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23、告白

 俺の呟きに、葉咲は動揺した。

 そして困ったような、あるいは苦しそうな表情を浮かべてから、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、何も言わないまま、彼女は走った。


「……は?」


 俺は葉咲の行動に戸惑う。

 何故、何も言わないまま逃げ出したのか。

 言い間違いであれば、そう言うはずだ。

 それをしないということは、本当に……。


 考えても仕方ない。

 俺は立ち上がり、葉咲が置き去りにしたラケットバッグを担いで、彼女の後を追うことにした。





 葉咲は普段から鍛えているだけあって、やはり足が速い。

 俺も全力で彼女の後を追う。


 チラチラと何度も後ろから追いかける俺を確認しながら走る葉咲。その顔には、どこか怯えがあった。

 順調に距離は近づき、もうすぐ追いつく……そんな時。


「な、何やってるんだ君ぃ!?」


「葉咲のストーカーか!?」


「とにかく、ここで止まれっ!」


 俺の行く手を阻むジャージ姿のおっさんたちが現れた。

 見た目的に、テニススクールのコーチや、学校の先生とかだろうか。

 彼らは、どうやら俺を葉咲のストーカーか何かだと思ったらしい。

 

 確かに、怯えた表情で俺から逃げる葉咲の姿を端から見たら、そんな風に誤解するのもおかしくはない。


 しかし、このままみすみす葉咲を見逃すことは出来ない。


「俺はあいつの友達っす!」


 それだけ言って、通ろうとするのだが……。


「ええい、そんな嘘を信じられるか!」


「そんな恐ろしい形相で言われて、信じられるか!」


 そう言って、おっさんたちは俺に怯えながらも、葉咲の元には向かわせまいと決死の表情を浮かべた。


 ……やりにくっ。

 このおっさんたちは邪魔だが、葉咲がヤバい奴に絡まれていると思って、助けに入っているのだ。

 責任感と正義感のある、良い大人だ。


 そんな人たちを無理矢理押しのけてこの先を進むのは……難しい。


 くそ、面倒な、と内心毒づくと。


「……そ、その人は! 私の友達ですっ!」


 助けてくれたのは、この状況を見かねた葉咲だった。


 葉咲のその言葉に、狼狽えるおっさんたち。

 俺と葉咲を交互に見ている。


「本当です。ちょっと悪ふざけをしていて……お騒がせしました」


 頭を下げて葉咲が言うと、おっさんたちは互いの顔を見合わせてから、


「それならいいんだけど……」


 と、気まずそうに言ってから、俺たちから離れていった。

 彼らの背を見送ってから、俺は葉咲に向かって言った。


「悪い、助かった」


 すると葉咲は、申し訳なさそうに肩を竦めてから答える。


「私が逃げたのが悪いんだし、謝らないでよ……」


 彼女の言葉に、俺は「それもそうだな」と返答する。

 葉咲は「うう」と呟き、視線を俯かせた。


「……ていうか、友木君足早いね。私も結構足の速さには自信があったんだけど、まさかテニスバッグのハンデつきで、追いつかれるとは思わなかったよー」


 と、白々しく言った彼女に、俺は言う。


「ナツオ」


 俺の声に反応して、びくりと肩を跳ねさせ表情を強張らせた葉咲。

 こんな反応を見せられたら、流石に理解する。


「そうか。やっぱり葉咲が……ナツオだったんだな」


 俺の初めての友人であるナツオと葉咲が同一人物であることを、俺はもう疑っていなかった。


 整った顔立ち、栗色の髪の毛。

 そして――涙を堪える情けないその表情に、ナツオの面影が重なった。

 ああ、確かにこいつはナツオだったんだな、と。俺は心中で納得していた。


 俺の言葉に、葉咲は潤んだ瞳を伏せてから、もじもじとスコートの裾を握る。

 それから、一度深呼吸をしてから、ゆっくりと顔を上げ、俺と視線を合わせた。


「……ごめんなさい。もう、逃げないから。ちゃんと話すから。落ち着いて話せるところに、移動しよ?」


 俺は葉咲の言葉に頷く。

 そして、彼女の案内に従って、移動をした。



 テニスコートから少し離れ、近くには主な運動場もないそこは、確かに落ち着いて話せそうだった。

 俺と葉咲は空いていたベンチに並んで腰かける。


 そして、少しの間を置いてから、葉咲が俺の目を覗き込みながら告げた。


「改めまして、僕がナツオだよ。……久しぶりだね、ゆう君」


 穏やかに笑みを浮かべる葉咲。

 久しぶり、と言った彼女の表情は、どこか寂しそうだった。


「そうだな。久しぶり、ナツオ」


 俺はそう返事をした。

 すると、


「……あの、やっぱり普段通り葉咲って呼んでもらってもいいかな? なんだかくすぐったいというか、恥ずかしいというか。私も、ナツオモードはもうやめるので」


「そうだな。俺も、葉咲にナツオって呼ぶのは、少し違和感がある」


 俺の言葉に、葉咲は頷いた。

 そして……それから、会話がなくなった。

 俺も葉咲も、何を話せばいいのか分からないからだ。 


「……聞かないの?」


 すると、不安そうに葉咲が俺に問いかけた。


「何をだ?」


「……色々」


 自嘲を浮かべて、葉咲は告げた。


「色々、か。何から聞けばいいんだろうな。……俺、かなり混乱しているからな」


 男だと思っていたナツオが、実は女で。

 しかも、同じクラスの葉咲夏奈だった。

 正直に言って……意味が分からない。

 

