6、あわあわわ
文化祭を終えた週明け。
俺の気持ちが浮かないのは、学校行事を終えた後の週の初めだから、どうしても憂鬱な気持ちになるのだろう。
普段よりも時間の流れが遅く感じる授業が終わり、昼休み。
いつもであれば、冬華と昼食を食べるところだが、ニセモノの恋人関係を解消した今は、拘束されることもない。
久しぶりに池と昼食を食べようと思い、コンビニ袋を手に持って、彼に声を掛ける。
「池、今日一緒に昼飯を食わないか?」
俺の言葉に、自席に座っていた池が、目を丸くしてから言った。
「あ、ああ。もちろん良いぞ。だけど……冬華に怒られたりしないだろうか?」
「その心配はない」
俺が答えると、池は首を傾げつつ「そうか……?」と答えた。
「お、今日は教室で昼飯か? 珍しいな、友木。俺も一緒して良いか?」
俺と池の会話を聞いていたのだろう、朝倉が弁当を持って、そう声を掛けてきた。
俺と池は、その言葉に各々頷いた。
それから、机を移動して、向い合わせる。
朝倉と池は机に弁当を広げ、俺はコンビニ袋から総菜パンを取り出す。
「それにしても。なんか今日は、かったるいよなー。文化祭後で、どうしてもお祭り気分から切り変えられないっつーか」
朝倉の言葉に池はたしなめるようにいう。
「気持ちはわかるが、切り替えなくちゃな。2学期は、この後すぐに修学旅行があって、期末テストも控えている。気づけば、テストは赤点、冬休みも補修を受ける……なんてことになるかもしれないぞ?」
「修学旅行は楽しみだけど、テストはどうしても憂鬱なんだよな……。でも、学年1位2位の池と友木には、俺の苦悩が分からないか……?」
「朝倉はやればできるんだから、早いところやる気を出すんだな。優児も、そう思うだろ?」
池に話を振られ、「ああ、そうだな」と答え、総菜パンを口に放り込んだ。
俺の言葉に、池と朝倉は何も答えずに、互いに顔を合わせた。
どうしたのだろう、と思っていると、
「なぁ、優児。何かあったのか?」
「流石に俺でも分かるレベルで、様子がおかしいぞ」
池と朝倉は、心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。
二人の問いかけに、俺は「あー」と呻いてから、
「なんかっていうか……冬華と別れたから、調子が出ないのかもしれないな」
と答えた。
「冬華と別れた? 優児、その冗談は滑ってるぞ」
苦笑しつつも、固い声音で池が言った。
「いや。冗談じゃないんだが」
俺がそう答えると、どうしてか教室がしん、と静まり返った。
何事かと周囲を見渡すと、クラスメイトが間抜けな面を晒しながら、こちらを見ていた。
しかし、そのすぐ後に俺の視線に気づき、パッと顔を逸らした。
……どこか懐かしいこの感覚。時を超えた天丼ネタだった。
「ま、マジか、友木……?」
「ああ、文化祭の後、少し話をしたんだが。その時に、振られた」
朝倉の問いかけに俺が答えると、
「お、おおおお落ち着け、優児! まだ、あわあわわ時間あわわ」
と池が仙道コラみたいにあわてた状態になった。
「どうした池……?」
朝倉が慌てた様子の池を見て、両目を見開きそう呟いた。
池がここまで慌てるのは、本当に珍しい。これまで一度として見たことがなかったから、朝倉の気持ちも分かる。
「正直、今は落ち込んではいるけど。引きずるつもりはない。元々、冬華みたいな可愛女子と、俺みたいなのが少しの間でも付き合えたのが、奇跡みたいなもんだったしな」
俺はあわあわ言っている池を放置して言った。
俺の言葉を聞いて、朝倉は悲しそうな表情を浮かべる。
「友木……」
と、優しい声で呟いてから、
「これ、俺の好物なんだ。冷凍食品のアスパラベーコン。これ食って、元気出してくれ」
と言って、朝倉は箸でアスパラベーコンをつまみ、弁当箱の蓋に乗せて俺に差し出した。
「お、おお。……ありがとう」
