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28、閉幕

 気絶する甲斐を見下ろす。

 特に、頭を打ったような感じではなかったし、目覚めるまでは放置していても良いだろう。


 そう思い緊張を解くと、屈服させたはずの痛みが蘇った。


「いっつ……」


 俺は、僅かに呻く。

 中々良い拳だったな、などと感慨に耽っていると――。


「だ、大丈夫ですか、先輩っ!?」


 冬華が血相を変えて、俺に駆け寄ってくる。


「大丈夫だ、問題ない」


「問題大ありですっ! 鼻血、出てますから!」


 不安気な表情を浮かべながら、制服のポケットからティッシュを取り出し、俺の鼻血を拭おうとしてくる。

 流石にそこまでされるわけにはいかない。

 俺は彼女からティッシュを受け取り、血を拭いつつ鼻を圧迫して、止血も行う。


「大丈夫だ、ありがとう」


「……ありがとう、じゃないですよ」


 俯いた冬華。

 何やら深刻そうな表情を浮かべている。


「先輩は、私に言いたいことがあるんじゃないですか?」


 俯いたまま、彼女は俺に問いかけていた。

 俺は少し考えるが、特に何も思いつかない。

 ……あ、いや。一つあった。


「ポケットティッシュを持ち歩いているなんて、女子力高いな」


 俺の言葉に、冬華は悲し気な表情を浮かべた。


「……本気で、言っているんですか?」


「悪い。冗談だ」


 ……しかし、そうなると彼女は俺が何を言いたがっていると思っているのだろうか?


「今回、あいつが暴走したのって。……私のせいですよね?」


 冬華は訥々と語り始めた。


「私が先輩にニセモノの恋人関係の話を持ち掛けなかったら、きっとこんなことにはなりませんでした」


「それは違うだろ。あいつはそもそも俺のことを危険だと思っていたわけだから、遅かれ早かれ、こうなっていただろ」


「……先輩は、本当は優しい人ですから。こうなる前に、誤解が解けていたと思います」


 冬華の優しい言葉に、俺は首を振る。


「それはありえないな。俺はいつも言葉を尽くして誤解を解くことを諦めて、拳を握って解決をしようとしてしまう。そんなんだから、誤解は深まり、嫌われて、避けられる」


 悔しそうな表情を浮かべる冬華に、俺は問いかける。


「……冬華も、怖かっただろ?」


「はい、怖かったです」


 冬華が、微かな声で言った。

 ……もう、これまで通りの関係ではいられなくなったかもしれないな。

 そんな風に思う俺に、彼女は続けて言った。


「なんでナイフを持った奴を前にして逃げてくれなかったんですか? なんで避けられるくせに、馬鹿正直に殴られちゃうんですか? 傷つく先輩なんて見たくなかったです、取り返しのつかないことになるんじゃないか、って。すごく、すごく……怖かったんですよ!」


 冬華の言葉は、止まらない。


「ていうか、何が誤解を解く努力をしていない、ですか! そもそも顔が怖くて絡まれやすくて、自衛のために先輩は強くなったんでしょ? そんなの、聞かなくても分かります。結局、先輩は一つも悪いことしていないじゃないですか! それでなんで誤解を解く努力・・をしないといけないんですか!? そんな努力する必要ないです、みんながちゃんと先輩を見てあげたら、先輩だってこんな風に絡まれたりしないのに! なんで先輩は自分が悪いって言うんですか……そんなの、私は嫌です、悲しいです」


 彼女の目尻からは、涙がこぼれそうになっていた。


「先輩は私の本音を聞いても、ちゃんと向き合ってくれました! その言葉に励まされて、もう一度頑張ろうって思いました! 先輩は、本当はすごく暖かくて優しい人なのに、どうしてそんな……」


 俺は酷いことを言ってしまったんだな、と。

 この時初めて自覚した。


「もういい、冬華」


 俺はそう言って、まだ言い足りなさそうにしている冬華の頭に手を乗せてから、髪の毛をくしゃくしゃにした。


「ありがとな」


 俺の言葉を聞いて、無言になった冬華。

 彼女はしばらくしてから俺の手を、自分の頭からどかせた。

 馴れ馴れしすぎたか、と反省をして、手をひこうとしたのだが。

 彼女は一向に俺の手を離そうとはしなかった。


「先輩がいつも自分や誰かを守るために握りしめている手だって。こんなに暖かくて、優しいじゃないですか……。ちゃんと、それを覚えていてください」


 そっぽを向きながら、冬華はそう言った。

 彼女の頬は、真っ赤に染まっていて、照れくさいのを我慢してまで俺を励まそうとしてくれるのが、良く伝わった。

 

