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きっかけ

 それから、憂鬱だった夏休みの祖父母の家に行くのが、私は楽しみになった。


 3年生、4年生と学年が上がっても、私たちは約束の通りに再会し、そして二人で楽しい夏を過ごした。


 親戚の集まりに顔を出すのはほんの少しだけ。

 なのに他の家族は数日しか泊まらないおばあちゃん家に、私だけは一人で2週間くらい泊まる年もあった。


 相変わらず、他の子たちとは仲良くなれなかったけど、そんなことどうでもいいくらい、私はゆう君と遊んで、仲良くなった。



 そのころには、一緒にいる時間は短くても、ゆう君のことを春馬や冬華ちゃんと同じくらい大切な友達だと思うようになっていた。


 

 そして……この気持ちが変わるきっかけとなる事件が、小学校5年生の夏休みに起こった。





 いつものように、私は待ち合わせ場所の公園で、ゆう君を待っていた。

 その日は、たまたまいつもよりゆう君が来るのが遅かった。


 一人でいる私に、珍しく声をかけてくる男の子たちがいた。

 

「お前ら、いっつもよそ者同士で一緒にいるけど、本当は別に仲良くないんだろ?」


 ニタニタと嫌な笑顔を浮かべながらそう言ったのは、ゆう君と私が初め出会った時にもいた、あの体格の良い男の子だった。


 小学校高学年になり、彼はあの時よりもずっと大きな体つきになっていた。


「仲間外れ同士で、好きでもないやつと一緒にいるだけなんだろ」


「寂しい奴らだな」


 私は、その男の子たちの言葉を無視した。

 何のつもりでそんなことを言ってくるのか分からなかったし、聞いてもイライラするだけだったから。


「なんだよ、お前! 無視するなよ!」


 一人の男の子が、私に向かって怒鳴った。

 びっくりしたけど、私は無言のままキッと睨みつけた。


「生意気な奴だな……。だけど、実はお前に良い話があるんだ」


 体格の良い男の子が、意地の悪い顔を浮かべて、私に向かって続けて言う。


「あの目つきの悪いあいつに、『お前なんかともう遊ばない!』って言って殴れば、お前も俺たちの仲間にしてやる!」


 楽しそうに笑うその男の子。

 言っている意味が分からなくって、私は怪訝な表情を浮かべることしかできなかった。


「お前、あいつに仲良くしろって脅されているんだろ? 乱暴者なのは、あいつの顔を見れば分かる」


「昔は喧嘩が強くてビビっていたけど、もうあんな奴を怖がる必要なんてない!」


「お前があいつを殴ったら、仲間にしてやる。そしたら、俺たちがお前を守ってやるよ」


 このころのゆう君は、まだ体は今みたいに大きく無くて、平均的な身長だった。

 一方、体格の良い男の子は、大人と比べてもほとんど身長が変わらなくなっていた。

 きっと、今なら勝てると考えて、昔の復讐をしようとしたのだろう。


「昔はケンカで負けたけど、今なら勝てる。あんな友達のいない乱暴者なんて、この町にはいらないんだ! おまえもそう思うだろ」


 そう言って、乱暴に肩を掴まれる。

 私は、何も知らないままに勝手にゆう君のことを悪く言うその子に対して、強烈な怒りを抱いた。


 私は肩に置かれた手を振り払ってから、勢いよくその子を突き飛ばしてから、言う。


「ゆう君の悪口を言うな!」


 押されて、バランスを崩してたたらを踏む体格のいい男の子。

 自分が何をされ、何を言われたのか分からないというような表情を浮かべる。

 もしかしたら、本当に私は脅されているからゆう君と仲良くしているだけなんだと、そう思い込んでいたのかもしれない。


「やりやがったな!」


 少しの間をおいて、自分が何をされているのか理解した男の子が、顔を真っ赤にして、怒った。


「きゃっ!」


 彼は力強く私の髪の毛を掴む。

 痛くて、私は思わず素の反応をしてしまった。


「きゃっ! だってよ!」


「やっぱりこいつ、オカマだ!」


「うぇ、気持ち悪っ!」


 そう言って、私をバカにして笑う男の子たち。


「ぼ、ボクはオカマじゃない!」


 そう言うと、男の子たちはニヤニヤと笑う。


「うっそだー! 絶対お前はオカマだ!」


「ていうか、本当にチンチ〇ついてんのか?」


「おい、それなら確認してみようぜ!」


 悪戯っぽく、バカにしたように笑う男の子の言葉に、私は凍り付いた。


「俺とアツシでこいつの手を掴むから、カイトがこいつのズボンとパンツを脱がせろ」


「うえっー、なんでこいつのちんち〇を近くで見なくちゃいけないんだよ、ふってぃがやれよー」


 ふってぃと呼ばれた体格の良い男の子が、取り巻きの二人に命令する。

 それを拒絶するカイトと呼ばれた男の子。


「いいからやれよ!」


「うわー、ばっちぃなぁ」


 私は二人に羽交い絞めされて、目の前には嫌そうな顔をするカイト。

 