ニセモノの恋人の関係を解消したに過ぎないのに、ここまで気を使われると心苦しい。
……だが、少なからず落ち込んでいた俺は、素直に朝倉の好意に甘えることにした。
俺はアスパラベーコンを口に運んだ。
冷凍食品らしく大味だが、悪くない。
「ありがとな、朝倉」
「いつでも、相談に乗るからな。俺たちは彼女いない同士の固い絆で結ばれた、親友なんだから――」
朝倉はどうしてか、ちょっと嬉しそうにそう言った。
「お、おう」
俺は朝倉にそう返事をすると、いつの間にか俺の周囲にはクラスメイト達が集まっていた。
「……え?」
俺が困惑していると、
「友木くん、俺のコロッケも食べなよ……」
「私のサンドイッチも一つ、食べて」
「俺、いつも昼休みにドクペ飲んでるんだけどさ……今日は、友木にやるよ」
等々数多くのクラスメイト達が、俺に飲食物を恵み始めた。
そして、朝倉から差し出された弁当箱の蓋の上には、色とりどりの数多くの食べ物が鎮座し、机の上にはバリエーション豊かな飲み物が並んでいた
……めちゃくちゃ悪いことをした気分になった。
【いぬまるだしっ】のふとし君が転園しなかった回では、きっと彼も、今の俺と同じように気まずい思いをしたに違いない……。
誰が俺に何をくれたのか、突然のことで分からなかったため、返すこともできない。
俺は、クラスメイトの好意に甘え、とんでもなく豪華になった昼食を食べることにする。
「あのさ、友木君」
いつの間にか近くに来ていた木下。
彼女の言葉に振り向くと、隣にいた山上が俺に問いかけた。
「それって、夏奈はもう知ってるの?」
「ああ、後夜祭で話した」
俺が答えると、木下と山上は互いに顔を見合わせて、はぁと溜め息を吐いた。
「さっきのは、そういうことね」
「なるー」
勝手に納得した様子の二人。
「どういうことだ?」
と言ってから、あれ? と違和感を抱いて教室を見渡し……気づいた。
夏奈が、教室にいない。
「木下と山上は、夏奈がどこにいるか知ってるか?」
俺は、二人にそう問いかけた。
もしかして、夏奈は冬華と話をしているのではないか?
確証はないが、二人のさっきの会話から、俺はそう思った。
「それは、知らないけど」
木下はそう答えた。
その後に続く言葉を待っていたのだが、彼女が口を開く前に、教室の扉が開いた。
そちらに視線を向けると――夏奈だ。
夏奈は、俺と目が合い手を振ってきた。
それから自席によって弁当を手にしてから、俺たちのいる場所まで歩いてきた。
「夏奈、今までどこにいたんだ?」
目前の夏奈に、前置きナシで問いかける。
すると、俺の言葉を聞いた夏奈の肩が、ピクリと動いた。
それから――。
「……お手洗いだよ? 恥ずかしいから、あんまり聞かないで欲しいかな?」
と、照れくさそうに応える。
それが真実か偽りかは分からない。
だけど、これ以上の問答は無駄にだろう、と察した。
「……すまん」
俺が答えると、
「気にしてないよ。……私、今からお昼だから。一緒に食べても良い?」
と夏奈は弁当箱を掲げて尋ねてきた。
俺と朝倉は、「もちろん」と同時に応える。
「ありがとっ! あれ、なんだか優児くんの昼ごはん、豪華じゃない!?」
と、いつもの調子で夏奈はそう言った。
「これは、クラスメイトの優しさだ」
俺が言うと、「よくわかんないけど……良かったね」と夏奈は微笑む。
それから、夏奈はじぃ、とある一点を見つめてから、口を開いた。
「それで……春馬はこれ、どうしちゃったのかな?」
夏奈が胡乱気な眼差しを向けるのは、未だにあわあわ言ってる池だった。
俺と朝倉は、互いに顔を合わせてから、肩を竦める。
「しばらく、放っておこう」
俺が言うと、朝倉は神妙な表情で頷き、
「放っておいたらいずれ元に戻るだろうしね」
と、夏奈は朗らかに笑うのだった。






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