5、リスタート
「優児君と冬華ちゃんが、別れた……?」
俺の言葉に、夏奈はポカンとした表情で言った。
無言で頷くと、夏奈は「あははー」と乾いた笑いを漏らしてから、
「もう、優児君。そういうのは、冗談でも言っちゃだめだよ。私はそういうの……あんまり、好きじゃないかな」
と、冷たい声音でそう言った。
俺はゆっくりと首を振ってから、
「冗談じゃない、本当なんだ」
と、夏奈に視線を合わせずに言う。
俺の言葉に答えずに、夏奈は無言だった。
冗談だ、と言うのを待っているのかもしれない。
だが、本当のことだから、これ以上俺は何も言えない。
しばらくの後、沈黙に耐え切れなくなった夏奈が口を開いた。、
「今日だって、二人で文化祭を回ってたのに。信じられないよ」
夏奈の言葉はもっともだ。
何故なら俺も、夏奈にそう言われて同じように信じられないな、と思ったから。
「だよな。なんでだろうな」
そう答えると、夏奈は俺の両頬に手を添え、ぐいと顔を動かした。
強制的に、夏奈と目が合った。
真剣な眼差しで見られた俺は、どうしてかふい、と視線をすぐに背けてしまった。
「優児君の冗談は分かりにくいけど。……今回は冗談じゃないんだね」
「そうみたいだ」
俺が呟くと、夏奈は両頬から手を離した。
俺は再び、俯いた。夏奈が今、どんな反応をしているのかは分からない。
――夏奈と一緒にいる時に、こういったことはあまり考えないのだが、正直今は気まずかった。
恋人に振られた俺と、俺に振られた夏奈。
揃ってこの場にいるのは、本当に自分勝手だと思うが、どうしても居心地が悪い。
そんな風に考えている俺の頭に、不意に夏奈が右手を置いた。
それから、ゆっくりと、優しく撫でてきた。
「夏奈?」
俺は彼女の名を呼びかける。
「……ごめんね、優児君」
掠れた声で、夏奈は言う。
「夏奈が謝るようなことはないだろ」
「一人になりたいんじゃないかな、って思って」
「……確かに。一人で考えたかったかもしれない」
俺の言葉に、「そうだよね」と小さく答える夏奈。
だけど、彼女は俺の前から動こうとしない。
「私は優児君を、一人にしたくないから。だから、ごめんね」
彼女はそう言ってから、続ける。
「今の私に出来ることは……何もないのかもしれないけど」
弱々しい笑みを浮かべて、夏奈はそう言い、俺の頭から手をのけた。
それから、適当な席に座り、俺の方を見ることもせずに、ただそこにいた。
――夏奈に気を使わせてしまった、と俺は自嘲する。
普段の彼女であれば、積極的に俺にアピールをしていたかもしれない。
そうしないのは……多分、俺が落ち込んでいるように見えるからだろう。
自分でも、不思議に思うのだ。
俺はただ、ニセモノの恋人関係を解消しただけで、本当に振れらたわけでもないのに。
――いや、本当は分かっている。
俺は、冬華とのニセモノの恋人関係が心地よかったのだ。
そして、冬華も同じように想ってくれているはずだと、勝手に期待をしていたのだ。
だけど、関係の解消を告げられてしまい、それで一丁前に、傷ついてしまったのだ。
裏切られた――などとは思わない。
ただ、自己評価の甘さに、ほとほと呆れてしまう。
こんなに自分勝手な俺に、いつまでも夏奈に付き合わせるわけにもいかない。
「……一夏奈の言う通り、一人でいても仕方ないよな」
俺はそう言ってから立ち上がる。
「まだ、キャンプファイヤーは終わってないだろうし、クラスのみんなのところに戻ろう」
俺が夏奈にそう声を掛けると、彼女は心配そうにこちらを見てから、
「うん、そうだね!」
と、明るくそう言ってくれた。
それから、教室を出て、並んで歩く。
薄暗い夜の校舎。
普段見慣れているはずなのに、全く違う場所のようにも感じられる。
「あのさ、優児君。今度、修学旅行あるでしょ?」
前置きもなく、夏奈が言う。
「そうだな、文化祭が終わったから、来週からは修学旅行について色々計画をたてていくんだよな」
「それでね、お願いがあるんだけど」
夏奈はそれから、続けて言う。
「修学旅行、同じ班になって欲しい、かな」
その言葉に、俺は夏奈を見る。
上目遣いで俺を覗き込んでいる。
どこか恥ずかしそうな瞳は、潤んでいるようにも見えた。
「ありがとう」
俺がそう答えると、夏奈は安心したように笑顔を浮かべた。
「班分けとか、好きな人とペアを組んで、って言うのは、避けられてあまり物になってばかりだったから、助かる」
俺はここぞとばかりにぼっちジョークをお見舞いする。
「今年は、私が声を掛けなくっても、他の人からたくさん誘いがあったと思うよ。……だから、こうして早めに声を掛けたんだから」
夏奈の言葉に、買いかぶりすぎだろう、とは思いつつも、確かに今年はあまり者になって、寂しい思いはしないかっただろうな、とも思った。
たとえ冬華との関係が解消されても、その他の連中との関係が無くなるわけでは決してない。
いつまでもうじうじ考えていたら、『先輩私のこと好きすぎなんですけどー』と笑われるに違いない。
夏奈のおかげで、踏ん切りがついたように思う。
近いうちに、夏奈に嘘を吐き続けたことを、謝らないといけない。
――そう思いつつ。
「ん、私の顔見て、どうしたの? ……もしかして、何かついてるかな?」
「いいや、何でもない」
この場で夏奈に伝えるのは、出来なかった――。






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