お終い
――池たち生徒会メンバーとのバンド演奏は、盛り上がりの中、無事に終わった。
そのすぐ後に、文化祭の閉会式がはじまった。
閉会式の最中、1,2年と部活動の出し物を対象に、来場者アンケートによる投票結果発表が、文化祭実行委員長により行われようとしていた。
展示の部、ステージの部、出店の部の3つの部で、それぞれ最優秀のクラスが選ばれるものだ。
(ちなみに、有志によるバンド演奏や出店は投票の対象とならない。)
「それでは、これより各部門の最優秀クラスを発表します――」
☆
「――というわけで、ステージ部門最優秀賞、おめでとう!! みんな、お疲れさまでした!」
いつもの教室に、クラスメイトが勢ぞろいしていた。
理由は、今皆の前で言った池の言葉だ。
……そう。
この2年A組は、見事ステージ部門で最優秀賞を獲得していた。
閉会式でも存分に喜びを分かち合ったのだが、未だに興奮は冷めない。
教室に戻ってきてから、他のクラスに憚ることなく、こうして自分たちの教室で喜びを分かち合っていた。
「私の才能が、ようやく認められて嬉しい……」
満足気に呟くのは脚本担当の山上だった。
その通りだと言ってあげたかったが、基本は美女と魔獣のパロディだし、素直に喜ぶのはどうだろうか……と思い、結局声をかけるのはやめた。
「やったね、優児君!」
とても嬉しそうに笑いながら、夏奈が俺に向かって言った。
「ああ、やったな。……夏奈のスケバンの恰好が、大好評だったからか」
俺が言うと、夏奈が照れくさそうに頬を赤く染めてから、
「優児君のヤンキーコスプレも、意外と良かったよ」
「それは……どうだろうか」
俺が夏奈の言葉に苦笑をしていると、
「文実からアンケート結果のコメントを教えてもらったんだが。父兄には、衣装や脚本がコメディとして受けたのが良かったみたいだ。それと……一部の在校生には、優児の名演が効いたみたいだな」
今度は池が、そう声をかけてくれた。
「そうだったら、嬉しいな」
俺の答えに、夏奈と池は、微笑んだ。
「あ、友木! 後夜祭はもちろん参加するんだよな?」
不意に、背後から背中を叩かれる。
振り返ると、朝倉だった。
「後夜祭、か」
キャンプファイヤーをして、思い思いにはしゃぐあれがあるらしい。
後夜祭は強制参加ではなかったと思うので、どうしようかと思っていた。
「新入生歓迎会の時は振られたけど、今日はちょっとくらい付き合ってくれよ? ……流石に、冬華ちゃんよりウチのクラスを優先してくれとは言えないけどな」
「ああ、そうする」
俺は朝倉に答えた。
俺と一緒に騒ぎたい、なんて言ってくれているのだ。断るわけがなかった。
「今日くらい、冬華ちゃんよりクラスを優先してね。優児君?」
しかし、俺の返事に、夏奈は不満そうに頬を膨らませた。
「まぁ、冬華と後夜祭の話をしてなかったし……聞いてみるか」
苦笑をして、夏奈に答えてから、俺はスマホを取りだす。
『冬華は後夜祭参加するか?』
俺は冬華にメッセージを送った。
すると、すぐに返信が来た。
『今日は疲れちゃったので、帰ろうと思います』
『その前に、ちょっとだけお話できませんか?』
送られてきた2通のメッセージ。
冬華にしては珍しい。
ここぞとばかりに、「後夜祭でイチャイチャしないでいつイチャイチャするんですか!?」というようなことを言われると思っていた。
『ああ、良いぞ』
『それなら、屋上で待ってますね』
冬華のメッセージを見て、俺は夏奈たちに向かって言う。
「悪い、今からちょっと冬華と話してくる。その後、皆と合流する」
俺の言葉に池は無言で頷き、
「おう、忘れるなよ!」
と朝倉は答え、
「遅くなったら、迎えに行くからねっ!」
夏奈は不満そうにそう言った。
「おう、それじゃあまた後で」
そう言って俺は、屋上へと向かった。
☆
屋上の扉を開くと、そこには既に冬華が待っていた
「あ、早かったですね、先輩」
「冬華こそ、早かったな」
「あのメッセージ送ったときには、私屋上にいたので」
寂しそうに冬華は笑い、言った。
「屋上にいたのか?」
疲れていたと言っていたし教室で休んでいると勝手に思っていた。
どうして、わざわざこの場にいたのだろうか。そう思って問いかけると、
「この場所が良いって、思ったからです」
緊張した様子の冬華。
なんだか、普段と様子が違う。
「先輩に、大事な話があるんです。……聞いてくれますよね?」
真直ぐに、俺を見て冬華は言った。
決意の宿る瞳。一体何を言うつもりなのか、分からなかったが……。
どうしてか無性に、ざわついた。
「今じゃなきゃダメなのか? 具合、悪いんだろ?」
「今じゃなきゃ、ダメなんです」
俺の問いかけに、冬華は頷いた。
遠くから、騒々しい声が耳に届いた。
きっと、校庭で後夜祭の準備をしている生徒の騒ぎがここまで聞こえているのだろう。
俺と冬華は互いに無言なのに、どうしてか周囲の物音は、やけにはっきりと聞こえた。
無言のままの俺に対し、彼女は寂しそうに笑いながら、口を開いた。
「お終いにしましょう、先輩」
「――悪い、聞こえなかった」
俺は、咄嗟にそう答えていた。
雑音は、消えていた。
彼女の言葉は、はっきりと俺の耳に届いていた。
言葉は聞こえていたのに、その意味を、俺は理解できなかった。
――いや。
普段と違う雰囲気の、緊張した面持ちの冬華を見て。
俺は、彼女の言葉を、拒絶したかった。
もう、この話はやめてくれ。
いつもみたいに、笑いながら「冗談ですよ」と、そう言ってくれ。
俺の内心の祈りは――。
「『ニセモノ』の恋人は――今日でお終いにしましょう、優児先輩」
真直ぐに俺を見つめてそう言った冬華には。
残念なことに、届きはしなかった――。