20、差し入れ
翌日の放課後。
今日も、俺と冬華は印刷室にて過去問のコピーを取っていた。
「……いつになったらおわるんでしょうね、これー」
虚ろな目をした冬華が、俺に向かって問いかける。
彼女の瞳から光が失われてしまうのも、仕方がない。
何故ならこの作業。
……暇で、地味で、みみっちくて、眠たくなる。
つまり、早く終わって欲しい。
「今日中には終わらないだろうな」
俺はホチキス留めをした過去問の束を段ボール箱に収めてから、答えた。
「ですよねー。はぁ、なんていう虚しい作業。青春の無駄遣いですよ、こんなの」
とほほ、と肩を落としつつ冬華が言った。
そんなことを言いつつも過去問をホチキス留めする手を止めないのだから、案外真面目な奴だ。
本来ならしなくても良い手伝いを、俺に付き合ってやってくれている。
すぐに調子に乗るし、割と結構な頻度でうっとおしいし、口は悪く性格も良くはないが、やはり冬華は良い奴だ。
「……悪いな」
「はぁ? 先輩に謝られる意味が分かんないんですけどー? ていうか、あのクソ兄貴こそ、この私にこんなつまらない眠たくなる仕事を押し付けたことを謝るべきだと思うんですよねー」
「生徒会役員たちは講義の準備や当日の進行の確認をしなくちゃいけないし、こういった雑用は外注するのが当然だろう」
「そんなの関係ないし―? だとしても私は謝罪を要求したいんですー」
ふてぶてしい表情で愚痴る冬華。
ああ、池がかわいそうになってきた……。
「あー、私ちょっと自販機で飲み物買ってきます!」
そう言って、冬華は立ち上がる。
「先輩も、何か飲みますか? ついでに買ってきますよ」
「珍しいな。冬華が俺をパシリに使わずに、自分で俺の分まで買ってくれるというなんて」
「珍しくもないですよね、別に? ていうか、いらないなら私普通に自販機行きますよ」
不服そうな表情を浮かべて、冬華は俺に言う。
「すまん、失礼なことを言ったな。缶コーヒーを買ってきてくれるか?」
「全く、分かれば良いんですよ。あ、ブラック無糖をいっつも飲んでますけど、今日もそれで良いですか?」
「ああ」
と、俺は冬華に答えて小銭を渡した。
「ひゅ~、イキってるー♡」
小銭を受け取った冬華は、楽しそうにそう言った。
こいつの発言を非常に失礼だと思う俺は、間違ってはいないだろう。
「それじゃ、行ってきます! 先輩、私がいないからってサボっちゃダメですからね?」
「はいはい、行ってこい」
俺が言うと、「はーい」と冬華は言い残して、印刷室を後にした。
先ほどまでは冬華と会話をしていたため、そこまで気にしていなかったカシャンカシャンというコピー機が動く音しか耳に届かない。
……眠たくなるな、これ。
眠気と戦う覚悟を決めつつ、過去問のコピーの束を手にした俺の耳に、
コンコンコン
と、扉をノックする音が届いた。
冬華ではないだろう。まだ飲み物を買ってから帰ってくるほどの時間はたっていないし、そもそもノックもしない。
印刷室を使いに来た他の生徒か、先生だろう。
「はい」
俺が答えると、扉が開かれた。
そして、印刷室に入ってきたのは真桐先生だった。
「池さんもいると聞いていたのだけど、友木君一人かしら?」
「あいつは今、飲み物を買いに行ってます」
「そうだったの、間が悪かったわね……」
少し気まずそうな表情を浮かべた真桐先生。
間が悪かったとは、どういうことだろう。
「……手伝いをしてくれている二人に、差し入れを持ってきたんだけど。もう少し早く来るべきだったわ。そうすれば、飲み物を買うことも無かったでしょうし」
そう言って、先生は手に持っていたビニール袋を適当な机の上に置いた。
そこには、お茶が二本とお高めのカップアイスが二つあった。
「……良いんすか?」
「ええ。この作業、なかなか大変でしょう?」
「まぁ、肉体的にというよりも、精神的に大変っすけど」
「そうかもしれないわね。そういうわけで、池さんが帰ってきたら、二人で食べなさい」
「うす、ありがとうございます」
俺のお礼に、真桐先生は穏やかに笑う。
「良いのよ、気にしないで。いつもありがとう。生徒会の皆も、助かっているわ」
「……暇なだけっすから」
俺の答えに、真桐先生は笑みを深めた。
「最近、学校はどうかしら?」
「冬華もそうですけど。生徒会の田中さんや鈴木とか、ちゃんと話をしてくれる人が増えたっすね。外見で避けられてばかりだったんで、ありがたいっす」
「そう。それは、良かったわね」
「これも、池と真桐先生のおかげっす」
俺が照れくささを堪えながら感謝の気持ちを伝えると、真桐先生は意外にも、少し怒ったような表情を浮かべた。
「いいえ、これまであなたが真面目に頑張ってきたからよ。あなたの行動を見てくれる人はちゃんといるし、これからもきっと増える。私が、保証するわ」
あくまで自分は何もしていない、俺がやってきたことの成果だと、真桐先生は告げる。
すごく、有難いことだと思う。自分のやってきたことをちゃんと見てくれる人がいることにも、嬉しくなる。
それでも、俺は自分の力だけで受け入れられたとは、やはり思えなかった。
「それでも。池と真桐先生が俺を認めてくれているっていう影響は、やっぱ大きいっすよ」
「本当に……私は何もしてないわ」
俺の言葉を聞いて、真桐先生は寂しそうな表情を浮かべた。
「先生?」
どうしたのだろうか、そう思い問いかけようとしたところで、
「ただいまでーす……って、あれ。真桐先生? どうしたんですかー?」
ガラッ、と扉を開けて入ってきたのは冬華だった。
「ええ。手伝いをしてくれる二人に、差し入れとお礼をね。ありがとう、池さん」
「え、いや別にそんな。お礼を言われるようなことでもないですし。てか、わー、このアイス食べて良いんですか? 先生太っ腹―♡」
冬華は差し入れのカップアイスに目を奪われながらそう言った。
「もちろんよ。こんなことしかできなくて、申し訳ないくらい。……それじゃ、私は生徒会の方にも顔を出しておくわ」
「はーい」
真桐先生の言葉に、冬華はそう返事をし、俺も会釈をした。
そして、すぐに印刷室を出て行った先生。
結局、あの寂しそうな表情の理由は聞くことができなかった。
「チョコチップと……あ、もう一個は新味だ! 先輩、私こっち食べて良いですか?」
「ああ」
「やったー♡」
嬉しそうにはしゃぐ冬華から、頼んでおいた缶コーヒーとカップアイスを受け取る。
「あれ、先輩暗い表情してますね? やっぱりチョコチップよりこっちの方が良かったんですか? でもダメですよ、私もう食べちゃってますし。一口位なら上げても良いですけど……」
どうやら俺は浮かない表情とやらをしていたらしい。
冬華が気遣って、そんなことを言ってきた。
「気にするな。考え事をしていただけだ」
「え……っ? 先輩が、考え事? 似合わないんですけどー……」
「ちょっと俺のこと馬鹿にしすぎだろ、その発言は」
「ま、何事もなくて良かったです! これで、心おきなくアイスを堪能できるんですから♡」
冬華は俺のツッコミを無視して、アイスを食べ続けた。
アイスを幸せそうに食べている様子を見ていると、こちらの毒気も自然と抜けていく。
……まぁ、真桐先生のことは、今は良いか。
もしかしたら、また聞く機会があるかもしれないしな。






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