24、返事
彼女は俺に告白をした後、無言のままこちらを見つめてくる。
俺は何か答えようと思うものの、突然の告白に混乱し、何も答えられない。
そんな俺の様子を見た葉咲は、
「急にこんなこと言われても困るよね、ごめん。……だけど、私は本気でゆう君が好き。恋人がいても諦められないくらい、大好き」
真っすぐに俺を見つめながら、そう言った。
その言葉を聞いて、狼狽えつつも俺は葉咲に問いかける。
「葉咲は池のことが好きだと思っていたから、衝撃的すぎて……」
「信じられない?」
「信じられないっていうか……」
言葉の途中だったが、葉咲は俺の唇に、人差し指を添えて口を封じた。
突然のことに動揺する、何も話せなくなった俺の頬に――。
葉咲はちゅ、と自らのやわらかな唇を押し当てた。
柔らかな唇の感触が頬に伝わる。
制汗剤交じりの葉咲の匂いが、鼻腔をくすぐった。
キスを終え、しばし動けなくなる俺に、上目遣いで葉咲は言う。
「これで信じてくれなかったら、今度は唇にキスしちゃうからね?」
俺は彼女の言葉に、首肯して応じた。
「ここまでされたら、信じられないわけないだろ。……失礼なことを聞いたな、すまん」
顔が熱かった。好きと伝えられ、頬にキスまでされてしまった。彼女の気持ちは、しっかりと伝えわった。
謝罪をすると、葉咲はハッとした表情を浮かべてから顔を真っ赤にして、俺の胸元に額を押し付けてきた。
「良いよ、気にしないで。突然のことだから、きっと驚かせちゃったよね」
「……今度は何してるんだ?」
「……今絶対、私の顔真っ赤だから。見られたくない」
俺と同じように、彼女も滅茶苦茶恥ずかしかったようだ。
そんなに恥ずかしいのなら、無理に頬とはいえキスなんてしない方が良かったのではないだろうか、と思ってしまう。
「というか、葉咲ってこんなキャラだったんだな」
俺はいまだ熱を持った頬に触れながら、そう言った。
まさか彼女がいると思っている男に、急にキスをするほど情熱的だったとは、思ってもいなかった。
「自分でも、びっくりしたかな。……なんて言うか、ここまで来たら、開き直りかな。なるようになれって感じだよ」
俺の胸元から額を離して、葉咲は言った。
だが、まだ恥ずかしいようで、俺に顔を見られないように片手で横顔を隠している。
その仕草が何だか可愛らしかった。
こんな可愛い女子が、一体何を思って俺なんかに告白をしたのか。
気になった俺は、思わず問いかけていた。
「その、いつから俺のことを……?」
俺の言葉を聞いた葉咲は、顔を背けることをやめて、真直ぐに俺を見てくる。
そして、俺の顔に手を伸ばし、目元の傷にそっと触れる葉咲。
目元の傷を指先で、慈しむように優しく撫でてから、彼女は言う。
「私を庇って、ゆう君が傷ついたあの時から。私はずっと、あなたが好き」
「……そうか」
あの時は確かに、俺の人生でもピークと言えるほどカッコいいことをしていたかもしれない。
それにしても、そんなに昔から、俺のことを好きでいてくれたのか。
そう思ってから、気が付いた。
「……悪かった。きっと俺はこれまで無意識に、葉咲を傷つけていたんだな」
思えば、葉咲の前で冬華の話をするたび、彼女はどこか辛そうな、寂しそうな表情を浮かべていた。
それは、俺の無神経さが彼女を傷つけていたに違いない。
「別に、ゆう君のせいじゃないよ。私が自分の気持ちも伝えられなかったのがいけないんだから。……でもね?」
再び、彼女は決意をしたように俺に向かって告げる。
「こうして告白したんだから、真剣に答えを考えて欲しいです」
彼女の言葉に、俺は頷く。
……こんな風にまっすぐに想いを告げてくれる人に、不誠実なことはしたくない。
俺は葉咲に対する自分の気持ちと……冬華のことを考えた。
この告白を受けたら、冬華はどう思うか。
俺の考えが正解であれば……きっと、喜んでくれる。
以前、彼女が俺に伝えた言葉。
『先輩が、この『ニセモノの恋人関係』を嫌になるまで。私とこの関係を続けてください』
これは、今にして思えば『俺に好きな人ができた時は遠慮するな』と、冬華は伝えたかったんだと思う。
