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4、敵か味方か

 俺と冬華は真桐先生に先導され、生徒指導室にまで移動をした。


「座りなさい」 


 相変わらず厳しい表情を浮かべながら、真桐先生は俺と冬華に着席を促した。

 冬華は、言われた通りにパイプ椅子に腰かける。

 一方俺は、真桐先生の表情を伺った。


 今年で二年目の、若くてかなり綺麗な女の先生だ。

 今みたいに厳しい表情をしていることが多く、実際生徒に厳しく接することも多い先生だが、それでも陰では彼女に憧れを抱く男子生徒も多いらしい。


「友木君、早く座りなさい」


 きつい声音でそう言われてから、俺も椅子に腰を下ろした。

 真桐先生は、それから俺と冬華を交互に見る。


 冬華は飄々とした態度でその視線を流すが、俺は真直ぐに受け止めた。


「……なぜあなたたちがここに呼ばれたのか、分かっているかしら?」


 真桐先生は、俺たちにそう尋ねた。


「全然わかりませーん! 何も悪いことはしていないのに、どうして生徒指導室に呼び出されなくっちゃいけないんですかぁ?」


 不満を隠さずに冬華は言った。

 こんな舐めくさった言い方では、真桐先生も怒るのではないか?

 そう思っていたのだが、


「友木君。あなたは、心当たりはないのかしら?」


 と、冬華を嗜めることもなく、俺に問いかけてきた。

 真剣な眼差しを受け、俺は心当たりを口にした。


「甲斐のこと……っすか?」


「ええ、そう。甲斐烈火君。彼はゴールデンウィークが明けてから、明らかに変わったわ。見た目で分かる髪形に……友木君、あなたへの態度よ」


 真桐先生の言葉を聞いて、冬華は苛立ったように、わざとらしくため息を吐いた。

 甲斐のことで説教されそうなのが、嫌なのだろう。


「彼のことは、私もまだあまり知らない。だけど、彼のような身嗜みにも気を使っている男子が、きっかけもないのに頭を丸めるというのは考えにくい。それに、私の知る限り、友木君ともあそこまで仲良くはなかったはず。……この二つの変化を関連付けるのは、おかしいことかしら?」


 おかしいことではない、と俺でも思う。

 先ほど、他の生徒が噂をしていたように、俺が甲斐を舎弟にし、坊主頭を強制したと受け取られたとしても、納得する。


 ……しかし、真桐先生はそんなことを思っているわけではないだろう。

 

 きっと、このままでは教員の間でも噂になり、面倒が起こると予想し、そうなる前に事情を伺ってくれているのだろう。

 今も厳しい表情を浮かべているが、怒っているのではなく、きっと心配をしてくれているだけだ。


 ……なんだかんだで一年間、俺はこの人に面倒を見続けてもらったわけだからな。


「すんません、話せないっす」


 だが、それでも今回は話せなかった。

 話をすれば、どうなるか。

 きっと俺は、甲斐をぶん殴ったことで処罰を受けるだろう。

 それだけでなく、甲斐が喧嘩に刃物まで持ち出したことまで明らかになるかもしれない。


 真桐先生は、良い先生だと思う。

 だからこそ、そんな話を聞けば、俺と甲斐の両名に、それなりの処罰が下るのは間違いない。


 しかし、俺は適当な嘘を真桐先生に吐きたくない。

 

 だから、問いかけに対して、俺は何も答えることができなかった。


「……そう」


 真桐先生は、俺の言葉を聞いてから、ゆっくりと頷いた。

 それから、口を開いた。


「大体分かったわ。……肯定も否定もしなくていいから。あなたたちと甲斐君の間には、何かがあった。だけど、『あなたたちは悪いことをしていない』。そして『何があったかは言えない』。だけど、その問題は解決して、甲斐君とも良好な関係を築けた。……それなら、今から私があなたたちのためにできることは、何もなさそうね」


 そう言ってから、真桐先生はふぅ、と短く息を吐いた。

 俺と冬華の言葉から、色々と察してくれたようだ。

 その上で、お咎めはなし、と言ってくれている。


 俺は素直にありがたいと思ったのだが……冬華は違ったらしい。 

 驚いたような表情を浮かべてから、彼女は真桐先生に口早に言った。


「は? いやいや、何を言ってるんですか先生? なんで今ので納得できるんですか?」


「……確かに、詳しい事情も聴かないままこんな判断をするのは、無責任かもしれないわね。でも、池さんが悪いことをしていないと言うのなら、その言葉を信じたい。友木君が事情を話せないというのなら、無理には聞かない。今回の件では、私はあなたたちを信じたい……だって、甲斐君自身、とても清々しい笑顔を浮かべて、あなたたちと話をしていたんだもの。当事者にわだかまりがないのに、外野から文句を言いたくはないわ」


