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19、怒り


 しばらくして、葉咲の二試合目が始まった。

 俺と池と冬華は、並んで座り、彼女の試合を観戦する。


 葉咲のサービスゲームから始まった。

 どのくらいの速度が出ているのかは知らないが、葉咲のサーブをなんとか返す対戦相手。

 チャンスボールを冷静にスマッシュし、まず先制点。


「……強いとは聞いていたけど、本当に圧倒的に強いんだな、葉咲は」


「この大会では、第一シードだからな」


「すげぇな。ちなみに、今の対戦相手はどの位の強さなんだ?」


「俺たちと同級生で、前回はベスト16だったみたいだな」


「相手も、弱いわけじゃないな」


 と話をしながら試合を観る。

 対戦相手は最初の失点については割り切ったのか、それ以降引きずることなく食らいついていた。

 だが、それでも葉咲との実力差は顕著だ。

 危なげなくラリーを制した葉咲が、まずは1ゲームを先取した。


「1ポイントも落とさなかったな」


「テニスはサーブ権がある方が有利って言われてますし、葉咲先輩は昔からサーブが得意でしたから。それでも、一度もミスをしないってのは、すごいですけど」


 解説をした冬華に、俺は感心したように言う。


「詳しいんだな」


「小学6年に上がる前まで、私もテニスやっていましたから。見たかったですか、私がスコート履いてるところ?」


 悪戯っぽく俺に問いかける冬華。


「いや、別に」


 俺が首を振って応えると、


「あーあ、折角先輩が私のスコート姿を見たいって言ったら、お披露目しようと思ってたのになー。残念でしたね、先輩は今後、誠心誠意真心を込めてお願いしない限り、私のスコート姿を見ることができなくなりましたっ!」


 と、そっぽを向いて応えた。

 誠心誠意真心を込めてお願いすれば見せてくれるのか。

 そんなことを思っていると、池が俺たちを見て、柔らかく笑った。

 

「仲良いな、二人とも」


「はぁ? 兄貴に改めて言われるまでもなく、私と優児先輩は超絶ラブラブバカップルなんですけど? ねー、優児先輩?」


 俺に同意を求める冬華に、俺は頷いた。

 すると、満足そうに笑顔を浮かべてから、俺との距離を詰めて座り直してきた。

 

 池はそれを満足そうに見て満足そうに微笑んだ。

 俺と冬華の仲が良いことを喜んでもらえるのは、照れくさいが嬉しい。

 

「それにしても、今日の夏奈は少し気負いすぎに見えるな……」


 不安そうに呟いた池は、コート上を駆ける葉咲を見ていた。

 俺も、葉咲を見る。

 真剣で必死な表情をしているのは、試合中だから気迫が籠っているのだと思っていたが、言われてみると確かに、それだけじゃないようにも見える。

 対戦相手の表情と見比べてみてもそれは明らかで、試合を有利に進めている葉咲の方が、よっぽど追い詰められているような表情をしている。


 それでも、試合は危なげなく進んでいく。

 正確なコントロールで逆サイドに鋭い打球を放った葉咲が、相手のサービスゲームをブレイクした。


「気にしすぎなら良いんだが、もしかしたら体調を崩しているのかもしれんな」


 心配そうに池が言う。


「この試合が終わったら、聞いてみるか?」


「そうだな」


 俺の言葉に、池は頷いた。

 

