もう一人の宣戦布告
……あー、もう!
マジで意味わかんないんですけど!?
朝っぱらから葉咲先輩が優児先輩に色目を使ったせいで、今日の私は過去最高にイライラしていた。
先輩がナツオに会いたがっていたから、私はあの人に事情を説明してほしいと頼んだわけだけど……。
まさか、告白をするなんて、思いもしなかった!
でも、思い返してみれば。
確かにあの人は、私と先輩が一緒にいるとき、いつもどこか暗い表情をしていた。
私は勝手に、名前と性別を偽っていたことを、旧友の先輩に言い出せなかったのを後ろめたく思っていたんだろうなって解釈をして、あの人の背中を押したわけだけど。
……私という彼女の存在を恐れずに、告白をするくらい好きだったなんて思わなかった!
「なんか今日、冬華様機嫌悪くない?」
「え、あんた知らないの? あのヤンキー彼氏、あのテニスしてる巨乳の先輩と二股してるみたいでさー」
「うっわー、マジ!? そりゃ機嫌も悪くなるわー」
「超かわいそーなんですけど……」
クラスメイト達が、こそこそと私の噂をする。
普段なら、余裕の態度で対応をするんだけど……今の私には出来そうもなかった。
不機嫌さを隠せずに、落ち込んでいる私に、声をかけようとする猛者はいなかった。
「なぁ、冬華。そんなに落ち込むなよ」
……と思いきや、私に声をかけるのが、たった一人だけど現れた。
そいつは、同じクラスの男子。
ヤンホモ坊主の、甲斐烈火だ。
私は顔を上げて、無言のまま彼の顔を見た。
甲斐君は、なぜだか照れくさそうに笑みを浮かべながら、私に励ましの言葉を告げた。
「友木先輩が、浮気なんてことをするわけないだろ? もしも浮気をしていたとしても、それは何か考えがあってのことに決まっている。……不安なのは分かるけど、信じて待つんだ」
……なにわろてんねん、こいつ。
私は、照れくさそうにしている甲斐君に、イラっとした。
ていうか、何で照れてるわけ?
もしかして、『葉咲先輩が健闘しているから、俺もワンチャンあるかも!?』とか思っているのかな?
……流石に、それはないか。
私は頭を振って、その考えを追い払う。
一応、私のことを心配して声をかけてくれたのだ。
彼が先輩にしたことを、私はまだ許せていないけど。
それでも、今みたいに先輩のことを信じて、私に声をかけてくれたのは……ありがたかった。
「うん、ありがと。甲斐君」
「ああ、気にするなよ、冬華」
甲斐君は私に向かって笑顔でそう告げてから、
「それに、葉咲先輩が健闘しているし……俺にもワンチャンあるかもしれないからな」
と、小さく呟いた。
恍惚の表情で、頬を朱色に染めるその様は、まるで恋する乙女のようだった。
……いやー、ないわー。
マジでないわー、このヤンホモ坊主。
――この日、私は甲斐烈火を未来永劫許さないと心に決めたのだった。
☆
そして、昼休みになった。
私は授業が終わってすぐ、急いで先輩のいる教室へと向かった。
……早く先輩に会いたかった。
会って話をしないと、おかしくなっちゃいそうだった。
「先輩、一緒にご飯……!?」
いつも通り、教室の扉を開いて、先輩に呼びかけようとして……言葉に詰まった。
教室には、確かに優児先輩はいたんだけど、
「優児くーん、今日はお弁当を作ってきたから、一緒に食べよっ?」
「え? 本当か?」
「うん♡ほら、私の手作りお弁当だよー」
先輩の腕に絡みつきながら、お弁当の包みを二つ掲げる葉咲夏奈……改め恥知らずの泥棒猫。
先輩は困惑しつつも、彼女の持つ弁当を見ながら「え、マジ?」とか呟いていた。
私はそんな会話をしている二人のところに向かい、後ろから声をかけた。
「あのー、葉咲先輩? 私のカレピに色目使うのやめてもらって良いですかー? 優児先輩は私と一緒にお昼食べるんですけどー?」
私の言葉に、優児先輩がびくりと肩を跳ねさせてから、振り返る。
葉咲先輩は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
「あ、やっほー冬華ちゃん。良いじゃん、皆で食べた方がきっと美味しいよ? 良かったら私の作ったお弁当のおかず、食べてみてよ!」
「超お断りです」
「もー、冬華ちゃんこわ~い!」
そう言って、自分の胸をさらに優児先輩に押し付ける葉咲先輩。
先輩は特に反応をした様子はなかったけど……それでも、ムカついた。
「やべ、池の妹じゃん」
「リアル修羅場かよ……」
「どうしてこんな時に限って、池が教室にいないんだ……」
周囲の生徒たちが、私たちを見てひそひそと話していた。
私がキッと睨みつけると、全員が一斉にそっぽを向いた。
そして、数人の男子生徒が白々しく口笛を吹く真似をしだす。
薄々ながら気が付いていたけど、このクラスの人たちノリ良すぎじゃない?