 ……だけど。

 こうしてナツオと再会できたことは、やはり嬉しかった。


「全然見えないよ?」


「感情を表に出すのは、苦手だからな」


 俺の答えに、葉咲は柔らかく笑った。


「そっか。……私はね、ずっと言わなくっちゃって思っていたことがあるんだよ?」


 俺はその言葉に、葉咲の方を見る。

 彼女は心苦しそうな表情を浮かべてから、口を開いた。


「ごめんね、私のせいで、ゆう君が皆に怖がられて避けられていたのに。私はゆう君に、声を掛けられなかった。助けてあげられなかった……本当に、ごめんね」


 頭を下げる葉咲。

 表情は見えないが、彼女の華奢な肩と声は震えていた。

 

「私のせいで、って。この傷のことを言っているのか?」


 俺の言葉に、葉咲は小さく頷いた。

 それを見て、俺は思わず「はぁ」と、ため息を吐いてしまう。


「え?」


 焦ったように顔を上げ、葉咲がこちらを見てきた。


「この傷がなくても、そもそも俺は目つきが悪いし、事件も起こしてしまったし。怖がられて避けられたに決まっているだろ。……葉咲が俺に声をかけられなかったのも、なんとなくは分かるしな」


 理由は分からないが、男として友達になった相手に、実は女の子でしたと告白をするのは、勇気のいることだろう。

 言えなかったことも、彼女の気持ちを考えれば仕方がないと思った。


「でも……」


 俺の言葉に、納得していないように呟く葉咲。

 彼女は言葉を続けようとしていたが、俺はそれを待たずに口を開いた。


「確かに俺も、この傷のせいで人相が悪くなったって思うことはあった。だけど、あの時から変わらずこの傷は、友人を守れたって言う証で……俺の誇りなんだよ」


 葉咲が俺に視線を向ける。

 お互いの視線が真直ぐにぶつかり合う。

 瞳には涙が溜まっているようだった。

 あれから数年経った今も、泣き虫なのは相変わらずだ。


「だからもう、謝らないでくれ」


 俺は、葉咲に向かってそう言った。

 彼女の顔は、夕焼けに照らされて真っ赤に染まっていた。

 コクリ、と一つ頷いてから。


「やっぱり、私は……」


 彼女は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

 しかし、続く言葉はなかった。

 一体何が、『やっぱり』だったのか、それは分からなかった。


 ……しかし、これでいろいろと合点がいった。

 ときおり俺と話す時に葉咲が見せていた、寂しそうな表情。


 もしかしたら葉咲は、ナツオに気が付けなかったことを寂しく感じていたのかもしれない。

 言われてみれば、面影はあるというのに……葉咲には、寂しい思いをさせてしまった。


 そんな風にこれまでのことを思い返していると、


「ねぇ、気づいていた? 私ね……ゆう君には嘘を吐いてばっかりだったんだよ」


 葉咲が、真剣な表情を浮かべてそう言った。

 

「そうだったのか?」


 ゆっくりと頷いてから、彼女は語り始めた。


「一番最初に男の子だって嘘を吐いたし。小6の夏は約束を破って会いに行かなかったし。……ついこの間も体育館裏で、ゆう君と友達になりたいって嘘を吐いた」


「は!? 友達になりたいってあれ嘘だったのか? ……って、ああ。もう友達なのにそんなことを言ったから、『嘘』ということか」


 手紙で呼び出されたあの日のことを思い起こしながらそう言った俺に、葉咲は穏やかな表情を浮かべてから首を振った。


「ううん、違うよ。……これから言うことは、嘘じゃないんだけどね」


 そう前置きをしてから、彼女は続けて言った。












「私、本当はゆう君の友達じゃなくって、恋人になりたかったんだよ?」














「は?」






 流石に今のは聞き間違いか何かだろう。

 そう思い、俺は彼女に何を言ったのか聞き返そうと思ったのだが……。



 切なげに俺を見つめる葉咲を見て、言葉を続けられなかった。


 

「誰よりも優しくて、強くて。……私が困ったときにはそばにいてくれるあなたのことが、好きです。……大好きです」











 

 見惚れるほど綺麗で――。

 だけど、どこか儚げな笑みを浮かべた彼女は告げた。

















「私を、ゆう君の彼女にしてください」



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