20、ダサい
不機嫌そうな表情から一転、冬華は驚いたように言う。
「……あれ!? てか、先輩いつから見ていたんですか?」
「いつからって、さっきの二人に『池を紹介してくれ』って言われたあたりだから……大体2,3分前からだ。それまでのことは、知らない」
「そうだったんですね、びっくりしたじゃないですか!」
俺の答えに非難染みた言葉を放つ冬華。
「何にびっくりしたんだ?」
「私が不愉快になったのは、別に兄貴の話のせいじゃなくて、その前のお話のせいだったんですよ。てっきりその話を聞かれたかと思って……びっくりしたんです!」
「そうだったのか?」
俺の問いかけに、冬華は照れくさそうに頷いてから言った。
「他の人たちが私のことを『池春馬の妹』として見ていても、先輩が私のことをちゃんと『池冬華』として見てくれているので。別にもう、そんなつまらないことでは怒ったりしませんよ」
そう言ってから、冬華は俺真直ぐに見てきた。
「そうか」
俺なんかの言葉で、これまで感じていた悩みが解決したのなら。
とても嬉しいことだと思った。
「ん? それじゃ、冬華は何に腹を立てていたんだ?」
俺が問いかけると。
「……え? そこ先輩聞いちゃいます?」
引き気味に冬華は言った。
「言いたくないなら聞かない」
俺の言葉を聞いた冬華は、ゆっくりと首を横に振った。
それから、口を開く。
「あのポニーテールの方が、多分次で葉咲先輩と試合になるみたいなんですけど。それで言ってきたんです。『天才って嫌だよねー、こっちがどんなに努力したって、追いつけないんだから。卑怯じゃん、そんなの。冬華ちゃんも、そう思うよね?』って」
その女子からすれば、軽い世間話程度の認識だったのかもしれない。
だけど冬華にとってその言葉は。
才能を持って、努力を重ね、それでも認められることがなかった冬華にとって、到底許すことのできるものではない。
「才能云々じゃなくって。ファッション感覚でスポーツやってる人が、真剣に全てを捧げて打ち込んでいる人に勝てるわけがないって、なんで気が付かないんですかね。それで陰口言って敗北者同士で傷の舐めあいとか……マジでダサい」
忌々しそうに、冬華はその言葉を吐き捨てた。
それから、力なく笑みを浮かべて呟く。
「……って言うと、性格悪いって思われちゃいますかね?」
俺は冬華の言葉に、無言のまま頷く。
少しだけ落ち込んだように瞼を伏せ、それを誤魔化すように頬を指で掻いた冬華。
「確かに性格は良くないんだろうとは思うが。冬華のそういうところ、俺は結構好きだけどな」
俺が言うと、冬華は俺を見てくる。
視線がぶつかり、彼女の瞳の奥に驚愕が浮かんだ。
それから、安心したように、どこか照れたように、彼女は呟いた。
「ま、また先輩はそうやってすぐ私を口説こうとするんですから。しょうがない先輩ですっ」
冬華はからかうようにそう言った。
「でも、私も。あの二人のことを……そんなに悪く言う資格はないんですよね」
冬華は、今度は気まずそうにそう言った。
「どういうことだ?」
「前にも少し話したんですけど、葉咲先輩と距離を置くきっかけとなったこと。……それが、結構マジでみっともないんですよねー」
冬華の続く言葉を待つ。
「……葉咲先輩に、劣等感持ってるんですよ。これ、できたら笑わないで聞いてもらいたいんですけどね?」
彼女はこちらを伺い、不安気に尋ねる。
「……座って話すか」
立ちっぱなしで話すことでもなさそうだ。
ちょうど空いているベンチがあったため、俺と冬華は並んで腰かけた。
冬華は、ややあって口を開いた。
「私、小学校3年生から5年生の間、テニスをしていたんですよ。もちろん、兄がテニスをしていたから、私も負けたくないって思って、それで始めたわけですが」