……超ムカつくんですけど?
「悪い、夏奈。今日は一緒に昼を食べられない。……それと、そろそろ離れてもらって良いか?」
「えー?」と、不満そうに言うものの、先輩の真剣な表情を見て、サッと離れた葉咲先輩。
「……分かった。今日のところは、一緒に食べられないのは我慢しよっかな。でも、せっかく優児君のためにお弁当を作ったんだよ? 食べてくれると、嬉しいんだけどなぁ」
と、もじもじしながら、いじらしく彼女が言うと、先輩はゆっくりと頷いた。
「ああ、有難くいただく」
そう言って、葉咲先輩からお弁当を受け取った優児先輩。
「えへへ。良かったら、感想聞かせてね?」
幸せそうな笑顔を浮かべて葉咲先輩は言う。
「おう」
優児先輩は、彼女の言葉にそう返してから、
「行こう、冬華」
そう言って、私に向かって、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
色々と言いたいことや、不満はあったけど。
私は何も言えずに、ただ優児先輩に不満をぶつけるように、潤んだ瞳で睨みつけるしかできなかった。
☆
「あんなに教室の居心地が悪かったのは、久しぶりだった……」
屋上についてから、いつものようにシートを敷いて、先輩は大きなため息を吐いてから、困ったようにそう言った。
「先輩が葉咲先輩にキープ宣言なんてしたのが既に噂されているせいで、私も教室で超居心地悪かったんですよ?」
「……軽率だったな、すまん」
「……そのお弁当をもらったのも、絶対軽率だと思うんですけど?」
先輩が葉咲先輩から受け取ったお弁当の包みを開いたのを見ながら、私は問いかけた。
「せっかく、俺のために作ってくれたんだ。……食べないわけにはいかないだろ」
「一度受け取ったら、図に乗ってこれからも作り続けちゃいますよ!? そんなの、困りますよね!??」
「確かに、それは困るかもしれないな……。だけど、弁当を作ってくれたことは、嬉しいからな」
苦笑しながらも、優しい声音で言う先輩。
……チクっと、私の胸にとげが刺さった。
「うおっ!」
そして、お弁当の中身を見た優児先輩が声を上げた。
一体どうしたのだろう? そう思って私も彼の手元のお弁当を覗き込んだ。
「うわ、重っ……」
私は思わず呟いていた。
白ご飯の上には、桜でんぶでハートマークが作られていた。
ニセモノとはいえ恋人である私でさえ、数時間ほど迷って却下した案を、ただのお友達という立場にも拘らず平気で採用するその面の皮の厚さに、私は思わず引いていた。
「そんな風に言ってやるなよ」
先輩は気まずそうにそう言った。
多分、そのハートマークを目の当たりにして彼自身引いていたはずだ。
それでも、先輩は優しいから、葉咲先輩を庇うようなことを、言ってしまうのだろう。
そして、優児先輩はお箸を手にした。
「いただきます」
お弁当を食べ始める優児先輩。
手作りっぽいミニハンバーグを食べた。
満足そうな表情を浮かべてから、次々とお箸が進んでいく。
それからぺろりとお弁当を平らげた先輩に、私はどうしても気になって尋ねた。
「……美味しかったですか?」
「ああ、美味い」
「……私の作ったお弁当と、どっちが美味しいですか?」
「どっちも美味い。……比ベられない」
困ったように、先輩は言った。
……今の私の質問は、嫌なカンジだったかもしれない。
でも、気になるし。超、気になるし。
そんな風に葛藤する私に向かって、先輩が告げる。
「『ニセモノの恋人関係を嫌になるまで、この関係を続けてほしい』。冬華は以前そう言ってたよな?」
真剣な表情を浮かべる先輩。
私はその表情を見て、胸が締め付けられた。
……先輩が何を言おうとしているのか、なんとなく予想ができた。
「俺は、この関係を気に入っている。夏奈に告白をされた時、冬華とニセモノの恋人を続けたいって思った。そのことに、後悔は全くない。だけど……改めて考えて、思ったことがある」
「……なんですか?」
問いかけたものの……本当は彼の言葉をそれ以上聞きたくなかった。
