10、キュウユウ
眠たくなるような授業が終わり、休み時間。
次の授業は理科実験室で行われるため、教室移動だ。
クラスメイト達は仲の良い友人と一緒に、移動をしていた。
朝倉はバレー部の仲間と、池は当番が当たっているのか、今日は一足早く教室を出ていた。
となると、俺は一人で移動するしかない。
といっても、それはいつも通りのことだった。
今から移動するとなると、、他のクラスメイト達のすぐ後をついて行くことになる。
そうすると、俺の視線に怯える級友が、駆け足になるのを見る羽目になる。それは勘弁してほしい。
だから、俺は時間を少しずらしてから動き始めようと思った。
自席で機を見計らっていた俺に、意外なことに声が掛けられた。
「次、教室移動だよ? 早くいかなくっちゃ、遅れちゃうよ?」
それは、葉咲だった。
既に、教室には俺と彼女と他数名しか残っていなかった。
普段、彼女が教室移動の際に遅くまで残るようなことはなかったと思うのだが、今日はどうしたのだろうか?
「ああ、そろそろ向かう。ところで、葉咲はなんで最後まで残っていたんだ?」
「え? 友木君と一緒に行こうと思って」
当然だと言いたげな様子で、葉咲は言った。
「……ん? どうして俺なんだ? いつも池や他の女子とか、そういった友達と行動してるだろ?」
俺が言うと、葉咲は不思議そうな表情を浮かべて言う。
「私と友木君も、友達でしょ?」
「……そうだな」
不意を突かれたその言葉に、俺は小さく頷いた。
確かに、俺と葉咲は友達になっていた。
「それじゃー、早く行こっ」
天真爛漫な笑みを浮かべて、葉咲は言う。
俺はその言葉に頷き、立ち上がってから彼女と共に教室を出た。
☆
廊下を歩きながら、葉咲は俺に問いかけてくる。
「1年の時もそうだったけどさ。友木君って、一人でいること多いよね」
「ああ。1年の時は池が一緒にいないときは、いつも一人だった」
「寂しくない?」
「寂しくはない。慣れているから、気が楽だ」
俺が言うと、葉咲は真直ぐに俺の目を覗き込んできた。
「なんだ?」
「一人に慣れているって……その。もしかして春馬が、友木君にとって初めての友達だったってこと?」
どこか祈るような視線だ。
俺には、今葉咲が何を考えているのか、察することができない。
その問いかけになんと答えようかと、俺は少し考えてから……瞼の下の縫い傷を指先で撫でてから、口を開いた。
「いいや、池と友達になる前も、友達って言える奴はいた。……一人だけだけどな」
最悪だった中学までの15年間の人生。
その中で、良い思い出と言えるものがあるのならば……それは、あいつと過ごした日々くらいだろう。
俺の言葉に、葉咲はなぜか優しい表情を浮かべる。
「そっか。それなら良かったかも。……それで、そのお友達とは、今も仲良いの?」
「いいや。小6に上がって以降、一度も会っていない」
「そっか……。その子は、どんな子だったの?」
「泣き虫で弱虫だったけど、優しい奴だったな。……あと、そういえば中性的な美少年だったと思う。今頃、さぞ美形になっていることだろうな」
俺の言葉に、葉咲はさっと顔を背けた。
どうしたのだろうと思い、様子を伺うと……。
「ご、ごめんね。友木君の口から『中性的な美少年』って聞くとは思わなくって」
何かを堪える様に顔を赤くしてから、葉咲は言った。
俺は不満に思い、無言で葉咲を見つめた。
すると彼女は、きまりが悪そうに俯いてから、言う。
「……私も。そのくらいの時期から、疎遠になった友達がいるんだよね」
いや、もったいぶって言ったけど、絶対に冬華のことだよな?
俺も知ってるから、それ。
「その友達に会えたら。友木君は言いたいことある?」
どこか苦しそうな表情で、葉咲はそう言った。
……言いたいこと、か。
多分、色々と話したいことはある。
どうして急に会えなくなったのか、なんで何も話してくれなかったのか。
だけど、きっとその時が来ても俺は、上手く話が出来ないんだと思う。
「……久しぶり、元気してたか? 良かったら、連絡先交換しないか?」
その答えを聞いた葉咲は、呆然とした後……
「うっわー、普通だねー。数年ぶりに会って、そのテンションなのー?」
おかしそうに、葉咲は笑った。
「まぁ、口下手だからな。気取ったことは、絶対に言えないと思う」
「そっか、そうなのかもね」
納得したように呟いてから、
「私はきっと。その友達に会っても、何も言えないんだと思うな……」
葉咲は、そう言った。
伝えたいことはたくさんある。
それでも、上手く言葉にできない。
だから……、何も言えない。
もしかしたら、彼女もそんな風に悩んでいるのかもしれない。
「なんか、廊下で歩きながら話すことでもなかった気がするけど、それでも話せて良かったかなー。……友木君と、ちゃんと友達になれそうって、思ったかな」
どこか寂しげなその表情を浮かべる葉咲。
彼女の気持ちは、その表情から読むことは出来なかった。
「これまでは、ちゃんと友達になれなさそうだったのか?」
俺の問いかけに、彼女は蠱惑的な笑みを浮かべてから、口元に立てた人差し指を沿わせた。
「――ナイショ、だよ?」
☆
葉咲との会話のせいだろう。
同じ班の同級生の怯えた視線を感じつつ、実験を遠目に見る俺は、教師の解説を聞き流しながら、久しぶりにかつての友人のことを思い出していた。
意気地なしで、泣き虫だったけど、俺なんかと仲良くしてくれた友達。
名前は――そう、『ナツオ』。
久しぶりにその名を思い出し、俺は懐かしさのあまり、思わず口元を緩めてしまう。
なぁ、ナツオ。お前は、今どこで何をしてるんだ?
――俺のその問いに反応したのは、隣に座る女子の「ひっ!?」という怯えたような短い声だった。
……少し恥ずかしくなったため、俺は口元を引き締めてから、ポーカーフェイスを気取るのだった。






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