11、指導
とある日の休み時間。
トイレから教室に戻ろうとしていたところ、真桐先生と会った。
真桐先生は俺の顔を見るなり、
「友木君、丁度良かったわ」
と、声をかけてきた。
「なんすか?」
真桐先生の言葉に、俺は立ち止まって返答する。
彼女は落ち着いた様子で、
「放課後、話があるの。生徒指導室に来てもらっても良いかしら?」
と言った。
「はぁ、良いっすけど」
俺が答えると、真桐先生は涼し気な顔のまま、口を開く。
「そう。それなら、放課後生徒指導室で待っているわ」
そう言って、先生は再び歩き始めた。
俺は教室に戻ってから、冬華に連絡をする。
『放課後、真桐先生に呼び出された』
休み時間も残りわずかだというのに、冬華から即連絡が返ってくる。
『何したんですか?』
『何もしていないつもりだ』
彼女のメッセージに、俺も即座に応答する。
『ま、真桐先生なら大丈夫ですよねー』
とメッセージがきた後、ニヤリとした笑い顔を浮かべるムカつくキャラクターのスタンプが送られてきた。
冬華も、ずいぶんと真桐先生を信頼するようになったな。
『それじゃ、放課後は終わったら連絡ください、待ってますねー♡』
というメッセージが、すぐに届いた。
それを見て、俺は温かな気持ちになる。
『悪いな。ありがとう』
その一言を、俺は返信するのだった。
☆
そして、放課後。
俺は生徒指導室の前にやってきていた。
扉をノックすると、「どうぞ」という声が返ってくる。
俺はそれから扉を開いて、中に入る。
「失礼します」
生徒指導室に入ると、椅子に腰かけている真桐先生が、柔らかな笑みを浮かべる。
「待っていたわ。放課後に呼び出して、ごめんなさいね。どうぞ、かけて」
「良いっすよ、暇なんで」
そう言ってから、俺にも着席を促した。
俺はパイプ椅子を引いて、それに腰かけた。
「早速、本題に入るけど」
雑談もなしに、真桐先生はそう言った。
真直ぐに視線が向けられて、俺は思わず背筋が伸びた。
「……葉咲さんとあなたの関係について、教えてもらえるかしら?」
固い声音。
それに、俺はすぐに答える。
「葉咲とは、友人っす」
俺が言うと、真桐先生は少しだけ躊躇うようなそぶりをしてから、言った。
「それは……その。ふしだらな友人関係、というわけではないわね?」
ふしだらな友人関係?
なんだそれ。
よくわからなかったが、俺と葉咲は、普通……といえる範囲の友人のはずだ。
彼女が冬華と仲直りをしようと、俺を利用していることを除けば、間違いない。
「もちろんっす。どうしたんですか?」
「……いえ。その……友木君を疑っているわけではないの。ただ、あなたが……葉咲さんと懇ろな関係に、なったという噂を耳にしたから。一応、確認をしようと思って」
俺はその言葉を聞いて、唖然とした。
……懇ろて。
そんな言葉使う人、中々いないだろ。
そう思いつつ、俺は真桐先生に問いかける。
「それで。噂の火種が何なのか、確認をしておこうと思ったわけっすね」
顔を赤くしたままの真桐先生は、ゆっくりと頷いた。
それから、こほん、と咳ばらいを一つしてから、普段通りの凛々しい表情を浮かべた。
「そう。友木君が池さんとのニセモノの恋人関係を続けたまま、裏で葉咲さんとふしだらな関係になっているとしたら、私は教師としてあなたを指導しなくちゃと思っていたのだけど……」
ふぅ、と大きく息を吐いてから、
「でも、噂は噂ね。友木君がそんな不誠実なことを、するわけがなかったわね」
と、安心したように続けた。
……きっと、その噂は教師の間でも話題になっていたのだろう。
そして、真桐先生は心配をして、話を聞いてくれた。
誤解だと分かれば、きっと真桐先生は俺には見えないところで、力になってくれる。
「最近、葉咲とは友人になったんすよ。……そういえば、俺とあいつの話を聞いて、周りの連中が誤解をしている節があったっすね」
俺が葉咲に無理矢理乱暴した、とかいう話だ。
あれが、噂の発端になっているのかもしれない。バカバカしいが、十分考えられる。
俺がそう分析していると、真桐先生は目を細めて、穏やかに笑みを浮かべる。
「そう。葉咲さんと友達になったのね。それは良いことだわ」
暖かな声音に、俺はなんだか気恥ずかしくなった。
「池さんと葉咲さんは、二人とも綺麗だから。もしかしたら、彼女たちに好意を抱く誰かが、あなたに嫉妬をして、変な噂を流したのかもしれないわね」
冗談めかして、真桐先生は言った。
「……ありえますね」
俺も、苦笑して返答した。
「それじゃ、話は聞けたことだし、もう良いわ。……冬華さんを、待たせているのでしょう?」
「そうっすけど……なんで、分かったんすか?」
俺の問いかけに、真桐先生はクスリと笑ってから、生徒指導室の窓から外を見た。
そこからは、校門が見える。
俺も先生の視線の先を見た。
そこには、校門の前でスマホを弄りながら立っている冬華の姿があった。
「なるほど」
俺は納得した。
あれを見て、先生は冬華が俺のことを待っているんだと察したのだ。
「それじゃ、俺は帰ります」
一言告げて、俺は立ち上がる。
そして生徒指導室を出ようとするのだが……。
「あ、友木君。少し、待ちなさい」
「はい?」
そう言われて、俺は立ち止まり、振り返った。
先生は立ち上がって、俺の近くに歩み寄る。
気づけば、目と鼻の先に、真桐先生の顔があった。
俺は驚き、一歩後ずさるのだが、先生はすぐに距離を詰める。
何事だ!?
そう焦る俺に、先生は手を伸ばしてきた。
そのまま、真桐先生の手は俺の頭頂部にまで伸びる。
先生は、小柄ではないが、それでも俺とはそれなりに身長差があるため、背伸びをしていた。
本当に、何をしているんだろう?
そう思っていると、
「きゃっ!」
と、短く悲鳴を上げる真桐先生。
少しバランスを崩したみたいで、俺の肩に伸ばしていない方の手を置いた。
それから、不意に視線がぶつかった。
もう少しバランスが崩れれば、触れてしまいそうなほどの至近距離に、先生の顔があった。
……ここのところ、冬華という超美少女と行動することが多くなり、女子との関わりには結構な免疫ができていた俺なのだが。
それでも、真桐先生のような綺麗な大人の女性に、ここまで接近をされてしまうと……どうしても、照れくさくなってしまう。
俺は無言で視線を逸らす。
すると、真桐先生は俺の肩に置いていた手を離してから、言う。
「ごめんなさい。……髪の毛に、埃がついていたわ。とっておいたから」
「……うす」
俺は視線を逸らしつつ応える。
恥ずかしさから、気まずくなっていた。
真桐先生も、どこかいつもと様子が違い、僅かにだか頬を赤らめている様子だ。
「それじゃ、今度こそ帰ります」
俺は真桐先生と視線を合わせられないまま、そう言って出口へと向かった。
「ええ、さようなら。……帰り道は、気を付けて」
普段通りの、冷静で凛とした先生の声が耳に届いたが。
――俺は最後まで、先生の顔を見ることができないまま、生徒指導室を後にしたのだった。






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