「もしも、俺に好きな人が出来たら。その時はきっと、俺は冬華との『ニセモノの恋人関係』を終わらせると思う。……俺が誰かを真剣に好きになれるかは分からないけど、もしもその時が来たら……ちゃんと、冬華にも報告する」
先輩が私との関係を大切にしてくれるのは、素直に嬉しい。
だけど、私は結局『大切な後輩』以上にはなれていない。
それが悔しくて……。
「だから、葉咲先輩にキープ宣言なんてしたんですか?」
私は、そんなことを言ってしまった。
「言い訳にしか聞こえないだろうけど。夏奈は池のことが好きなんだと、俺は勘違いしてたんだ。その勘違いをしたまま、彼女を励ましたせいで……今みたいな状況になっている」
申し訳なさそうに言う先輩。
その表情を見て、自己嫌悪する。
……最低だ、私。
先輩に悪気はないって、分かりきっているのに。
自分が先輩に好きでいてもらえているか自信が持てなくって不安ばかり感じるから、先輩に聞くべきでないことを聞いて八つ当たりして……彼を傷つけた。
「分かってますよ、先輩がそんな酷いことをしないのは。……ちょっと、意地悪言っちゃいました」
「気にしていない、ありがとな」
先輩は穏やかに笑みを湛えながら、そう言った。
……今の私に、お礼を言われる資格なんてないのに。
葉咲先輩から告白を受けて悩む必要なんて、優児先輩には本来ない。
私との関係がなければ、恋人になるにしても、告白を断るにしても、もっと気軽に葉咲先輩と接していられたはず。
私が甘えて、『ニセモノの恋人関係』をお願いしているせいで、不要な罪悪感を先輩に抱かせている。
そんなことは理解できているのに……そんなの、絶対嫌だって思った。
そんなつもりでいったんじゃない。
一緒にいて欲しいから。
他の誰とも、恋人になって欲しくないから。
私のことを好きになってもらいたいから。
だから、私は。
先輩に『ニセモノの恋人』でいてもらっている。
私のこの気持ちを、優児先輩に伝えなくっちゃいけない。
……そう思った。
「あのっ、先輩!」
私は先輩に声をかける。
これ以上先輩を悩ませないためにも、本当のことを言わなくちゃ。
「ん、なんだ?」
――先輩のことが好きです、お付き合いしてください。
「わ、私……私はっ!」
懸命に声を振り絞る。
だけど……言葉が続かない。
もしも、本当のことを話したら。
葉咲先輩のように、ちゃんと告白をしないまま、自分の都合の良い関係を押し付けている私に、先輩は軽蔑するかもしれない。
そう思うと、怖くて――
「私は……先輩以外の人と、恋人になるつもりはないですから」
好きとは言えないまま、私は自分の気持ちを伝える。
「そうか。冬華もこの関係を気に入ってくれてるのが、俺は嬉しい」
先輩は照れくさそうに頬を掻きながら、そう言った。
……分かっていた。
先輩は多分、これまで人から避けられすぎていて『俺が好意を持たれるわけがない』と思い込んでいる。
だから、気持ちを伝えるなら。
葉咲先輩みたいに、もっと直接的に伝えなくっちゃいけない。
「……バカ」
私は呟いた。
隣に座る先輩の耳にも届かないくらい、小さな声で。
それは先輩に対してではなく、私自身に対する言葉。
私はこれまでずっと、ありのままの私を受け入れてもらいたかった。
『特別な兄の妹』ではなく、私自身を認めてもらいたくって、苦しんできた。
それなのに、今は。
私は、自分の本当の気持ちを晒すのが、怖くなっていた。
先輩には、良い子って思われていたい。
可愛いって、思ってもらいたい。
好きだ、って言ってもらいたい。
卑怯で臆病な私は、自分のことばっかり考えていて……嫌になる。
ちゃんと告白して自分の気持ちを伝えたあの人の方が、ずっとすごい。
私は、缶コーヒーを飲む先輩の物憂げな横顔を伺う。
先輩のことを想うと、胸が苦しくなる。切なくなる。
誰にも渡したくないって、改めてそう思う。
大好き、って思った。
ずっと一緒にいて欲しいって、心底願う。
この気持ちを正直に伝えられたら、どんなに楽になるだろう?
