4、妹キャラ
「サンキュー優児。助かった」
生徒会室に書類を運び終えた俺に、池が礼を述べた。
「気にすんなよ、どうせ俺暇だし」
俺は一言返す。
これは本当のことだった。
部活に所属しても馴染める気がしないので、俺は放課後は基本的に勉強をするか、身体を鍛えるか、漫画やラノベで時間を潰すことしかしない。
ちなみにゲームはあまりしない。
協力プレイ前提の作りのゲームに引っかかると、ムカつくからだ。
「他に手伝うこととかないか?」
「特にはない。ここからは、俺がちゃちゃっと済ませるし」
「そうか。それじゃ俺は、先に帰るわ」
「ちょっと待て、優児!」
池が俺を引き留める。
振り向くと、俺に向かって冷えた缶コーヒーが飛んできた。
生徒会室の備品である冷蔵庫で、冷やしておいたものだろう。
「とりあえず、今日のバイト代だ。受け取ってくれ」
「……今度なんか奢ってくれんじゃなかったか?」
俺の冗談に、池は笑って答える。
「とりあえずって言っただろ? 奢りは、もちろん別だ」
「ありがたく、もらっとく」
「おう、じゃあな」
「ああ」
俺たちは視線を合わせてから、互いに頷く。
それから、今度こそ俺は生徒会室から出た。
扉を開けて廊下に出ると、丁度目の前を女子生徒が横切るところだった。
扉を開けた音に反応したのか、こちらを振り向いたその女子生徒と目が合った。
「……ひゃっ!?!??」
そして、勢いよく後ずさってしまった。
俺の顔を見て、恐怖のあまり震えている。
先ほどの葉咲以上の怯えように、俺はやはりショックを受ける。
学生服のリボンの色を見ると、赤。
新入生か。
……入学早々怖い顔の先輩に出会ってビビってしまったわけだ。
申し訳ない。
「どうした、優児?」
先ほどの女子生徒の叫び声を聞きつけたのだろう、池が生徒会室から顔を出してきた。
「いや、なんでもない」
いつものことだ。
ここで俺が声なんかかけた日には、泣き叫びわめかれてしまう。
「あれ、冬華じゃないか。どうしたんだ?」
池は一年女子と顔見知りのようで、気安い調子で尋ねた。
先ほどまで怯えた表情をしていた彼女も、池の顔を見て安心したのか、平静を取り戻したように見える。
俺も、彼女の姿を改めて確認する余裕ができた。
肩程の長さのある髪の毛を茶色に染めている。
ギリギリナチュラルメイクと言える程度の化粧をした、ギャルっぽいかなりの美少女。
池の周囲には、本当に美女や美少女が集まる。流石は主人公体質。
今日も思い返してみれば、池と一緒に歩いていただけなのに、代わる代わる美少女と出会ったな。
冬華と呼ばれた彼女は、池とは視線を合わせずに、
「……学校では話しかけるなって言ったじゃん」
と呟いた。
……えっ!?
池に話しかけられたのに、この女子は喜ばない!?
一体、どうなってんだよ!?
俺が驚愕しているのをよそに、池は再び口を開いた。
「はいはい。あ、そうだ。折角だから紹介する。こいつがいつも話している友木優児。可愛がってもらえよ」
と、彼女の様子など気にもせずに、あろうことかこのタイミングで
「だから、話しかけるなって……え、この人が友木先輩?」
きょとん、とした表情で、俺に視線を向けてきた女子生徒。
……いつも話してるって、何を?
ていうか、その表情は何?
俺はこんな時どんな顔をすればいいか分からなかったため、
「おう」
と、無表情で呟いた。
ちなみに、笑うことは出来なかった。
「ふーん」
と、意味ありげに呟いてから、言う。
「初めまして、私はそこにいる池春馬の妹の池冬華です。兄から、友木先輩のことはいつも聞いています。頼りになる友人だって」
マジでか。
この女子が言うには、池は俺を頼りにしてくれているらしい。
光栄だ、友人キャラ冥利に尽きる。
……ん?
あれ、今この女子それ以外にもなんか言っていたような……って!
「え、池の妹?」
彼女の言葉に動揺しつつ、確かに兄貴と同じくらい美形だなぁ、なんて考えてる俺に向かって、
「はい、そこのの妹ですよ」
池をそこの扱いする妹。
……おそらくこの妹、ツンデレだな。
主人公の妹っていうのはあからさまにベタ惚れか、本当はベタぼれだけど素直になれないかの二択だからな、俺の見立ては間違いないだろう。
「……俺は仕事に戻る。少し、冬華の相手をしてやってくれ、優児」
「ん、おう。頑張れよ」
生徒会室に戻る池。
その間、妹は冷めた視線を池に送っていた。
きっと、もっと一緒に居たかったのに、池がさっさと引っ込むから怒ったのだろう。
「それにしても、池の妹と会うとは思っていなかったから、驚いた」
「私も驚きました。友木先輩、顔怖すぎですしー」
初対面時の怯えた表情から一転、楽しそうに笑いながら言う妹。
これが俗に言う「イジリ」なのか?
俺は人生初イジリに上手く返すことが出来ず、
「だ、だろ?」
とよくわからん返事をする。
自分のコミュ力がなさ過ぎて心底悔しい。
「だろ、って。なんですかそれ、マジじわるんですけどー」
そう言いつつ、妹は屈託なく笑みを浮かべた。
怪我の功名、ウケをとれたのでよしとする。
「あー、超ツボりました。面白いですね、友木先輩って」
「そうか?」
女子から面白いと言われたのは、これが初めてだった。
むしろ男子からも言われたことがなかったかもしれない。
「そうですよ。あ、良かったら私と連絡先交換してくださいよー」
「え? 良いけど……」
「やったー!」
満面の笑みを浮かべて喜んだ妹。
俺はスマホの池専用トークアプリを立ち上げ、手こずりながら連絡先の交換に成功した。
これで俺のトークアプリは池兄妹専用となった。
と思っていると、早速妹からメッセージを受信した。
『よろしくね』
という吹き出し付きの、ムカつくキャラクターのスタンプが、画面に表示されていた。
こんな風に女子から気軽に連絡が来たことがなくて、俺の頬は少しだけ緩んでしまう。
「……ああ、よろしくな」
俺がメッセージを介さずに答えると、妹も口を開いた。
「はい、改めてこれからよろしくお願いしますね? せーんぱい♡」
そう言って、完全無欠の主人公・池春馬の妹である池冬華は、両手でスマホを握りしめながら、友人キャラの俺に可憐な笑顔を向けたのだった。