「あー、暑いっ! 私、飲み物買ってきます! 先輩も、何か飲みますか?」


 突然、冬華が立ち上がってそう言った。

 確かに、この暑さだと喉が渇くな。俺は言葉に甘えることにした。


「お茶でも買ってきてくれ」


「俺は用意しているから、気にするな」


「いや、初めから兄貴の分まで買ってくるつもりないんですけど?」


 池は、冬華の言葉に少ししょんぼりしていた。


「それじゃ、行ってきまーす」


 冬華はそう言ってから、応援席から出て行くのだった。



 葉咲はその後も順調に試合を進めていた。

 1ゲームのみキープされたものの、4-1のスコア。

 やっぱり、葉咲は強いなと思ったところで、


「冬華、少し遅いな」


 俺はまだ冬華が戻らないことに気づく。


「そうだな。自販機はすぐ近くにあったと思うんだが」


 池も不思議そうに言った。

 ……冬華の見た目は、抜群に良い。

 そして今日は、男子の大会も行われている。

 もしかしたら体育会系肉食男子にナンパでもされているのかもしれない。


「少し、様子を見てくる」


 そう思い、俺は立ち上がる。


「ああ、頼んだ」


 池は満足げに微笑んでから、俺に頷いた。


 席を立ち、冬華が向かったと思われる自販機の場所にまで行く。

 すると、すぐに彼女を見つけることができた。

 予想通り、冬華は絡まれていた。


「ねー、冬華ちゃん! お願い、私たち友達だったっしょ? 春馬さん、紹介してよー?」


「マジで真剣なの、あたしたち。ここで再会したのも、何かの縁だし、ね?」


 しかし、肉食系男子に絡まれているわけではなかった。

 冬華に声をかけているのは、テニスウェアを着たポニーテール女子とショートボブ女子だ。


 話を聞いていると、昔の知り合いらしいことが分かった。

 池を執拗に紹介してくれと頼み込む二人に、冬華は告げる。


「えー、でもそれって、絶対自分から声かけた方が良いってー。そっちの方が、兄貴的には絶対嬉しいと思うよー」


 後ろ姿しか見えないため顔は伺えなかったが、俺には分かる。

 冬華の固い声音から、彼女が怒っているということが。

 怒りに気づかないまま、その言葉に、二人の女子は顔を見合わせてから言った。


「いやー、冬華ちゃん、それはきついってー」


「そうそう、あんなイケメン様に声をかける勇気、あたしたちにはないよー。……でも、お近づきにはなりたい!」


「そう、だから、冬華ちゃんが頼りなのー! 今度、スイパラ奢るからっ、ね? おねがーい」


 二人は、全く引き下がるつもりはなさそうだった。

 このまま放っておいても、コミュ力抜群の冬華のことだから、上手い具合に対処するのだろう。

 だからと言って、放っておくのは可哀そうだ。


 そう思い、俺は冬華に近づく。

冬華は俺のことにまだ気が付いていないようだが、女子二人は気が付いたようだ。

近づいてくる俺の表情を見て、顔を真っ青にしていた。


「冬華、探したぞ」


 俺の言葉に、女子二人が驚愕の表情を浮かべ、びくりと肩を跳ねさせた。

 冬華はすぐに振り返り、俺の顔を見た。


「やぁん、優児先輩! 探してくれてたんですか、嬉しー♡」

 

 甘い全力の猫撫で声に、女子二人はまたしても信じられないとでも言いたげに驚く。

 それだけでなく、冬華はニコニコ笑顔を浮かべてから、俺の腕に抱き着いてきた。


「ごっめーん、二人とも。私ぃ、カレピを待たせてたから、その話はまた今度にしてくれる―?」


 冬華の言葉に、女子二人はコクコクと全力で頷いた。


「も、もちろん! そんな素敵なヤク……ヤン……激渋な彼氏とか、羨ましー」


「そ、そだねー! その……ちょっと危ない感じとかヤバ気だよねー」


 二人はそう言ってから、「それじゃ、またねー」と言い残し、俺たちの前から逃げ出した。


 二人の背中が見えなくなってから、


「先輩、助かっちゃいましたー。名前も覚えてないような昔の知り合いに絡まれて、ちょっと困ってたんですよ。もー、気まずくって仕方がなかったですから。ありがとうございまーす」


 と、上目遣いに俺を見ながら、割と容赦のないことを言った冬華。

 名前も思い出せないでいたのか……。


「役に立てたようで良かった」


「そうですね、すっごく役に立ちましたよ、先輩は! だから、ご褒美として、しばらくこのまま腕を組んであげますね♡」


 俺が言うと、冬華は上機嫌な様子で、ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言った。


「え? あんまりくっつかれると暑いし、そろそろ離れてくれないか?」


 冬華も暑いだろうし、無理をする必要はないのにな。

 そう思い俺が言うと、一転して絶望したような表情を冬華は浮かべてから、


「あ、そうですか……」


 と、落ち込んだ様子で俺から離れた。

 厚意を無碍にされたことが、ショックだったのかもしれない。

 悪いなと思いつつも、流石に暑すぎる。分かってくれ。


「……いつも思うが、冬華はキレずに結構我慢するよな」


 先ほどの冬華の様子を思い出し、俺は問いかける。

 冬華はムカつくことを言われても、我慢していることが多いように思う。

 池を紹介してくれという話も、内心かなり腹が立っていたのだろうが、それでも抑えていたのだから。


「今も結構我慢してるんですけどね、私」


 何故かドスの利いた声を放ち、俺をどんよりとした目で睨む冬華。

 

 ……だが、そうか。

 それほど引きずるくらい、先ほどの女子二人には腹を立てていたのか。


 そういうストレスを溜めこみすぎないように、俺も今後気を付けなければな。

  


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