12,ラスボス攻略千秋①
竜宮と話をしてから、数日が経っていた。
修学旅行前のクラスメイト達は、そわそわとした様子で、どこか浮足立っている。
そして、俺はというと相変わらず冬華と話せずにいた。
これまで通りとは言わずとも、普通に会話くらいしたい、と思っているのだが……どうにも気まずい。
そんな風に思っていたところ、真桐先生とばったり出会った。
俺は会釈をして挨拶をした。
すると、真桐先生は「友木君」と俺を呼び止めた。
「どうしました?」
俺が応じると、真桐先生は俺に問いかける。
「話を聞きたいのだけど、少し時間をもらっても良いかしら」
このタイミング、そしてこのパターンで声を掛けられたのは、真桐先生も俺と冬華の『ニセモノ』の恋人関係に変化が起こったことに気付いたからだろう。
「大丈夫ですよ」
そう言って、俺は頷いた。
「……立ち話もなんだし、移動しましょうか」
☆
真桐先生の提案を受け、俺たちは生徒指導室に移動した。
彼女と学校で話をする、お約束のスポットとなっている。
「早速だけど……友木君。最近、池さんと行動を共にしていないようだけど……何かあったのかしら?」
真桐先生は、心配そうな表情でそう問いかけてきた。
やはり、俺と冬華の関係に変化があったことに、気づいたようだ。
真桐先生は、俺と冬華のニセモノの恋人関係について、知っている。
そして、相談に乗ってもらったこともあった。
改めて、報告するべきだろう。
「冬華から、言われたんです。もう、ニセモノの恋人関係は終わりにしよう、と」
「……え、と。友木君はそれでなんと答えたのかしら?」
動揺を浮かべる真桐先生に、俺は答える。
「冬華が俺を――『ニセモノ』の恋人を必要としなくなったわけですから。その言葉を、ただ受け入れましたよ」
「……その後に、池さんから何か伝えられなかったかしら?」
「その後……? いえ、特には、何も」
俺の言葉に、真桐先生はどうしてかホッとした様子だった。
「ということは、池さんとの『ニセモノ』の恋人関係がなくなったから、これまでのように一緒にいられなくなった、というわけね」
「そういうことです」
俺の言葉を聞いた真桐先生はふむ、と頷いた。
――そして、何故か頬が緩んでいるようだった。
「あの……真桐先生? なんだかにやけてるように見えますけど、もしかして喜んでます?」
俺の言葉を聞いた真桐先生は、はっとした表情を浮かべてから、
「そんなことないわ」
と苦笑をしながら否定した。
「喜んではいない、けど。……池さんは、前に進むことを決めたんだなと思って」
真桐先生は穏やかな声音で続ける。
「ニセモノの関係を解消したということは、その関係に頼らずとも大丈夫だと自信がついたのか。もしくは――本物の気持ちに気付いたのか」
真桐先生は、ゆっくりとそう言葉にする。
冬華の本当の気持ちが何かはわからないが。きっと、ニセモノの恋人関係に頼らずとも大丈夫だと思ったのだろう。
「他にも、考えられることはあるけれど。いずれにしても、前を向いて歩く決心をしたと、私は思うの。だから、私は池さんの決断を、すごいと思うわ。だって、これまでの関係を変えようとするのは――とても、勇気のいることでしょう?」
「それは、そうですね……」
真桐先生の言葉に、俺はそう答えた。
俺の表情を覗き込んだ真桐先生は、優しく微笑んでから言う。
「……寂しい、と思う気持ちもわかるわ。だけど、ニセモノの恋人関係がなくなったからって、これまでの関係がすべてなくなるわけではないはずよ」
「そう、ですね」
「だから、時間が経てばきっと。これまで通り、とは言わないけど。普通の先輩後輩みたいに話が出来るようになるわよ」
「そう、ですよね」
俺の言葉を聞いた真桐先生は、悪戯っぽく笑って言う。
「それでも、どうしても寂しいときは。いつでも私が話相手になるわ」
「それは、心強いです」
子供っぽく笑う真桐先生は、いつもよりも可愛らしく見える。
そのギャップにドキリとしてしまい、俺は視線を逸らしつつ答えた。
「池さんは、友木君のことを嫌いになったわけでもないんだし。あんまり気落ちしていてはダメよ」
彼女はそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
「真桐先生の言う通り、ですね。……心配かけて、すみませんでした」
俺はそう言って頭を下げる。
彼女はやれやれといった様子でため息を吐いてから、言った。
「良いのよ。私は、あなたの先生なんだから。落ち込んでいれば心配するし、いつだって相談に乗るわ」
そして、ニコリと微笑みかけてくれる。
「頼りにしてますよ、真桐先生」
俺の言葉に、真桐先生は、視線を逸らしつつ言う。
「先生と生徒って関係じゃなくなっても。私は、友木君を心配するし、相談も聞くわ」
その言葉はきっと、これまで積み重ねた信頼関係があるからだ。
「俺も、いつだって真桐先生の愚痴に付き合いますから」
俺の言葉を聞いた真桐先生は――どこか不服そうな表情をしていた。
確かに今は、ポンコツな真桐先生ではなく、頼りになる大人な真桐先生だった。
揶揄われた、と思ったのかもしれない。
「……まぁ、良いわ」
いじけたようにそう言った真桐先生の表情は――やはり、可愛らしいものだった。






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