12、放課後
葉咲と友人となってから、妙な噂は少し流れたものの、それ以外は特に何事もなく一週間が過ぎた。
そして、週明けの月曜日、放課後。
今日からは来週のテストに向けて、部活動や委員会などの活動の停止期間となる。
……俺は元々そういった活動はないため、あまり関係はないのだが。
そう思いつつ、座席で帰り支度をしていると、普段はすぐに部活動に向かう朝倉が、池と一緒に声をかけてきた。
「なぁ、友木。良かったら放課後、ファミレスで勉強しないか? とりあえず、池先生はこの通り確保しているぞ」
そう言って、朝倉は隣にいる池の肩を叩く。
紹介を受けた池は、苦笑を浮かべつつ朝倉に向かって言う。
「部活に打ち込むのも良いが、朝倉は勉強が疎かになりがちなのが玉に瑕だな」
「バレーは俺の青春だからな。別に成績上位を狙っているわけではないし、一夜漬けでも赤点を回避できればそれで良い!」
どこか誇らしげに言う朝倉に、
「胸を張って言うことではないぞ」
と、呆れたように、池は言った。
そんな二人のやり取りを見ていた俺は……。
「俺も、一緒に行って良いのか?」
そう問いかけると、二人は不思議そうに顔を合わせた。
「当たり前だろ? だから、こうして誘っているんだよ」
朝倉は、当然のように言った。
……まさか声をかけてもらえるとは思っていなかった。
驚くと同時に、すごく嬉しい気持ちになった。
「……もちろん。俺も、参加させてくれ」
と答える。
二人は快活に笑い、頷いた。
「え~、何々、今から勉強!?」
そこに、一人の女子が声をかけてきた。
「これからみんなで勉強? それなら、私も今日オフだから、一緒に行っても良いかな??」
人懐っこい笑顔を浮かべながらそう言ったのは、葉咲だった。
その言葉を聞いて、朝倉はわかりやすく笑顔になった。
「葉咲も一緒に来るか! 野郎三人で勉強会をやっても、むさ苦しいだけだから大歓迎!」
「良いんじゃないか?」
池も答えた。
俺も、葉咲が参加することに異議はない。
ゆっくりと頷き、同意を示した。
「やった、よろしくね!」
葉咲が俺たちに向かって笑いかける。
「それじゃ、駅前のファミレスにでも行くか」
と、朝倉が提案した直後……。
「優児先輩! 一緒に帰りましょー!」
と、俺は声をかけられた。
その声の主は、もちろん冬華だ。
彼女の顔を見て、俺は思い出す。
……そういえばこの前、冬華と勉強会をする約束をしていたな。
あの後、全く話を進めていなかったため、失念していた。
「悪い冬華。今からこのメンバーでファミレスにでも行って、テスト勉強でもしようかって話になったんだ」
俺がそう言うと、冬華は驚いたような表情を浮かべた。
それから、池、朝倉、葉咲を見て、最後に俺と視線を合わせた。
「このメンバーでですか? ……私も一緒に参加して良いですか?」
冬華は、それから朝倉にも視線を向けた。
『私に断りもなく、勉強会とかありえないんですけど? ていうか、私との勉強会はどうするつもりなんですか?』
くらいは言われると思っていたので、肩透かしな反応だった。
「もちろん、可愛い女の子は大歓迎! ただし、イチャイチャ禁止だから! ……これマジで」
切実な表情で、朝倉は言った。
「イチャイチャ禁止でも、一緒にいられるだけで私たちは幸せなんで、それで良いですよね? 優児先輩♡」
俺の隣で、楽しそうに笑顔を浮かべた冬華。
わざとらしいくらいに恋人関係をアピールしてくるな。
それを見て、悔し気に俺を見る朝倉。
俺の肩を力強く叩いた池。
そして、葉咲はどこか寂しそうな笑みを俺たちに向けた。
葉咲と冬華はまだ仲直りができていない。
だから彼女は今こうして、暗い表情を浮かべているのだろう。
今回の勉強会で、少しでも二人の仲が改善されたら良いなと思いつつ、俺たちは揃って教室を出たのだった。
☆
池と朝倉、葉咲が並んで歩き、少し間を空けて俺と冬華が後をついて、駅前のファミレスに向かっている。
機嫌が良さそうな冬華に、俺は告げる。
「意外だった」
「……何がですか?」
俺の言葉に、彼女は上目遣いをして、返答した。
「冬華との勉強会の予定を立てない内に、朝倉の誘いに乗ったから、機嫌を悪くされるんじゃないかって思ってな」
「なんですか、それ? 自意識過剰じゃないですかー、先輩?」
にやけ笑いを浮かべながら、冬華は言う。
「……以前、俺が池と放課後に予定を入れたら、怒っていたのは誰だった?」
俺は呆れつつ問いかける。
「アニキとのことで、意地になることはもうないですから。……先輩のおかげで」
少し照れくさそうにそう言ってから、彼女は続ける。
「それに。先輩にお友達ができるのは。……良いことですから」
穏やかで優し気な笑顔を、冬華は俺に向けた。
わがままで、口も悪くて、生意気で。
……だけど、冬華は優しくて良い子だなと、その柔らかな眼差しを受けて、俺は思った。
「ありがとな」
俺は、優しい言葉をかけてくれた冬華に、素直にお礼を言った。
彼女ははにかんだ笑顔を浮かべた後、ハッとした表情を浮かべてから慌てて告げる。
「あ、ただ勘違いしないでくださいよ? 先輩が女の子と二人きりになるようなことがあれば、私はダメって言いますから! それが原因で、この関係を他の生徒たちに疑われたりしたら、たまったものじゃないので!」
「安心しろ。俺が冬華以外の女子と二人っきりになる機会なんて、そうそう訪れない」
「どうですかねー」
と、ジィーっと葉咲の背中を見る冬華。
そうか、葉咲とはすでに友人関係なので、今後二人になる場面もあるかもしれないな。
だが……。
「葉咲と俺が噂になるってのはないだろ。池と葉咲の仲は、周知の事実だからな」
「優児先輩と葉咲先輩の変な噂は、既に流れているじゃないですか」
「あんなアホな噂は、別に気にしなくてもいいだろ……」
俺が言うと、冬華は俯き、
「そうかもですけど、それでも気になっちゃうんだし……」
と、いじけたように言った。
……そりゃ、良い気はしないだろうな。
そう思い、何フォローの言葉を考えていたのだが。
「……まぁ、そのマイナスイメージの分は、周囲の生徒にイチャイチャを見せつけることで、プラマイゼロにすれば良いってことですかね?」
「……ほどほどにな」
ポジティブな冬華の言葉に、俺は苦笑しつつ応える。
「え、と。……それでですね、やっぱり二人きりの勉強会もした方が良いと思うんですよ。そっちの方が、恋人っぽいですし」
もじもじとした様子の冬華。
それから視線を合わさずに、俯いたまま続ける。
「だから、今週の土日は、ちゃんと空けておいてくれなきゃ……嫌ですよ?」
彼女はあざとく俺の服の裾を掴みながら、可愛らしい声でそう言った。
「そうだな。分かった、空けておく」
俺が答えると、彼女は満足そうに頷き、それから僅かに頬を朱に染め、華やかな笑顔を浮かべた。
「はい、楽しみにしていますっ!」






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