8、ドキドキ
葉咲と体育館裏で別れてから、俺は屋上へと向かった。
扉を開けると、冬華がシートの上に座って、つまらなさそうにスマホを弄っているのを見つけた。
「悪い、待たせたな」
そんな彼女の背に声をかける。
俺の声に反応した冬華は、嬉しそうな表情を浮かべて振り返った。
そして、目が合う。
すると、ハッとしたような表情を浮かべてから、今度は拗ねたように唇を尖らせた。
「もうっ、遅いじゃないですか!」
ふん、とそっぽを向いてから、そのまま冬華はシートの上を移動し、一人分のスペースを空けた。
ぽんぽん、と手で自らの隣のスペースを叩いた。
座れということだろう、俺は苦笑しつつ、それに従う。
「もー、お腹すきましたっ! 早く食べましょ!」
傍らに置かれたビニール袋から、冬華はミックスサンドと紙パックの紅茶を取り出してから、言った。
「なんだ、待っていてくれたのか。先に食べてくれても良かったのに」
「……一人で食べると、二人で食べるよりも摂取カロリーが多くなるって、ネットで見ましたので!」
「ミックスサンドしか食べないんだったら、摂取カロリーが増えたりはしないだろ」
冬華の言っているのは、外食などでは誰かと一緒に話しながら食べた方が、過食を防ぐ効果があるという記事のことのはずだ。
食べる量が決まっていたら、摂取カロリーが増えるはずがない。
そんなことは、冬華も知っているはずだ。
「ツッコミ待ちですからっ!」
顔を赤くしながら、冬華はそう言った。
その後、いじけたようにもぐもぐとサンドイッチを食べ始めた。
俺も、コンビニで買ってきたパンを出して、食べ始める。
一つ目のパンを食べ終えたタイミングで、冬華が俺に問いかけてきた。
「そういえば。先輩の用事って何だったんですか? 兄貴の手伝いとか、ですか?」
ストローに口をつけ、紅茶を飲みつつそう問いかけてくる冬華。
「いや、違う。葉咲に呼び出されてな」
俺がそう言うと、「ふーん」と、興味などなさそうに冬華は相槌を打ってから、
「……えっ!? なんで葉咲先輩に呼び出されたんですか!?」
驚きを浮かべつつ、俺に問いかけた。
俺が葉咲に嫌われているのを知っているから、心配をしてくれたのかもしれない。
説明をしようかと考えたが……彼女が冬華と仲直りをしたい、と考えていると正直に言って良いのだろうか?
……あまり、良くない気もする。
俺がなんと返答しようか迷っていると、
「……もしかして、大事な話、だったんですか?」
恐る恐る、といった様子で、冬華はそう問いかけてきた。
「……大事な話だな」
俺は頷く。
冬華がどう思うかは分からないが、葉咲は真剣に仲直りを考えているのだから、大事な話に決まっている。
「……それで、先輩はなんて答えたんですか?」
暗い表情を浮かべながら、冬華は虚ろな目を俺に向けながら問いかけた。
なんだ、このテンションは?
「よろしく、って」
俺が答えると、冬華は目を見開いて、辛そうな表情を浮かべて勢いよく立ち上がった。
「せ、先輩はっ! ……私という彼女がいながら……葉咲先輩と、付き合っちゃったんですか?」
震えるその声に、俺は……。
「は? いや、なんでそうなる? 付き合ってないぞ」
冬華の言動が理解できなくて、やや混乱していた。
俺の答えに、ポカンとした表情で「え?」と呟いた冬華。
「……どこまで言って良いか分からないが、葉咲から俺に相談があった。それだけなんだが」
と、俺が答えると、冬華はまだ困惑をしているようだったが、それでもホッとしたようだった。
「な、なるほど。……先輩は別に告白されたというわけじゃなかったんですね」
そう言われてから、俺もなるほど、と気が付いた。
呼び出されて、大事な話をされたと言われたら、確かに告白を連想してもおかしくはないのかもしれない。
それで俺が葉咲の告白を受けて、冬華はこの『ニセモノ』の恋人関係が破綻することを恐れた、ということか。
冬華の勘違いは理解できたが……俺が葉咲に呼び出されて告白をされる、と考えるのは心配しすぎだ。
「当たり前だ。俺みたいに誰からも怖がられるような男が、告白されるわけがないだろ?」
悲しい話だが、俺に恋人ができるイメージがわかない。
俺の言葉を聞いた冬華は、安心した表情を……浮かべることなく。
「今回は違ったみたいですけど。もしも今後、誰かから本気で告白をされたら。……先輩はどうしますか?」
不安そうな表情を浮かべ、冬華はそう問いかけてきた。
「考えると虚しくなるな、ありえなさ過ぎて」
「ちゃんと、考えてくださいっ!」
冬華は、縋るような視線で俺を見つめながら、そう告げた。
ちゃんと考えろと言われても、そんな妄想をしても精神的につらくなるだけなのだが。
しかし、冬華の刺すような視線は止まらない。
俺はもう一度考えてみる。
「実際に告白をされるまで、想像もできないな」
そして、俺は一言答えた。
あまりにも現実味のないお題に、俺は答えを出せなかった。
「……先輩の、バカ」
冬華は、一言呟いた。
「『本気で告白されても、断る』って言えなくて、悪いな」
「そういうことじゃないですしっ、もー!」
冬華は不満を隠しもせずに、大声で言った。
「……つまり。どういうことなんだ?」
俺が問いかけると、
「……私が、一番バカってことです!」
なぜだか怒りに顔を赤くした冬華は、そう答えたのだった。
俺にはその言葉の真意は不明だったが、涙目で残りのサンドイッチを頬張る冬華を見ると、どうにもツッコミを入れることができなかった。
☆
葉咲から呼び出しのあった翌朝。
俺は普段通りに登校をしていた。
しかし、普段通りではないことが、その日は起こった。
それは――。
「おっはよー、友木君!」
駅を降り、通学路を歩いていると、後ろから肩を叩かれ、声をかけられた。
振り向いてみるとそこには、笑顔を浮かべる葉咲がいた。
「おう」
「な、なんか冷たくなーい? せっかく勇気を出して声をかけたっていうのに、私のドキドキを返してよー」
苦笑を浮かべながら、葉咲は言った。
……クラスメイトと接する、いつも通りの葉咲夏奈だ。
そう、俺以外の人間と接する葉咲は、このくらいフランクだ。
問題は、なぜ俺にもこんな態度で接するのかだ。
何を企んでいるんだ?
……と思ったが、俺を通して冬華との仲直りを企んでいるんだった。
俺との関係を良好にするために、こうして朝から話しかけたりもするんだろうな、と考えたところで――。
俺と葉咲の間に、一人の女子が強引に割り込んできた。
そして、その女子は俺の手を、ギュッと握ってから言う。
「えー、なんですか、優児先輩? 面白そうな話をしていますね、私も混ぜてくださーい♡」
俺たちの間に割り込み、手を握ってきた女子とは、もちろん冬華だ。
「ね、教えてくださいよ葉咲先輩。……ドキドキって、なんのことを言っているんですかー?」
ニコニコとした表情を浮かべつつ、瞳から輝きが失せた眼差しを葉咲に向けながら。
冬華は硬い声音で、葉咲へと問いかけるのだった――。






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