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5、手紙

 翌朝。

 いつものように登校し、靴箱を開いて上履きに履き替えようとしたところで、俺はそれ・・に気が付いた。


「……なんだ、これ?」


 靴箱に入っていたのは、1通の手紙。裏表を確認しても、差出人の名前は書いていない。

 飾り気のないその封筒を取り出してから、俺は早速開いてみた。


『昼休み、体育館裏に来てください』


 手紙を読むと、綺麗だがまるっこい文字でそう書かれていた。


 ……趣味の悪いいたずらか何かだろう。

 いずれにせよ、ろくなことではない。


 差出人不明のこの類の手紙は、これまでも何度か受け取ったことはあった。

 が、集団で待ち伏せをされていたり、誰も来ないまま待ちぼうけをしたりと、基本的にろくなことにはならない。


 これは、無視するに限る。


 俺はそう思いつつ、その手紙をカバンに入れてから、上履きに履き替えて教室へと向かった。


 俺が教室に入ると、一瞬だけ空気が張り詰める。

 しかし、それも俺が自席に向かうまでのわずかな間に、教室内ではおしゃべりが再開される。


 去年は俺がいるだけで、お通夜のように教室が静まり返っていたが、このクラスではそれがないのがありがたかった。


 俺が着席すると、


「おはよう、優児」


 と、声が掛けられる。


「おう」


 俺が答えると、そいつは爽やかな笑みを浮かべた。


 池春馬。

 文武両道、容姿端麗。多くの生徒や教師から人望を集める、この学校のスーパー生徒会長。

 ……いや、この世界の主人公ともいえるべき男であり、数少ない俺の友人だ。


 高一の間、俺と会話をする同級生といえば、この池だけだったのだが……。


「おっす、友木」


 今は違う。

 池と並んで、俺に挨拶をしてきたのは、バレー部の朝倉善人。

 生徒会主催の勉強会の時、朝倉は俺に対する誤解や偏見がなくなり、今はこうして普通に話せる関係になっている。


「おす」


 朝倉にも、一言応じる。


「……ん、どうした優児? 今日は少し機嫌が悪そうだぞ」


 驚いたことに、池は俺に向かってそう問いかけてきた。

 ヤバいな、顔に出してしまっていたか?


「え、マジ? 別にいつもと変わんなくね?」


 と思ったが、朝倉の言葉を聞いて、池が特別鋭いだけだったことが分かった。


「少し、な」


 俺の機嫌が悪いのには、理由が二つ・・あった。

 一つは、先ほどの手紙の件。

 無視をしようと決めても、以前の記憶がよみがえり、良い気がしない。


 そしてもう一つなのだが……。


 俺は教室にいるある人物を一瞥する。そこにいた女子は、俺の視線に気が付き、さっと視線を逸らした。

 その女子――葉咲が、いつにもまして俺に敵意ある視線を向けてきていた。

 普段から俺に対して視線を送ってくることは多かったのだが、今日ほど睨みつけられたことはこれまでなかった。


 それも、やはり良い気はしない。


「靴箱の中に、手紙が入っていてな」


 葉咲と幼馴染で、仲の良い池にはそのことは言わずに、俺はカバンから靴箱に入っていた手紙を取り出して、手渡す。


 それを隣から覗き込んだ朝倉は、胡散臭そうに言った。


「……差出人の名前もないし、悪戯っぽくね?」


「俺もそう思う。こんなもの、無視だ」


 俺がそう言うと、「ああ、気にしなくていいと思うわー」と励ましてくれた。

 こんな気軽なやり取りが、クラスメイトと出来るなんて、俺は少し嬉しくなった。


 しかし、池がその手紙を見つつ、「この字は……」と呟いてから、教室の隅へと目を向けた。

 俺も池の視線の先を見る。

 ……が、その視線を追うと、こちらを睨んでいて葉咲と目が合った。

 だから俺は、やむなく視線をそらしたのだが、池は一体何を、……もしくは誰を見ていたんだろうか?


「あー、すまん、優児。誰からの手紙だと俺からは言えないが、行ってやってはくれないだろうか?」


 池が、意外にもそんなことを言った。

 ……彼がそう言うのであれば、問題はないのだろう。


「ああ、分かった」


「……助かる」


 はたから見ていた朝倉は、


「池はこの手紙が誰からか、知ってんの?」


 少し疑わしそうに、池に尋ねた。

 

「まぁな。……悪い奴ではない」


「池がそういうのなら、大丈夫か」


 朝倉も誰かとまでは聞かなかったものの、池がそう言うならばと安心したようだ。 


 それから、チャイムが鳴ってから、担任の教師が教室にやってきた。

 池と朝倉は、そそくさと自席に戻り、そしてHRは始まった。



 一限の授業が終わってから、一応冬華に連絡をしておこうと考え『今日の昼休み、用事ができたからクラスの連中と食っていてくれ』とメッセージを送った。

 ポケットにスマホをしまおうかと思っていると、すぐに冬華からの返信が来た。


 ムカつく顔のキャラクターが『はぁ?』と怒っているような表情を浮かべているスタンプが送られてきた。

 そのすぐ後に、

『はぁ? 超嫌なんですけど? 私は先輩とお昼食べるつもりなんですけど?』

 とメッセージが送られてきた。


 ……俺が勝手に昼休みに予定を入れたことを、怒っているのだろうか?

 彼女は俺を男避けとして利用しているが、別に一日くらい別々に昼を食べても何ら問題ないだろうに。


 クラスメイトと昼ご飯を食べるのも、人気者の冬華としては何かと気遣うのかもしれないが、それでも俺にばかり構っていないで、級友との仲を深めれば良いのにな。

 ……とは思うものの、俺のように友達が少ないコミュ障が言っても、余計なお世話か。


『悪い』

 

 と、俺が送ると、これまた一瞬で先ほどと同じキャラクターが、無言で悲しそうな表情をしているスタンプが送られてきた。


 ……返信しづらい。

 なんと返そうか迷っていると、また冬華からメッセージが届いた。 


『昼休み、屋上で待っています。用事が終わったらすぐに来てくださいよ!』


 とメッセージが来た。


 その文面を見ると、なんだかんだで俺と一緒にいることを嫌がっていない冬華に対して、ありがたいという気持ちになる。


『了解』


 俺はスマホを操作し、一言だけ打ち込んでから、メッセージを送ったのだった。



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