14、勉強会(中)
絶望する朝倉は放っておいて、俺は葉咲を見る。
彼女の何とも言えぬ表情を見て、俺は思いいたる。
……ここまで、葉咲と冬華の仲直りに全く協力をしていない。
仲直りの協力をする、と俺は言ったのだ。
ならばここで、流れを変えなくては。
そう思い、俺は一呼吸置いてから、話題を変えた。
「友達同士で勉強会というのも、楽しいもんだな」
ここから、勉強会だけでなくこのメンバーで休日に遊びに行く予定を立てることが出来たら、女子二人の距離はぐっと縮まるのではないか?
そう思い、俺はこの言葉を告げたのだ。
……しかし。
俺の考えはどうやら甘かったようだ。
俺の言葉に、周囲の空気が固まる。
そして、全員が優しい視線を俺に向けてきた。
「また明日も、勉強会しようか」
池は俺に微笑みを向けながらそう言った。
「私も、一緒に勉強するの、楽しいですよ」
冬華も優しい眼差しを向けてくる。
「もっと早く誘っていれば良かったな」
鼻の頭をこすりながら、照れくさそうに朝倉は言った。
「テニスばっかりで、私も放課後にみんなで勉強会をした経験があんまりなかったけど、楽しいね」
葉咲も同意を示しつつ、柔らかく笑った。
そして俺は……いたたまれなくなった。
なんだよこの空気、みんな良い奴かよ……。
泣かせるつもりかよ……。
そんなつもりはなかったのに、気を遣わせてしまったようで、俺は戸惑った。
「お、おう」
困惑しつつ、そう呟いた俺に、朝倉が問いかけてくる。
「そういえば、友木にとって、池が初めての友達になるのか?」
「あ、それ私も気になりますー」
朝倉の言葉に、冬華も同意を示した。
俺は首を横に振って、旧友の話を始める。
「いや、小学生の時に、一人だけ友人って言えるような奴がいた」
「その話は、初めて聞くな」
池が、興味深そうに反応をした。
「俺は中1まで、夏休み中は田舎の爺さんの家にずっと預けられていた。そこで、同じように田舎に預けられていた奴がいて、よそ者同士で仲良くしてた。そいつが、俺の初めての友達の……名前は、『ナツオ』」
俺がその名前を呼ぶと、ガタリ、と物音がした。
その音のした方を見ると、葉咲が飲み物のグラスを倒していた。
幸い、中身は飲み切っていたようで、机が水浸しになるようなことはなかった。
「うぉ、大丈夫か? これ使えよ」
朝倉はそう言って、葉咲にすばやく紙ナプキンを手渡した。
「う、うん。ありがと、ちょっとぼーっとしてたかも」
と、あいまいに笑う葉咲はそれを受け取って、散らばった氷を拾い集めた。
そんな葉咲に、なぜか池と冬華は不審な眼差しを向けていた。
「……それで、そのナツオ君って、どんな子だったんですか?」
冬華は、なぜか固い口調でそう問いかけてきた。
「……弱虫で泣き虫な奴だった。だけど、勇気のある、優しい奴だった」
俺はナツオの勇ましくも優しい姿を思い出しながら、そう言葉にした。
「そのナツオが、どんな見た目だったかは覚えているか?」
俺が思い出すように言うと、池がそう問いかける。
「ああ。めちゃくちゃ顔が綺麗な、中性……女の子に間違われるくらいだった。あと、栗色の綺麗なショートカットだったな。……今頃、すげぇイケメンになってるんだろうな」
俺が言っている途中、ガチャガチャと物音がした。
見てみると、葉咲が大慌てで筆記具とノートをしまっているところだった。
「ご、ごめんみんな! 私そういえば今日、スクールの友達に自主練に付き合ってもらう約束してたの! 忘れてましたー!」
そう言ってから立ち上がり、葉咲は財布から小銭を取り出してテーブルの上に置いてから、
「今日は、お先に失礼するね!」
そう言ってから、葉咲は俺たちに軽く敬礼をしてから、急いで出口へと向かって行った。
すぐに彼女は自動ドアをくぐり、その姿は見えなくなってしまった。
「急にどうしたんだ、葉咲の奴?」
「さぁ、何だったんだろうな?」
俺と朝倉は、いなくなった葉咲の席を眺めながら、二人で話した。
「ナツオ……」
「やっぱ、そだよね?」
「……多分、な」
そして、池と冬華は、どこか深刻そうな表情で二人で頷きあっていた。
どうしたのだろうか、と思ったものの、俺は一つの可能性に思い至った。
「もしかして、二人はナツオのことを知っているのか?」
その様子が気になり、俺は問いかける。
訳知り顔に頷いた二人の表情をみて、もしやと俺は思った。
もしも二人が知っているのなら、ぜひ教えて欲しい。
既に数年あっていないが、それでも俺にとってあいつは友人だ。
今どこで何をしているのか、とても気になる。
「ナツオ、は……」
冬華はどこか躊躇うように口を開いたが、
「悪い優児。これは、俺たちから言うことじゃない。……そうだろ、冬華?」
池が、冬華の言葉を遮った。
「……うん、そうかも。というわけで、ごめんなさい先輩、私たちからは何も言えません」
「そうか。二人がそう言うのなら、無理には聞かないようにする。だけど、もしも二人がナツオの今を知っているなら、一つ聞かせてくれるか?」
俺の問いかけに、二人はゆっくりと頷いた。
それを見てから、俺は口を開く。
「ナツオは、元気にしてるのか?」
俺の言葉に、池と冬華は顔を見合わせてから……おかしそうに笑った。
「ちょっと身構えましたが……なんていうか、先輩らしい質問ですね」
「そうだな。なんだか、緊張していたが、肩の力が抜けたぞ。……安心しろ、多分優児の知っているナツオは、元気にやっている」
どこかほっとした様子で、池はそう言った。
「俺は良く分かっていないんだけど。また、ナツオと会えると良いな」
ナツオを知らない朝倉までもがそう言って、俺に向かって笑いかけた。
「そうか。それなら安心した」
俺は彼らにそう言った。
そんな会話を終えてから、一時間ほど。
どこか弛緩した空気の中、俺たちの勉強会はいったん終了した。
「よし、結構捗った。なぁ、良かったらまた明日も勉強会をしないか?」
「あんまり人をあてにするな、と言いたいところだが。折角朝倉がやる気になっているんだ。もちろん、付き合うぞ」
朝倉の言葉に、池は苦笑しつつそう返した。
やはり、なんだかんだで面倒見の良いやつだ。
「朝倉先輩、明日も私参加しても大丈夫ですよね?」
「当たり前だろ! 可愛い女子は、大歓迎! ただし……今度こそイチャイチャ禁止!」
真剣な表情でこちらを睨む朝倉。
こっちを見るな……。
「はーい、それじゃ優児先輩? イチャイチャするのは、朝倉先輩のいないところでしましょうねっ♡」
冬華が俺に向かって微笑みかける。
朝倉は怨念の篭った目を俺に向けてきた。
「……ほどほどにな」
冬華のからかいに、玉虫色の返答をしてから、この日の勉強会はお開きになった。
☆
そして、翌日の放課後。
俺は、昨日と同じファミレスで、勉強会を行った。
ほとんど同じメンバーで、代り映えはしなかった。
ただ一人、葉咲が不参加であることを除いて……。






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