7、友人
「だめ……かな?」
無言のままでいる俺に、不安気に葉咲は問う。
しかし、俺はすぐに応えることができない。
葉咲と冬華が、どんな関係だったのか。
冬華曰く、『あの人の小学校卒業前くらいまでは、仲が良かった』とのことだ。
葉咲は一体どう認識しているのか、俺はそれが気になった。
「二人は、元々仲が良かったのか?」
俺の言葉に、葉咲は懐かしむような表情で頷いた。
「うん。家が近所で、よく一緒に遊んでたよ。春馬ももちろんずっと仲がいいけど、冬華ちゃんとは女の子同士だったから、特に仲が良かったかな。私は妹みたいに可愛がっていたし、冬華ちゃんも私のことを夏奈お姉ちゃん、って呼んでた時もあったくらいなんだから!」
夏奈お姉ちゃん。
あの口が悪くて生意気な冬華にも、そんな頃があったのか。
俺の想像力が貧相だからか、全くイメージができなかった。
「……それも、私が中学校にあがる前までのことなんだけどね」
先ほどまでの優し気な表情は消え、葉咲は寂しそうな顔をしていた。
とりあえず、冬華も以前は仲が良かったと言っていた。
おそらく、葉咲の言ったことに間違いはないのだろう。
「……仲たがいのきっかけは、何かあったのか?」
俺の言葉に、葉咲はすぐには答えられないようだった。
彼女が口を開くまで、俺はしばらく待った。
「あったと思う。……でも、それは多分。私から友木君に言ったら、ダメな気がする」
「そうか。それなら、聞かない」
「……うん、ありがとね」
弱々しく、葉咲が笑った。
葉咲が今思い浮かべたものと。冬華が言っていたきっかけは、時期を考えれば同じものなのだろう。
「ただ、一つ聞かせてくれ。仲たがいの原因が分かっているのに、これまで仲直りをしようとはしてこなかったのか?」
「仲直りをしようとしたことは、何度かあったよ。春馬に間に入ってもらったりもしてたんだけど……ダメだった。春馬と冬華ちゃん、あんまり話していなかったから、無理もないんだけど。……私も、なんて話せば良いのか、よくわからなかったし」
このこじれてしまった関係は中々、ややこしいらしい。
どうにかしたいと思いつつ、どうすれば良いのか分からない。
そう考えているうちに、葉咲は仲直りに踏み込めないまま、数年が経った。
……だが、冬華が高校に入学したことで状況が変わった。
そう、それは俺の存在だ。
池が間に入って無理だったことでも、冬華の恋人が間に入れば、話は別。
そう考えているのだろうか?
しかし残念だったな、葉咲。
俺は恋人とはいっても……ニセモノの恋人だ。
ある程度の信頼関係を構築できているとは自負しているが、それでも全幅の信頼を置かれているとは自惚れてはいない。
だから、きっと葉咲が思っているほど、ことはそううまく運ばないだろう。
……だが。
全く勝算がないわけでもなかった。
「分かった、葉咲。協力する」
俺はつい先日。
冬華にも、葉咲との関係を聞いていた。
あの時冬華が浮かべた、寂しそうな表情――。
もしかしたら、彼女も葉咲と同じように。
本当は、仲直りを望んでいるのかもしれない。
おそらくこれは、冬華にとって余計なお世話だ。
だとしても、仲直りができるのならば。
二人が姉妹のようだった関係に戻れるのであれば。
俺は、その余計なお世話をしてやりたい。
あの寂しそうな表情を、もう浮かべなくても済むように……。
「ほ、ほんと!?」
葉咲は、嬉しそうな表情を浮かべて、そう言った。
「ああ、嘘じゃない」
俺は、頷いてから続ける。
「俺は、冬華には笑っていて欲しいからな」
寂しそうに笑うよりも、華やかな笑顔を浮かべる方が、彼女にはよっぽど似合う。
そう思って告げた俺の言葉に、葉咲はどこかショックを受けたような表情を浮かべた。
「……なんだ、どうした?」
気まずそうに苦笑をしてから、
「ううん、臭いこと言ってるなーって。……思っただけだから」
視線を足元に向けて、彼女は言った。
……けっこう容赦ないことを言ってくるな。
やっぱり俺のこと嫌いなんだろ、こいつ?
逆説的に、嫌いな人間を利用してでも仲直りしたいとか、冬華は好かれすぎだな。
「さて、と。それじゃ、私たちはこれからお友達ってことだね。よろしく、友木君」
「おう、よろしく」
俺が答えると、葉咲はおもむろにスマホを差し出してきた。
「……ん?」
メッセージアプリが開かれたスマホに目を落とすが……何がしたいんだ、こいつ?
「ん、じゃなくって! 連絡先、交換しようよ! たくさん、相談したいことがあるんだからねっ!」
「そういうことか。わかった」
俺もスマホを取り出し、互いに連絡先を交換した。
ちなみに、同級生の女子の連絡先が入ったのは、これが初めてだった。
「……ん、また連絡するから、無視しないで返信してね?」
のだが。
辛そうな表情でスマホを握りしめて言う葉咲を見ると、素直に喜べない。
――そんな思いつめた表情をするくらい、本当は俺と連絡をするのが嫌なのか?
軽くショックを受けつつも、俺は応える。
「ああ、ちゃんと連絡が来たら返信する」
「うん、よろしくねっ」
俺の言葉に、葉咲はどこかホッとした表情を浮かべて言った。
――こうして、俺と葉咲は、目的を共有した友人となったのだ。






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