そう思いつつも、この関係が壊れることが、この居心地の良い関係が変化することが――私は怖くて怖くて、仕方がない。
ぐるぐると、頭の中と胸の内で、どうしようもない想いと気持ちが駆け回る。
「何か、言いたいことがあるんだよな? 何でも言ってくれ」
無言で考え込む私に、先輩は穏やかに問いかけた。
私が先輩の考えに不満を抱いたのだと、勘違いしているのかもしれない。
それも、私の曖昧な態度を見れば、仕方ないことだと思う。
……だから私は、決意して立ち上がる。
「私、決めました」
そして、先輩と目を合わせてから――告げる。
「私に先輩を惚れさせます!」
「……は? 何言ってんだ冬華?」
ポカンとした表情で、先輩は言った。
……そうなるのも仕方ないと思う。
だってこんな宣言、私にだって意味わかんないし。
でも、それでも。
この恋心を自覚している私に、何も言わないままなんて、出来なかった。
「さっき言ったばかりじゃないですか! 『私は先輩以外の人と恋人になるつもりはない』って!」
「ああ、言ったな。……それが?」
「私が健全な学校生活を送るためには、優児先輩という恋人の存在は必要不可欠です!」
「俺みたいな嫌われ者が恋人なら、男避けにはもってこいだろうしな」
自嘲したように、先輩は言った。
ちゃんと伝えられない私が悪いのは分かっているけど……。
そんな勘違いをして欲しくはなかった。
自分が誰かから好意を持たれるわけがないと、思ってもらいたくなかった。
だって優児先輩は私にとって。
優しくて、頼りになって……世界一カッコいい、大好きな人なんだから。
「だから、葉咲先輩になんて渡したくないんです! ずっと私の恋人でいてもらいたいんです!」
こんな言葉では、本当の私の気持ちが伝わらないことは分かっている。
前振りのせいで間違いなく勘違いしたと思う。
「――だから、自分に惚れさせたら問題なく、学校生活を送れる。そういうことか?」
呆れたような表情で、先輩は言った。
私は、頷く。
すると、それを見た先輩が、
「まぁ、お手柔らかに頼む」
優しく笑いながら、そう言った。
そんな先輩に、私はぴしゃりと指をさす。
「いいえ、手加減なんてしませんから! ガンガン積極的に行きますので!」
今はこんな風に、誤魔化してしか気持ちを伝えられないけど。
絶対、先輩に自分の気持ちをまっすぐに伝えられるようになりますから。
「だから――覚悟していてくださいね、先輩っ!」
だから――それまでの間。
私以外の誰のものにもならないでくださいね、先輩?
祈るような思いを込めて、私は大好きな先輩に、そう宣言したのだった。
【世界一】とにかく可愛い超巨乳美少女JK郷家愛花24歳【可愛い】です!
今回のお話で、第二章完結です(∩´∀`)∩
皆さんの応援のおかげです(/・ω・)/
応援してくれるみんなー! ありがとっ(∀`*ゞ)ヘヘ
それでは、第三章も楽しんでくれると、とっても嬉しいのです(n*´ω`*n)






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