 真桐先生は、冬華に向かって真剣にそう言った。

 冬華も、その迫力に押されて言葉に詰まっていた。


「ただ、私の目が曇っていて、本当は何も解決をしていないというのなら……それは、間違いなく私の怠慢ね」


 少しだけ自嘲気味に、真桐先生はそう言った。

 ……俺はその表情を見て、思わずムキになった。


「ならないっす。……絶対、先生の信頼を裏切らないって、約束します」


「そうしてもらえると、私も助かるわ」


 1つ呼吸をしてから、真桐先生は続けて言う。


「それと、もう一つ言いたいことがあったの。今回は、問題なく収まったのかもしれない。だけど今後、自分たちだけではどうしようもない、そう思う時が来たら。……どんなことであれ、すぐに私に相談しなさい」


 再び厳しい表情を浮かべてから、真直ぐにこちらに視線を向けて、真桐先生は言った。


 ……俺は最初、真桐先生は怒っていたわけではないと思っていた。


 でも、もしかしたら。

 トラブルが発生したのに何も相談せずにいた俺たちに、先生は怒っていたのかもしれない。


 そう思うと、なんだか俺は申し訳なくなって。

 だけど同時に嬉しくなって。


「うす」


 と、一言応じるのが精いっぱいだった。

 隣に座る冬華も、「……はい」と殊勝な態度で返事をしていた。


「時間を取らせたわね。それじゃあ二人とも、帰って良いわ。放課後に引き留めて、悪かったわね」


 真桐先生はそう言ってから、席を立つ。

 そして、先ほどの厳しい表情から一転し、今度はとても穏やかに笑ってから、言った。



「さようなら、二人とも。帰り道は、気をつけなさい」

 




「俺は真桐先生のこと、話せばわかると思っていたけど。……まさか話さないでも分かってくれるとは、驚きだ」


 そして、駅に向かう帰り道。

 俺は隣で歩く冬華に向かってそう言った。

 

 しかし、冬華はこちらを見ただけで何も答えない。

 それどころか、なぜか恨めしそうな視線を送ってくる。


「なんだ?」


「確かに、真桐先生は良い先生だと私も思います。厳しいだけじゃなくって優しいところがあるし、私たちの言うことを、ちゃんと信じてくれるし。でも……」


「でも?」


 冬華はそれから、苛立ちを隠しもせずに言う。


「優児先輩……、真桐先生のこと好きすぎませんかっ!?」


「俺は真桐先生のこと、尊敬しているからな。嫌いなわけがない」


「……そういうことじゃないし。ていうか、真桐先生も先輩のこと信じすぎ」


 不満そうに冬華は呟く。

 

 ……ん?

 もしかして、冬華は俺が真桐先生のことを女性として好きなのかと疑っているのだろうか?

 それで、このニセモノの恋人関係が破綻したら困る、とでも考えているのか?


 いや、それはないか。

 流石に、俺みたいなのが真桐先生みたいな年上の美人と、どうこうなるなんてありえない。

 そのくらいは冬華にも分かっているだろう。


 ならば冬華は何を苛立っているのかと考えるのだが……分からない。

 単に生徒指導室に呼び出しを食らったのがイラついただけなのかもしれない。


「別に、悪いことじゃないだろ?」


 俺は、特に意識せずにそう口にしていた。

 すると冬華は、絶望したような表情を浮かべてから、ぶつくさと呟き始めた。


「まさかとは思うけど、もしかしたら真桐先生は私の敵になるかも……」

 

「いや、どうしてそうなる? 真桐先生は俺たちの味方だから」


 聞き捨てならない言葉が聞こえ、俺は反論をした。

 あんなに生徒のことを考えてくれる真桐先生のことを、冗談でも敵になるだなんて言って欲しくなかったからだ。



 俺の言葉を聞いた冬華は、ムッとした表情を浮かべてから、無言でわき腹をポカポカと殴ってきた。



 ……何故俺は、こんな理不尽な攻撃を受けなければならないのだろう? 

 冬華も多少は手加減をしているのだろうし、そもそも華奢な女子に殴られたところで痛くはないのだが、それでもなんだかくすぐったいのでやめてもらいたかったのだが――。


 結局、駅についてホームで別れるまで、冬華からの無言の攻撃は続いたのだった。

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