18、俺の妹がこんなに可愛くてしおらしい
「優児先輩? 葉咲先輩のこと見すぎじゃないですか?」
冬華が目を細めて、暗い声音で言う。
「知り合いの試合を一生懸命に見てるだけだ。何も問題ないだろう?」
俺の答えを聞いた冬華は、無言でじっとこちらを見つめる。
何か不愉快になることでもあったか?
……心当たりがない。
何も言えない俺に、冬華はつまらなさそうに息を吐いてから、
「そうですねー、先輩は動くたびに揺れ動く葉咲先輩の胸とスコートを、一生懸命に見てるだけですもんねー、何も問題ないですよねー。……って、バーカ! 先輩のスケベヤンキー!!」
と、非難染みた視線を向けながら、一人で乗りツッコミをする愉快な冬華。
どこか悔しそうな表情で俺を睨みつける冬華から、コート上で試合をしている葉咲へと視線を移す。
そして、言われてみて初めて意識したのだが……。
確かに、葉咲の胸はラケットを振るたびに弾んでいた。
そして、コート内を縦横無尽に駆ける彼女のスコートは……見ていてドキッとする場面もあった。
俺はそれから視線を逸らす。
元々は葉咲のかっこよさに見惚れていただけなのだが、確かに俺は今、葉咲の胸とスコートに意識を持っていかれていた。
……恐るべし。
そう思いつつ、俺はもう一度冬華に視線を合わせる。
相変わらず、俺にジト目を向けてきていた。
「……そんな破廉恥な目で葉咲を見てはいない」
「嘘、絶対エロい目で見てたし」
冬華はそう断言してから、
「私も今日、スカート履いてきたら良かったですね、そうしたら先輩が葉咲先輩のスコートのチラリズムに惑わされて視線を奪われることなんてなかったですよね、気が利かなくてすみませんでした、スコートフェチ先輩!」
悔しそうに唇を噛みしめて、自らが履いているタイトなジーパンを掌でパンパンと叩きながら、憤った。
……なんて言えばいいんだ、これ?
返答に困った俺はしばらく無言でいたのだが……。
「俺は別に二人が仲良いのは大歓迎なんだが、一つ聞かせてくれ。……普段からそんなにイチャイチャしているのか?」
池が苦笑を浮かべつつ、俺に問いかけた。
別にイチャイチャしているわけではないが、確かに普段からこんな感じではある。
そう思い、俺は答えた。
「普段から、大体こんな感じだ」
「そうか。……なぁ、優児。俺のことは、お義兄さんと呼んでくれても構わないぞ?」
「何言ってんだ?」
ノリノリで冗談を言う池に、俺が呆れつつ言うと、
「確かに、まだ気が早かったかもな」
と、爽やかに笑う池。
気が早いも何も、俺たちは実はニセモノの恋人なんだが……と言ったら、流石に池も驚くかもしれない。
しかし、こんな冗談を聞けば、冬華は機嫌を悪くするのでは、と思って彼女を見ると。
「……クソ兄貴ウザ、セクハラじゃん、意味わかんないし」
と、顔を真っ赤にして、呟いていた。
そしてその後、一言も発さず、無言だった。
……すげぇ怒ってるじゃん、冬華。
俺は戦慄するのだが、
「俺の妹が、彼氏の前ではこんなに可愛いくてしおらしいとは、夢にも思わなかった」
と、ニコッと微笑みかけてくる池。
いや、これは照れているとかではなく、普通に怒っているだけだろう?
そう思った俺は、この完璧主人公の鈍感さに、思わず絶句するのだった。
そんな話をしていると、唐突に観衆がワッと沸いた。
それから俺たちは、コートへと視線を向けた。
「お、夏奈の試合が終わったみたいだな」
池の言葉を聞いてから、得点に目を向ける。
ストレートの勝利、1ゲームも落とさない圧倒的な勝利だったようだ。
「最後のサービスエース、すごかったねー」
「あのコースと速さはえぐ過ぎじゃない?」
先ほど聞こえた歓声は、葉咲がサービスエースを決めたためか。
その場面を見逃してしまったことが、悔やまれる。
対戦相手と挨拶をして、コートから出てきた葉咲。
彼女はタオルで汗をぬぐいつつも、疲れた表情は一切見せない。
俺たちはそんな葉咲に近づいて、声をかける。
「夏奈、お疲れ……というほどは疲れていないか」
その声に、葉咲は振り返る。
「あ、春馬。そんなことないよー、やっぱりどんな試合でも、精神的に疲れ……友木君、来てくれてたんだ!」
池の言葉に応える途中、目が合った葉咲。
どこか驚いた表情を浮かべ、彼女は俺に声をかけた。
「よう」
「……私もいるんですけどー?」
自分が眼中になかったことが不愉快だったのか、冬華の表情は硬かった。
「あ、冬華ちゃんも来てくれてる、ありがと!」
笑顔を浮かべて手を振る葉咲。
どーも、と小声で答える冬華。
その態度に、少しだけ寂しそうに笑った葉咲に、俺は近寄ってから言う。
「さっきの試合、凄かった。かなり強いんだな、葉咲って」
「う、うん。ありがと……」
俺が詰めた距離の分をぐっと離した葉咲。
……至近距離でこの強面は辛いよな、ごめんな。命の危険を感じて一歩後ずさるのも仕方ないよな。
「ごめん、友木君。私今汗臭いと思うから……その、ちょっと離れてくれないと、恥ずかしいかなー、って」
そんな風に傷つく俺に、葉咲は気遣うように言った。
そう言った時の彼女の頬は赤く染まり、本当に恥ずかしそうだった。
俺の顔が怖いわけではないのだと、信じてみても良いかもしれない。
「そうか、すまない。気が付かなかった。でも、あんなに動いていれば、汗くらいかくよな。……そうだ。テニスをしている時の葉咲は、かっこよかった」
精神が回復した俺は、試合を観た感想を伝える。
「え、ホント? やだ、何かうれしーな」
テヘヘ、とはにかんで笑う葉咲に、
「……まぁ、先輩は葉咲先輩のぶるんぶるんに揺れる胸と、ひらひらのスコートに目が釘付けになっていただけなんですけどね」
冷たい声音で、冬華が言った。
なんてこと言いやがる、この野郎……。
そう思っていると、葉咲が「ふえぇっ!?」と呻いてから、急いで自分の腕で胸元を隠し、もう片方の手でスコートの裾を抑えた。
「……友木君、冬華ちゃんみたいな可愛い彼女がいるのに――そんなに、私に興味あるの?」
そして、怯えたように顔を赤くし、身体を震わせた葉咲。
そんなことはない、と答えようとして……。
「そんなわけないじゃないですか! 先輩は私にしか興味ありませんからっ!」
葉咲の言葉を慌てた様子で否定し、力強い口調で断言した冬華。
「そ、そうだよね……あぁ、もう。びっくりしちゃったじゃん」
乾いた笑いを浮かべてから、ホッとしたように息を吐いた。
「あ、それじゃ私ちょっとストレッチしてくるから、また後でね!」
思い出したように葉咲は言った。
それから、くるりとターンして、走り去ろうとした。
俺はその彼女の背中に、一言声をかける。
「次の試合も、応援してる」
俺の言葉に、葉咲は足を止めて振り返り、答える。
「うん。……応援してもらえると、すごく嬉しい。私、頑張るね」
それから、彼女は覚悟の滲んだ凛々しい表情を浮かべて、頷いた。
その表情を見て。
何かに打ち込む姿って、やっぱカッコいいなと、俺は改めて思った。






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