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6、恋人

「ダメ……ですか?」


 切なそうに瞳を潤ませてから、か細い声で彼女は尋ねてくる。

 庇護欲をかきたてるその表情、声音、震える肩に、くらりときそうになる。


 だが、短絡的な返事をするべきではない。


 友人キャラの俺がモテるわけがないのだ。


 ならば、どんな理由があって、俺に告白をしたのか?

 ……一つ、思い当たることがあった。


「なんで、俺なんだ?」


「強面だけど、物静かで、だけどユーモアもあって。それに、兄からいっつも『優児は良い奴だ、頼りになる』って聞かされていたので。……なんだか、良いなって思ったんです」


 俺の問いかけに、恥じらうように彼女は答えた。


 ……これだ。

 どこまで本心かは分からないが、池春馬が信頼している俺だからこそ、彼女は告白してきたのだろう。


 なるほど。つまり彼女の目的はずばり……。


『ニセの恋人を作って、だーい好きなお兄ちゃんを嫉妬させてやるんだからっ!』


 これはかの有名ラノベの妹キャラも実践した、効果的な手法だ。

 やはり、こいつはとてもわかりやすい妹キャラだ。


 素直になれない、だけど気持ちには気づいてほしい、構ってほしい。

 我らが主人公、池春馬。やはり妹キャラは既に攻略済みだったか……。

 まぁ、完璧主人公池の唯一の欠点として鈍感系な側面もあるので、気づかないんだろうなぁ。

 葉咲がいくらアピールしても、あいつは何も気づかないのだし。


「……それじゃ、今度は本音を聞かせてもらっても良いか?」


 俺の言葉に、彼女は一瞬笑顔を硬直させた。

 それはおそらく、建前とは別に本音があるという、図星を突かれたためだろう。

 そして、すぐに取り繕うように、再び完璧な笑顔を浮かべた。


「……酷いじゃないですか、せんぱーい? 恋する乙女の告白に対する答えがそれなんて、私今とっても傷ついちゃいましたよー?」


 弱々しい笑みを浮かべつつ、彼女はそう告げた。


「そういうのはいい。……分かってるから」


 お前が兄に対して恋心を持っていることくらいお見通しだ、とまでは続けなかったが。

 

 俺の言葉を聞いた彼女は、浮かべていた笑みを消し、冷たい無表情へ変わる。



「……ふーん、そうですか。残念、折角いい気分のまま協力をしてもらおうと思ってたのに、意外と鋭いんですね」



 伊達に主人公の友人キャラをやってはいない。

 周囲の人間関係から、その人間の心理を読むのも、造作ない。


「めんどくさいんですよね、誰かと付き合ったり、告られたりするのって」


 はぁ、とため息を吐いてから、忌々しそうに呟く彼女。


「私、高校に入学して三日で、すでに8人から告白されているんです。それも、私の内面なんて、知らないような人たちばかりから。どう思います?」


「たいそうモテるんだなぁ、としか。……あ、もしかして自慢だったか?」


 そんなに告白されるなんて羨ましい。

 俺なんて、三日どころかこの一年で好意を持って話しかけてきてくれたのは池と、大目に見て真桐先生の二人だけなのだ。

 格差がすごい。

 

 しかし、彼女は。

 はぁ~、とあからさまにでかいため息を吐いてから、うんざりしたように告げる。


「性格を知らないまま見た目だけで近寄ってくるような連中に告白されても、なんも嬉しくないんですよ。てか、迷惑だし……うっぜ―んですよ!」


 ……先ほどまでの元気で明るく可愛らしいキャラから一転。

 荒っぽく、吐き捨てるように言った。


 彼女のその憤りを、俺はなんとなく分かるような気がした。


「だから、先輩に告白して、『ニセ恋人』として利用しようと思ったんです。人相悪くて評判悪い先輩の彼女ってことにしとけば、この学校の男は誰も寄り付かないでしょうし」


 開き直って、嗜虐的な笑みを浮かべつつ彼女は言葉を続ける。

 

「それに、あのクソ兄貴・・・・が『良い奴』って言ってたんで、酷いことはされないかなって思ったんですよねー。実際に話してみたら、怖いのは顔だけでしたし」


 彼女の話を聞いて、思う。

 なるほど、今のが外向きに用意された本音というわけだ。

 しかし、俺の予想ではこれもまた本音を隠すための建前。


「さて、ここまで白状したところで。先輩? 大人しく私と『ニセ恋人』になってくれませんか? というか、なってくれなきゃ、先輩に酷いことされたって噂を流しちゃいますよ?」


「脅しのつもりか?」


「そう受け取ってもらって、構わないですよ。悪評だらけの先輩の言葉なんて誰も耳を貸しませんし、もしかしたらその噂がもとで退学になっちゃうかもですけど、そんなの嫌ですよね?」