 抵抗できない私は、これから自分が何をされるのかを想像して、すごく怖くなった。

 いやだった、そんなことされたくなかった。

 強がっていることもできずに、私は涙を流してしまう。


「うう、やめて、そんなことしないでよ」


 私が泣くのが楽しかったのか、男の子たちは馬鹿にしたように笑い声をあげた。


「おい、このおかま泣いてるぞ!」


「うわー、泣き虫で弱虫とか、ダサいだな」


 カイトが私のズボンに手をかけようとした。

 その時私は、思わず泣き叫んだ。


「助けて、ゆうくーん!」


 そんな都合よく助けが現れるはずがない。

 そう思っていた。

 だけど……。


「何してやがる! 俺の親友をいじめてんじゃねぇ!」


 私の叫びに呼応するように、ゆう君がその場に突如現れた!

 そして、叫んだ後にカイトをグーで殴った。


「うぎゃぁ」と短く悲鳴を上げてから、倒れるカイト。


 他の二人は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに状況を把握した。


「カイト! 大丈夫か!?」


「出やがったな、よそ者が! ぶっ飛ばしてやる!」


 アツシと呼ばれた男の子は、私から手を離して、吹っ飛ばされたカイトに駆け寄る。

 ふってぃという体格の良い男の子は、ゆう君へと突進した。


「うがー!」と叫ぶふってぃに、ゆう君は正面から受けて立つ。

 勢いよく繰り出された拳を軽々とかいくぐり、


「俺の親友をいじめやがって、手加減しないからなっ!」


 そう叫んで、拳をふってぃの顔面に叩き込んだ。


 ふってぃは、「ぎゃー、痛いー」と泣き叫んでから、そのまま仰向けに倒れこんだ。


 カイトを助け起こし、そして泣き叫ぶふってぃの手を取って立ち上がらせたアツシが、


「くそ、覚えてろよー」


 と言ってから、その場から逃げ出して行った。

 ゆう君が到着してから、あっという間の出来事だった。


 尻尾を巻いて逃げた彼らの方を見もせずに、


「ナツオ、泣いているとせっかくのイケメンが台無しだぞ」


 と、ゆう君は私に笑みを浮かべながら告げる。

 それに答えようとして、でも上手く言葉が出なくて。

 

「な、泣いてないし」


 と意地を張って涙を拭うのに必死だった。

 優しい眼差しをゆう君は私に向けてから、疑問を感じたのか、


「……それにしても、絡まれるなんて珍しいな」


 そう呟いた。


「あいつらが、ゆう君の悪口を言ったから。悪口を言うなって、ボクが歯向かったんだ」


 そう伝えると、ゆう君は嬉しそうに笑ってから、


「そうなのか。ありがとな」


 と言った。


「でも、ナツオは泣き虫で弱いんだから、無茶するなよ」


 そして、私に向かってそう続けた。


「無茶でも、友達が馬鹿にされたら、怒るもん」


 私がそう言うと、ゆう君は目を細めて笑った。


「あいつら、今度会ったらまたぶん殴って、もう二度とナツオをいじめないように言ってやるからな」


 ゆう君は、さっき逃げて行った男の子たちの方を振り返ってから、そう言った、

 頼もしい言葉だった。カッコいいと思った。

 ありがとう、ゆう君に向かってそう言おうとしたけど、それは出来なかった。


「うわ、危ないナツオ!」


 ゆう君がそう言ってから、急に私を庇うように抱きしめたからだ。

 いきなり抱きしめられて、私は頭が真っ白になった。

 ただ、ゆう君の身体の熱さだけが、印象に残っている。


 そんな私の耳に、ゴツッ、という鈍い音と、「うわ、やべー、逃げろ!」というアツシの声が届いた。

 何の音? 何がヤバいの?

