は彼らに挨拶だけ済ませて、さっさと生徒会を後にすることにした。
そして、廊下に出てすぐ、
「先輩、ちょっと耳を貸してもらって良いですか?」
と、冬華がちょちょいと指先を曲げながら言った。
俺は言われた通り、その場で少し屈んだ。
彼女は背伸びをしつつ、俺の耳元に手を添えて、囁いた。
「……初めての、お泊りですね♡」
そう言われたのち、真直ぐに立ち、そして冬華を見る。
悪戯っぽい表情で、上目遣いに俺を見ている。
何をそんなに楽しみにしていたのだろうか、と少し不思議だったのだが――。
なるほど、これがあの時冬華が俺に言った、『私に先輩を惚れさせる』ための活動か。
それに気が付いた俺は、テンション低めに答えることにした。
「ノーコメントだ」
俺のつまらない返答に、冬華は悪戯っぽい表情を浮かべたまま、楽しそうに笑いながら言うのだった。
「私、とーっても楽しみにしてますから♡」






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