3、坊主
そして、放課後。
俺は冬華と合流してから、これから帰るところだった。
同じように下校途中と思しき生徒たちからの、控えめな好奇の視線が集まる。
それも、仕方ないのだろう。
冬華は華やかな容姿と学年1位の成績、そして抜群のコミュニケーション能力で、既に学校の有名人となっている。
そして、自分で言うのもなんだが、俺も相当有名だ。
目つきが悪く、顔も怖く、口下手。
そのおかげで、あることないことデマが流れた結果、俺はこの学校中の生徒から恐れられるようになっていた。
こんな視線を受ければ、冬華も機嫌が悪くなるだろうなと思い、彼女を見たのだが。
至って普通の表情だった。
いや、それどころか少し楽しげですらあった。
何故だろう、と考えてから、冬華ほどの美少女ならば、この程度の視線は慣れているのだろうな、と思い直した。
……俺は、いつまで経っても「よくも俺たちの池を……ぐぎぎぃ」というような男子生徒からの嫉妬に塗れた視線に慣れないのだが。
「あっ! アニキ! お疲れ様です!」
そんなことを考えていると、グラウンドから俺に向かって声が掛けられた。
声に振り向くと、一人の坊主頭がダッシュでこちらに向かってきていた。
その坊主頭は、甲斐烈火。
サッカー部の1年で、俺と殴り合って分かり合った後輩だ。
俺は足を止め、甲斐が来るのを待つのだが、
「先輩? 何立ち止まっているんですか、早く帰りましょうよ?」
と、無表情で言った。
「少し話すくらい良いだろ?」
「私は少しも話したくないんですけど?」
俺の言葉に、今度はあからさまに不機嫌な態度でそう言った。
冬華は、甲斐のことを嫌っている。
そう思うのも、仕方ないとは思う。
それに、彼女が甲斐を嫌っているのは、俺のためという一面もあるので、そこはありがたかったりする。
「ちわっす、アニキ! 今からお帰りですか?」
しかし、そんな冬華の抵抗虚しく、甲斐は俺たちのいる場所に辿り着いた。
「ああ、今から帰りだ。あと、アニキじゃなくて、友木な」
「はいっ、アニキ!」
整った顔に、爽やかな笑みを浮かべた甲斐。良い返事をしたのだが、俺の言葉は全く届いていないようで驚いた。
そして、坊主頭にしても、イケメンはイケメンなんだな、という事実に感心した。
「やっべ、友木って1年に自分のこと『アニキ』って呼ばせてんの?」
「うっわー、あの1年の子、カワイそー」
「てか、甲斐君が坊主にしたのも、友木のせいみたいよ?」
「マジで悪魔だな、友木優児……」
そんな風に甲斐を見ていた俺の耳に、周囲の生徒たちの囁き声が届いていた。
……いや、ちょっと待て。
今の会話をちゃんと聞いていたらそうはならんだろう?
「あのさ、甲斐君。ちょっと良い?」
すると、隣に立つ冬華が、甲斐に向かって言葉をかけた。
「あ、冬華もいたのか。お疲れ、今帰り?」
冬華にも気が付いた甲斐は、冬華に向かってそう聞いた。
その言葉を聞いた冬華の機嫌が悪くなるのが、一目で分かった。
「……あのさぁ、あんたが優児先輩のこと、『アニキ』とか呼ぶと、他の生徒から変な目で見られんの。そんなことも分かんない? 先輩のこと尊敬したり、慕ったりすんのは、ウザいけど別にいい。……だけど、また私の恋人に迷惑をかけるんだったら――マジで、近寄んないでくれる?」
冬華の告げた言葉に、甲斐は無言となって、周囲の声に耳を傾けた。
今も聞こえる俺の悪い噂を耳にし、彼は一瞬カッとしたような表情で周囲を睨みつけてから、すぐに自分の行いを恥じるように、下を向いて俯いた。
それから、俺と冬華の目を見る。
一度深呼吸をしてから、甲斐は口を開いた。
「自重します。すみませんでした、友木先輩。……それに、冬華も。すまなかった。注意されなければ、気が付けなかった。ありがとう」
甲斐は、俺と冬華に向かって頭を下げた。
少し前までの甲斐であれば、他人の言葉には耳も貸さずに、自分の正しいと思ったことをただ貫いていただろうが、今はこうして非を認め、謝ることができている。
それは、とても素晴らしいことだと、俺は思った。
冬華の方を見ると、彼女は苛立った様子で舌打ちをしていた。
こう素直になられると、冬華としても戸惑ってしまうのだろう。
「ただ、お願いがあるんですが」
頭を上げた甲斐は、俺に向かってそう言った。
俺は無言のまま頷いて、先を促した。
「……二人きりの時は。『アニキ』って、呼んでも良いですか?」
頬を赤らめつつ、恥ずかしそうに甲斐はそう呟いた。
つい数日前まで、俺には憎しみや怒り、恐れしか抱いていなかったはずなのに。
いまではここまで、俺を慕ってくれているのか。
……そのことが、俺は素直に嬉しかった。
「好きにしろ」
俺が答えると、甲斐は満面に笑顔を浮かべてから、言った。
「はい、ありがとうございます、友木先輩!」
「おう。それじゃ、俺たちは帰るから。甲斐は部活頑張れよ」
「はい! それじゃ、失礼します! 二人とも、帰り道は気をつけて!」
甲斐は俺の言葉に会釈をしてから、グラウンドに戻っていった。
俺に対してここまで好意的に接してくれる後輩というのは、中々できるものじゃないよ。
そんなことを思いつつ、甲斐の背中を見送る俺の隣で。
「あのヤンデレクソ坊主……私の先輩に色目を使って、ただで済むと思ってんの?」
冬華が甲斐の背中を睨みつけながら、呟いていた。
「いや、前も言ったが。そういうことじゃないだろう」
呆れつつ俺が答えると、冬華はこちらをキッと睨みつける。
俺は彼女の視線を受ける。
互いに数秒間見つめあってから……冬華が頬を赤らめ、視線を逸らした。
それから、不満そうな表情を浮かべてから、深いため息を吐いた。
「……こればっかりは、私がしっかりしなくちゃいけないみたいですね」
「心配しなくとも、甲斐とのことでこれ以上の面倒ごとは起こらないと思うぞ」
俺が冬華にそう言うと……。
「友木君。それと、池さん。……甲斐君のことで、少し話があるのだけど。時間良いかしら?」
背後から、第三者に声を掛けられた。
俺と冬華は、同時にその声にふりかえる。
そこにいたのは、美人女教師である真桐千秋先生。
冷たく厳しい表情を浮かべる彼女を見て――。
「ほら、あいつのせいで面倒ごとが起こりそうですよ?」
何故か、どこか楽しそうに、悪戯っぽい表情を浮かべながら。
冬華はそう告げたのだった。






4コマKINGSぱれっとコミックスさんより7月20日発売!