「ああ」


 俺は一言だけ、彼女に答えた。

 冬華は俺の返答を聞いて、満足そうに笑顔を浮かべた。

 

 それから、気絶をしている甲斐へ軽蔑の視線を向けてから、言う。


「このアホ、どうせまた調子乗って歯向かってきますよ? 気絶している今のうちに裸にひん剥いて、恥ずかしい写真を撮って脅しの材料を作りましょう」


けっこう恐ろしいことを言う冬華だった。


「そんなことをする必要はない。今度はちゃんと、話をしてみる」


「話、ですか。……それじゃあ、先輩の出番はありませんね」


「は?」


 冬華は静かにそう言ってから、甲斐の下へ歩く。

 倒れている甲斐の様子を見るつもりだろうか?

 そう思っていると……


「ふがっ!」


 冬華は甲斐の横腹に蹴りを入れて叩き起こした。

 ――なにやってんだ、あいつ。

 俺はその様を呆然と眺めるだけだった。


「あ、あれ……俺。って、顔痛っ……」


 と、顔を覆いながら動揺する甲斐の胸ぐらを掴んでから、


「人の話もまともに聞かず、勝手に先輩を悪人認定して暴走して。刃物まで使っても全く相手にならないどころか、お情けで一発殴らせてもらって、その後は一発で伸びちゃう。……呆れるくらいカッコいいヒーローだね、あんたって」


 冬華の声には、暗い怒りが宿っていた。

 甲斐はそんな冬華の表情を見て、困惑と怯えを見せた。


「人の外見だけで判断して、中身を全く見ようともしない。そのくせ自分は勝手な都合を押し付ける。優児先輩は優しいから、あんたを許すのかもしれない。だけど私は、あんたを許さない。……絶対に」


 冬華は、大きく息を吸い込んでから、叫ぶ。



「もう二度と、――私の大切な恋人に、手を出すなぁっ!」


 

 甲斐は、無言のままコクコクと頷いた。

 そんな彼を軽蔑の視線で一瞥してから、冬華は胸ぐらを掴んだ手を離す。


 そして、俺の隣に歩み寄り、一言呟いた。



「……今のは、ちゃんと。先輩のために言いました」



 相当照れくさいのだろう。

 冬華は、俺を見ることもできずに、恥ずかしそうにポツリと呟いた。


「おう、分かってる」


 俺が言うと、冬華は照れ隠しのためか、「何が『分かってる』ですか、バーカ!」と言いつつ、俺のわき腹に軽く数回パンチをしてきた。

 全く痛くない、というかくすぐったかった。


 俺は仰向けになって、呆然自失とした様子で空を見上げる甲斐を見た。

 ……せっかく冬華が俺のために叫んでくれたのだ。

 ここで何か俺から声をかけても、しょうがないか。


「……帰るか」


「……そうですねー」


 俺の言葉に、冬華が答える。

 俺たちは並んで屋上を後にした。



 そして、階段を降りようとしてから、俺はあることを思い出した。


「あ、そういえば冬華に言いたいことあった」


 俺の言葉に、隣にいた冬華が「えっ!?」という声を上げた。

 そして立ち止まり、不安そうにこちらを見つめてくる。

 別に、大したことではないのだが……そう身構えられると、俺も緊張するな。

 と思いつつも、意を決して俺は冬華に言った。


「弁当、美味かった。ご馳走様でした」


 俺の言葉に、冬華はまず口を開いて呆然とした表情を浮かべた。

 そして、顔を真っ赤にしてから、俺の制服の裾を掴んだ。


「そ、それっ! 今言うことですかぁっ!?」


「美味かったことを伝えていなかったなと思って、今言ってみた」


 俺がそう言うと、冬華は「ふんっ!」とそっぽを向いた。


「バカ、バカ。……バーカ! 先輩は、ホントに面白い人ですねっ!」


 それから、彼女は上目遣いに俺を覗き込んできた。

 互いの視線がぶつかる。

 冬華はやはり照れ臭かったのか、頬を赤く染めながら、告げた。


「……また、お弁当作ってきますね」


「おう、楽しみだ」


「今度は、一緒に食べましょうね」


「……おう」


 俺がそう答えると、冬華は楽しそうに笑顔を浮かべるのだった。

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