 そう思った私の足元に、何か赤い液体が零れ落ちたのが分かった。

 ……それは、『血』だった。


「え?」


 顔を上げると、ゆう君が目の下を血だらけにしていた。

 近くには、血が付いた石も落ちていた。


 きっと、アツシがこの石を投げたんだ。

 そして、私にぶつかりそうだったところをゆう君が庇ってくれたんだ。


 そうわかって、私は血の気が引いた。

 

「ゆう君、大丈夫!? 病院、病院に行かなくっちゃ!」


「いてて、そうだな、ちょっと病院に行ってくる。でも、心配するなよ、大丈夫だから、そんなに痛くないからな!」


 涙を浮かべておろおろする私に、ゆう君は安心させるような笑顔を浮かべて応えた。

 きっととっても痛いはずなのに。

 安心させなくちゃいけないのは、私のはずなのに。


 彼に助けられてばかりの私は、自分がとても情けなくなった。



 だけど、何も出来ないのだとしても。

 この優しい友達を一人にしないために、私は病院まで付き添った。



 それから、会えない日が続いた。

 私みたいな情けない奴に、愛想をつかしたのかな?

 そんな悲しいことを思うようになっていたころに、


「抜糸するまで外に出るなって爺ちゃんに言われてて。ごめんな、ナツオ」


 目の下に縫い傷が出来たゆう君と、私は再会することができた。

 嫌われていなかったことにホッとしつつ、私のせいでできた傷跡に申し訳なさを覚えた。


「ボクを庇ったせいで、ゆう君を傷つけた。……ごめんね」


 私の言葉に、ゆう君はニヤリと笑ってから、胸を張って答える。


「この傷は、俺が友達を守ったって言う証拠だから、俺は気に入っているんだ! だから、ナツオは気にするな!」


「でも……」


「それに、ナツオみたいなイケメンに傷があったら、将来できる彼女がかわいそうだろ?」


 にかっと微笑むゆう君。

 彼の笑顔を見て、私はどうしてか胸がずきりと苦しくなった。

 申し訳ないって思うだけじゃなくって、他の感情も渦巻いている。


 これが、どういう感情なのか。

 まだ幼い私には、すぐには理解できなかった。


「どうした?」


 私の顔を覗き込みながら、ゆう君が尋ねる。

 だけど、私もなんで胸が苦しいのか、締め付けられるのか。

 この時は、その理由が分からなかった。

 だから、あいまいに笑って、


「ううん、大丈夫だよ。……ていうかボクに、彼女なんて出来るわけがないじゃん」


 だって私、これでも女の子だから。

 ……そう続けることは、出来なかったけど。

 



 そして、その夏は、怪我で会えなかった日々の分も、精一杯に遊んだ。


 ゆう君と一緒にいると、すごく楽しくて、嬉しくて、優しい気持ちになって。

 だけどそのたびに、胸が締め付けられて、苦しくなった。

 一体私はどうしちゃったんだろう?


 最初の内はそう思っていたけれど――。


 その年の彼との別れの日に、私は自分の気持ちを自覚した。


 いつも通り、精一杯遊び、日も暮れ始めたころ。


「今日も楽しかった! いつもありがとな、ナツオ! またしばらく会えなくなるけど、また来年の夏休み、この場所で会おうなっ!」


 ゆう君は嬉しそうに笑い顔を浮かべて言った。

 

 そう、明日から来年まで、しばらく会えなくなってしまう。

 それがすっごく寂しくなった。

 ……ううん、寂しくなるのはいつも通り。

 でも、今までは帰れば春馬や冬華ちゃんと遊べる、そう思っていた。


 だけど、今回は違った。

 胸がギュッと締め付けられて、しばらく会えなくなるってことが、とてもショックで、苦しくて。


 どうしてだろうと思いつつ、笑顔を浮かべる彼の顔を見た。  

 私を守ってくれた証である目じりの傷。

 すごく申し訳ないんだけど、私はそれを見て、カッコいいと思った。

 すごく、嬉しいと思った。


 そして、抱きしめられたあの状況を思い出し、頭が沸騰しそうになって――。


 彼に対する感情と、春馬や冬華ちゃんに対して持つ気持ちというのが、全くの別物だと。

 私はようやく気が付いた。



「どうした?」


 心配そうに私の顔を覗き込んできたゆう君と、バッチリと目が合った。


 自分の気持ちに気が付けば、これまでと同じように振舞うことなどできなかった。


「な、なんでもないからっ! それじゃ、また来年ね!」


 顔が熱かった。

 真っ赤になっているのを自覚し、慌てて顔を背ける。


 ゆう君がかっこよすぎて、真正面から目を合わせることなんて、出来なくなっていた。


 ゆう君は私の態度に不思議そうに首を傾げていたけど、あまり深く考えることはしなかった。


「おう、またなっ!」


 様子のおかしな私に向かって、ゆう君は快活な笑顔を浮かべて、手を振った。




 そうして、私たちはまた次の年の夏休みに再会することを約束し、それぞれのお家に帰ったのだった。





 結論から言うと、その約束は果たされなかった。


 ――私は、大好きな彼に、会いに行くことができなかった。


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