指先をもじもじといじりながら、冬華は続ける。
「テニスはそれなりに向いてもいたみたいですし、私自身努力も重ねました。その結果私は、テニスを始めて一年くらいで色んな大会で結果を残し始めていたんですよ。もっと頑張って、『池冬華』としての私をみんなに認めさせてやる、そう思っていた時に……葉咲先輩がテニスを始めたんです」
遠い目をしながら語る冬華。
その日のことを、思い出しているのだろう。
「最初、葉咲先輩は本当に……笑っちゃうくらい下手くそでした。そのころはまだ私たちの仲は良好だったので、教えてあげることも多かったんです。葉咲先輩自身も、それはもう一生懸命にテニスに打ち込んで、どんどん上達していきました。それを見て、私も負けられない、そう思って練習をしていったんです」
俯いた視線。
固く拳を握りこんだ冬華。
「……そして、葉咲先輩の小学生最後の大会。これまで、私は葉咲先輩に試合で一度も負けたことがなかったんですけど、その日私は彼女に……初めて負けたんです。……1ゲームも取れないまま。ショックでした、私よりも後に始めたのに、私よりも下手くそだったくせに。……あっという間に私を追い越してしまったことが。すごく、すごく悔しかったんです」
声を固くしつつも、続ける。
「でも……葉咲先輩はテニスが好きで、どこまでも一生懸命で、ひたむきに努力を重ねてきて。……だから、私は負けちゃったのはしょうがないって、思っちゃったんです。もっと頑張って、次は負けないとは思えずに……早々に負けを認めちゃったんです」
冬華の浮かべる表情には、窺い知れぬ感情が映っているように思えた。
「それから、私はどうしても葉咲先輩と顔を合わせづらくなって、避ける様になって、逃げ続けて……今に至るわけです。どうですか、先輩? 私、超ダサくないですか?」
自嘲を浮かべる冬華に、
「思っていたよりも、ダサいな」
と、俺は言った。
「……あはー。そうですよね、ダサいですよねー」
フォローされるとは冬華も思っていなかっただろうが、それでも俺の言葉がストレートすぎたためか、彼女は目尻に涙をためて視線を俯かせた。
華奢な冬華の姿が、こうして俯いているとより一層儚げに見えた。
「……でも、こうして葉咲の応援に来たってことは。もう、逃げるつもりはないんだろ?」
俺の問いかけに、彼女は顔を上げる。
そして、真直ぐに俺の目を見据えた後、一度大きく頷いた。
「そう、ですね。……葉咲先輩に逃げるなって言っておいて、私だけ逃げ続けるのは、ダサすぎですし」
葉咲に逃げるなっていうのは、どういうことなのだろうか?
それは、二人の間の話なのだろうから、ここで聞くのも野暮か。
今は、冬華の決意を讃えたい。
「自分のダサさと向き合って、乗り越えようとするのは。絶対に、かっこ悪いことなんかじゃない」
俺はそう言ってから、冬華の頭にポンと手を乗せる。
頑張った冬華を励まそうと思っての行動だったのだが……。
「ふぇっ?」
と、戸惑いの声を漏らす冬華。
顔を真っ赤にして俺を見上げてきた。
……ヤバい、馴れ馴れしすぎたか。
俺は反省し、彼女の頭からサッと手を離してから立ち上がる。
「それじゃ、そろそろ葉咲の応援に戻るとするか」
冬華は俺が手を乗せた頭を両手で撫でてから、、
「そうですね、これ以上二人っきりでいたら……また先輩が私を口説き始めちゃいそうですし」
顔を真っ赤にした冬華は、ツンとした態度でそう言った。
やっぱりさっきの行動は冬華で、冬華の機嫌を損ねてしまったようだ。
これからは不用意なスキンシップは避けなければ。
そう思いつつ、俺は冬華と一緒に、会場に戻るのだった。






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