4、事実確認
冬華と話をしてから、屋上から校庭へと俺は向かった。
既にキャンプファイヤーは始まっており、それを囲んで生徒たちは賑やかに過ごしていた。
周囲を見て、クラスの連中がいないか探し……しばらくして、見つけた。
「よう、朝倉」
俺は、山上や木下と、会話をしている朝倉に声を掛けた。
俺の声に、朝倉は振り返り、
「あれ、友木。冬華ちゃんと一緒じゃないのか?」
驚いたような表情を浮かべて、俺に向かって問いかけた。
「……ああ、今日はもう帰るらしい」
俺の回答に、朝倉は「ふーん?」と応じてから、
「今ちょうどウチらで、友木君の話をしてたとこだったんだよねー」
木下がそう言うと、
「そう、友木君のドラムと、劇の脚本をした私が、ウチのクラスのMVPだよね、って」
と、山上先生がドヤ顔で言った。
「山上の話はしてないけど。友木はいつの間にドラムの練習してたんだよ?」
朝倉は快活に笑いながら問いかけてきた。
話を流された山上は、少々ふくれっ面で朝倉を見ている。
「一度、生徒会メンバーがスタジオで練習してた時に、混ざったことがあったんだ」
「一度合わせただけ? 凄っ!」
「ステージでも全然緊張してなさそうだったし、マジでスゲーよな」
木下と朝倉が、俺に向かって言う。
「めちゃくちゃ緊張したけど、朝倉が声を掛けてくれたおかげで、大分リラックスできた。ありがとうな」
俺が言うと、朝倉は、
「いつも通りの仏頂面だったから、ちょっと場を紛らわせようとしただけで。本当に緊張してたんだな」
と、苦笑しつつ言った。
「……それでも助かった」
今度は複雑な感情を孕みつつ、俺は答える。
それから、急に背後から肩を組んでくる奴がいた。
「普段から仏頂面だから、優児の感情は分かりづらく見えるけど。慣れれば意外と分かりやすいと思うぞ。あの時の優児は、実際かなり緊張していた」
もちろん、池だった。
「事前に打ち合わせなしで、いきなりステージに上がって来いって言われれば、誰だってそうなるっての」
俺は池に向かって、不満気に告げる。
「それにしては、素晴らしい演奏だったな」
「池には負けるけどな」
謙遜でも何でもなく、俺は池に向かって答える。
池は微笑みを浮かべて俺の視線に応え、それから、顔を近づけ覗き込んでくる。。
――「キャ……♡」という山上の嬉しそうな呟きは、聞かなかったことにしよう。
「今は……疲れてるか、優児?」
俺の表情を見て、心配そうに池が声を掛けてくる。
「……慣れないことばかりだったからな。そうかもしれない」
俺が答えると、山上と木下が声を掛けてくる。
「ちょっと休んだらどう?」
「そうそう。調子よくなったら、また戻ってきたら良いし」
「……そうだな、一回教室に戻って休んどく」
「一人で大丈夫か?」
「ああ、そこまでではないしな」
朝倉が気遣うように言い、俺はそれを断る。
「そうか。また後でな、優児」
池の言葉に、俺は頷く。
それからキャンプファイヤーに照らされ、楽しそうな喧騒に包まれるその場を後にした。
☆
教室の自席で、俺は頬杖をついて、冬華の言葉について考えていた。
冬華との、ニセモノの恋人関係の解消は……いつか必ず訪れることだった。
彼女が俺との関係を解消したいということは、きっと『本当に』好きになった相手がいる、ということなのだろう。
単純に、めんどくさくなったのかもしれないが、その場合改まって関係を解消するまでもないので、その線は薄いと思う。
……それなら、一言相談してくれれば、俺も何か力になれたかもしれないのに。
――そう考えてから、俺は自嘲する。
冬華の恋愛に、俺が何か力になれるか?
いいや、何も力になれるわけがない。
冬華は、『ニセモノ』とはいえ俺の彼女でいたことが信じられないような美少女で、愛想も良くてコミュ力も高くて――少なくとも、恋愛関係で苦労するようなことは……ないはずだ。
だから、俺が心配するようなことは何もないはずだ。
……とはいえ、半年以上も続いた関係を終わらせるのだから、少しでも良いから理由と言うか、事情の説明はしてもらいたかったな……。
――そう言えば、冬華は何かを話そうとしていた。
突然、竹取先輩が間に入ったから、彼女は言葉を止めたのだろう。
であれば、何らかの事情の説明は、してもらえるのかもしれない。
スマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。
理由を教えてもらおうか、とも思ったが……やめる。
冬華は体調が悪いらしいし、きっと後日、何らかの説明をしてくれるだろうから、それまで待っておこう。
……というか、今更だが。
竹取先輩はなんで屋上にやってきたのだろう?
あの場所は、基本的に他の生徒は立ち入り出来ることを知らないはず……。
……どうでも良いか。
なんだか、本当に疲れているようだ。
俺は机に突っ伏し、目を閉じる。
今は、何も考えたくなかった。
「――疲れてる、って聞いたけど。優児君、大丈夫?」
目を閉じてしばらくしてから、とんとん、と肩が叩かれ声が掛けられた。
顔を上げると、そこには夏奈がいた。
「ホントだ、疲れてるみたい」
俺の顔を見て、夏奈は心配そうに言った。
「大した事はない」
俺の言葉を聞いて、柔らかく微笑んでから、夏奈は少し拗ねたように言う。
「それなら、冬華ちゃんと一緒にいられなくって残念、ってことなのかな?」
プイ、とそっぽを向いた夏奈。
「そうじゃない」
俺は、即座に答えていた。
俺の様子がどこか不審だったのか、夏奈は驚いた表情を浮かべてから、問いかける。
「もしかして……冬華ちゃんと喧嘩しちゃった?」
「喧嘩はしてない」
「そうなんだ。……喧嘩してたら、私が慰めてあげたのにな」
と言ってから、首を傾げて続けて問いかけてきた。
「……喧嘩『は』? 何かあったの?」
俺の言葉に、夏奈は違和感を覚えたようだ。
俺も、改めて自分の言葉を振り返り、おかしなことを言っていたなと思った。
もしかしたら俺は、自分が思っているよりもずっと、冬華との関係を未練たらしく考えていたのかもしれない。
「振られた」
「……へ?」
その言葉に、ポカンとした表情を浮かべた夏奈。
俺はもう一度、夏奈にちゃんと伝わるように。
――自分自身に言い聞かせるように。
「ついさっき、冬華に振られたんだ」
そう、口にした。






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