それをまっすぐに伝えられるほど、冬華は素直な性格をしてはいない。しかし、彼女の優しさを知っている俺は、この考えに間違いはないのだろうと思った。
だから俺に彼女ができたら。
俺と朝倉が友達になったときと同じように、冬華は喜んで祝福してくれるのだろう。
そう考えれば、ことあるごとに『女子を口説くな』『他の女子と二人きりはダメ』というようなことを言っていたのも、彼女なりの『振り』だったのかもしれない。
それなら、後は俺の気持ちだ。
俺は、『ナツオ』のことを、今でも大切な友人だと思っている。
その正体が『葉咲夏奈』という女の子だと分かった今でもだ。
出来たら俺は、彼女と昔みたいに仲良く成りたいと、そう思う。
だが――。
「好きだと言ってもらえて、俺はすごく嬉しかった。ありがとう、葉咲」
俺の言葉を聞いて、表情を明るくした葉咲に、俺は続けて言う。
「――だけど、悪い。葉咲とは付き合えない」
俺の答えは、決まっていた。
こんな俺のことを好きになってくれた葉咲に、俺ははぐらかすことなく、真直ぐに答えた。
傷つけることになるだろうが、それも覚悟して。
「……冬華ちゃんとゆう君の仲を見ていたから、分かり切っていたけど。やっぱり振られちゃうのは、キツイな」
辛そうな表情を浮かべて、肩を落とす葉咲。
俺はなんと声をかけるべきか迷ったが、彼女は続けて問いかけてきた。
「ねぇ、どうしてダメだったのか、理由を聞いても良いかな?」
葉咲の告白を断った理由。
それは、二つあった。
「俺は、これまで葉咲を恋愛対象として見たことがなかった。友人として大切なのは間違いないが、それが恋愛感情かというと……違う。こんな気持ちのまま葉咲と付き合うのは、失礼だと思った。だから、葉咲とは付き合えない」
それと、もう一つ。
たとえニセモノの恋人関係だったとしても、俺は冬華との関係を気に入っている。
多分俺は、そう簡単にこの関係を壊すようなことは、しない。
俺の言葉に、葉咲は目を丸くしていた。
「そっか。……てっきり、一言『冬華の方が大切』って言われるかと思ったんだけど。その言い方だと、なんだか隙がありそうな言い方だね」
「隙、か」
もしも俺が冬華との関係を終わらせてでも、葉咲と付き合いたいと思っていれば、この告白を承諾していただろう。
そう考えれば、確かに隙だらけに違いない。
それでも俺は葉咲の告白を断り、冬華とのニセモノの恋人関係を大切にしたいと選択した。
きっと俺は、このことを後悔はしないだろう。
葉咲は俺を見てから、ゆっくりと息を吐いた。
それから、真直ぐに俺へ向かって言う。
「ゆう君……ううん、優児君。それならせめて――改めて。私とお友達から始めてくれませんか?」
晴れ晴れとした表情を浮かべる葉咲。
偽りのない本心を伝えてくれた彼女に、俺も応える。
「ああ、もちろんだ。よろしくな、葉咲」
俺は握手を求めて、葉咲に右手を差し出した。
しかし彼女は、ニコっとした笑顔を浮かべたまま、俺の差し出した手を一瞥もしない。
……どうしたというんだろうか?
「夏奈って呼んで?」
「は?」
「私のことは夏奈って呼んでよ、優児君。お友達だったら、名前呼びくらい不思議じゃないよね?」
なるほど、不思議ではない。
俺としても、こうして告白までしてくれた彼女のことを、これまでのように葉咲と呼ぶより、かつてのようにナツオと呼ぶより。
呼び名を改めた方が良い気がした。
「それじゃ、改めて。よろしくな、夏奈」
「うん、よろしくね。優児君」
俺が彼女を夏奈と呼ぶと、満足そうに微笑んでから握手に応じてくれた。
「……それと、もう一つ言いたいことがあるんだけどね?」
俺の手を握ったまま、彼女は続けて言う。
「これから、覚悟しててね!」
そう宣言した夏奈。
一体なんのことなのだろうか?
彼女の言葉に、俺は素直に問いかける。
「なんのことだ?」
夏奈は蠱惑的な笑みを浮かべて、ただ一言だけ答えた。
「まだ、ナイショ! 冬華ちゃんと一緒にいるとき、ちゃんと教えるね!」
 






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