 上目遣いに可愛らしい表情を作りつつ、猫なで声で俺に向かって問いかける。

 彼女はきっと、俺が言いなりになることを確信しているのだろう。

 ……しかし。


「思ったよりバカなんだな、お前って」


 俺は鼻で笑ってから答えた。


「……はい?」


「俺の評判はこれ以上ないくらい悪いんだ。決定的な証拠がない噂が一つ二つ増えたところで、退学にはならない。よって、その脅しに意味はない」


「……あ」


 彼女の表情は、ここにきて初めて焦りを浮かべた。

 本当に気づいてなかったようだ、意外と抜けているところがあるんだな。


「それに。誰も耳を貸さない? それもないな。少なくとも、池だけは、俺のことを信じてくれるはずだ」


 そう、いつも正しいあいつが、妹の言うことだろうと悪意ある嘘に惑わされることは、絶対にない。

 池が俺を信じてくれるなら、俺は他の誰にどう思われても大丈夫だ。


 俺の言葉に、ムキになって反論が来るかと思いきや、目の前の彼女は、悔しそうに歯を食いしばり、俯きながら足元に視線を落とすだけだった。


 そんな、寂しそうな彼女の姿を目にして、俺は告げた。


「だとしても。お前の恋人になってやっても、良いぞ」


 俺に何ができるかはわからない。人とまともにコミュニケーションなんて、取ることも難しい。

 それでも俺は、クソったれだった人生をマシなものにしてくれた池に、恩を返したい。

 妹に避けられて、あいつがこのままで良いと思っているはずがない。

 だったら、どうにかして俺が池とこいつを仲直りさせてやりたい、そう思う。


 それがこいつの本当の願いに近づけるかどうかは……また別の話だが。


 俺の言葉を聞いた彼女は、信じられないと言った風に目を見開いた。


「え? ……良いんですか?」


「ああ」


 俺は彼女と目を合わせながら、深く頷いてから答える。


「……もしかして、逆に脅して、私に変なことをするつもりですか? さっきも言いましたけど、先輩の言葉に影響力なんて皆無なんで、そんな期待をしても意味はないですよ?」


「期待なんかしていない、安心しろ。俺はただの『ニセ恋人』だ」


「……なんでですか? なんで、私の本音を聞いてもそんなことが言えるんですか?」


 不安そうな表情で俺に伺う。

 まぁ、その疑問も当然か。


『池と仲直りをさせてやりたい』


 そう言っても、きっと嫌がられるだろう。


 だから俺は……少し恥ずかしいけど。

 もう一つの理由を答えることにする。


「後輩に頼みごとをされたのは、これが初めてだからな」


 俺が答えると、唖然とした表情を浮かべられた。


「……はい?」


 池とか、妹だとか、そういうこと全く関係なく。

 ただ個人的に頼られたのが嬉しかっただけなんて。

 やはり、恥ずかしい。

 こんなバカみたいな理由、言わない方が良かったかもしれない。


「……バカじゃないんですか、先輩?」


 胡乱気な眼差しを俺に向けながら、彼女は言った。


「気が合うな。俺も今、自分が馬鹿なんじゃないかって思っていたところだ」


 俺が答えると……


「……ふふっ、なんですか、それ。あはっ、おかしいですよ、それ! やっぱり先輩は、面白い人ですねー!」


 と。

 今度こそ屈託なく、彼女は笑みを浮かべた。


 俺は彼女の笑顔に相対したまま、毅然とした表情で告げることにした。


「それじゃ、これから俺とお前は『ニセの』恋人同士だ。……よろしく頼むぞ」


「こちらこそよろしくです、先輩っ! ……ただ、お前って呼ぶのはやめてくれませんか?」


 俺の言葉に、彼女はムスッとした表情を浮かべた。


「……それじゃ、池さん?」


「却下です。まったく恋人同士っぽくないし、先輩に兄貴と同じ呼ばれ方をされるのは勘弁してほしいですし」


 胸の前で腕でバッテンを作った彼女。

 俺は、それじゃあなんて呼ぼうかと思案して……。


「冬華」


「え?」


 見ると、彼女が少し恥ずかしそうに、頬を朱色に染めていた。


「ニセとはいえ、恋人なんですよ? 名前で呼ぶのが自然だと思います。だから、私のことはこれからは……」


 一度、彼女はそこで言葉を区切った。

 少しだけ迷うようなそぶりを見せてから、悪戯っぽい微笑みを浮かべて、言う。



「冬華って、呼んでください。……良いですね?」



「……分かったよ、冬華」


 俺が冬華と呼ぶと、彼女はほっとした表情を浮かべた。

 



 ――こうして、俺と冬華は、『ニセモノ』の恋人になったのだ。


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