58、PM11:00
「お、もう始まってるな」
講堂につくと、既にバンド演奏の一組目が始まっていた。
前方の観客は立ち上がり、既に盛り上がりを見せている。
「私たちは座っときましょっか」
「そうだな」
俺と冬華は、空いていたパイプ椅子に座る。
「テンション高いからですかね、なんかあっつー」
冬華はそう言って、パンフレットをうちわ代わりにして自分を扇いだ。
「だろうな」
俺は一言応えて、パンフレットに目を落とす。
1組目は、2年の5人組。
90年代の人気バンドのカバーをしている。
「そう言えば、生徒会メンバーって何組目ですかぁ?」
冬華が、風を俺に送りながら問いかける。
「4組目。折り返し一発目だな」
バンド演奏は6組予定されており、すべてのグループの演奏が終わった後、文化祭実行委員20名程度の投票により、最優秀グループを決める。
選ばれたグループは、最後にもう一曲演奏を披露する。……というのが、恒例らしい。
「それじゃ、先輩的にはそれまで退屈ですね?」
俺の言葉を受けて、冬華は気を使うようにそう言った。
「そんなことないさ。こういうお祭りの雰囲気は慣れていないけど……まぁ、楽しいしな」
首を振って答えると、
「それなら、しばらく一緒に、まったりと聴いておきましょうか」
冬華が俺に寄りかかりながらそう言った。
甘い、良い匂いが鼻腔をくすぐる。
身をよじり、冬華から離れようとすると、彼女は「恋人が逃げちゃだめじゃないですかー?」と揶揄うように言った。
「暑いんじゃなかったのか?」
「私たちは今、アツアツですけどね?」
「……確かに暑いし、離れるか」
ドヤ顔で言う冬華に、ため息を吐いてから、彼女の身体を押し返す。
「もー、照れすぎじゃないですか、先輩?」
上目遣いに言う冬華に、俺は
「てれるからやめてくれ」
と言う。
「棒読みっ! 適当すぎじゃないですかぁ!?」
と彼女は抗議の声を上げた。
「あ、一組目終わった……」
冬華と他愛のないやり取りをしていると、いつの間にか1組目の演奏が終わっていた。
「途中から来たってのもありますけど、あっという間でしたね」
「ていうか、全然聞いてなかったな……」
苦笑を浮かべる冬華と同じように、俺も苦笑を浮かべた。
その様子を見て、冬華は閃いたような表情を浮かべて言った。
「あんまりイチャイチャしすぎて、アニキたちの演奏を聞き逃さないようにしなくちゃいけませんね?」
「それは大丈夫だろ」
「これはフラグですね……」
即座に反応し、俺の反応を楽しそうに窺う冬華に、俺は「そんなことないはずだ」と、一言だけ呟くのだった。
☆
それから、2組目3組目の演奏が終わった。
二組とも、会場を盛り上げており、雰囲気も良かった。
そこで登場するのが――。
「次、生徒会メンバーですね」
隣の冬華が、俺に向かって言う。
「ああ、楽しみだ」
アナウンスが流れ、幕が上がり、池達生徒会メンバーが登場した。
その瞬間、会場が沸いた。
「きゃーーーー春馬くーーん!!!」
「待ってたよーー」
一際テンションの高い黄色い声援が講堂の中で反響する。
池は微笑みを浮かべて、観衆の声に応える。
それから、緊張でがちがちになっている黒田と白井に一言声をかけた。
二人は嘘のように柔らかく笑い、それから一定の緊張を感じられる表情になった。
全員が目を合わせ、呼吸を合わせてから、演奏が始まった。
池のギターと鈴木のベース、竜宮のキーボードが奏でるメロディーに、二人の一年生が声を乗せる。
以前聴いたときの、音痴でも、くせの強い歌声ではなかった。
心地よく、耳に届いてくる。
「結構……上手ですね」
隣の冬華が感心したような表情を浮かべた。
「そうだな」
「ていうかこのバンドの曲、私結構好きなんですよー」
「そう言えば、以前カラオケに行った時、このバンドの歌を歌ってたな」
「覚えててくれたんですね、嬉しいですよ?」
冬華の言葉に、俺は「まあな」とだけ答える。
それから二人で、改めて演奏に聴き入った。
一曲目が終了し、池のMCが始まる。
「みんな、文化祭楽しんでるかっ!?」
「楽しんでるよー」
「サイコー!!」
池の言葉に、
「楽しんでもらえてるようで何よりだ」
「なんか固いぞー、池―!!」
観客からの野次に、
「真面目な生徒会長だから、面白いことを言えなくても仕方ないだろ?」
と池が苦笑を浮かべて答えると、「ああ、かっこいい……」「そういうとこも好き……」と、会場のいたるところから、そんな言葉が聞こえてきた。
……恋する少女たちには、ギターを構えているだけで、普段の2,7倍程度池がカッコよく見えてるのかもしれない。
続いては、池の紹介により、メンバー紹介が始まり、その後2曲目が始まった。
☆
2曲目3曲目も大盛り上がりのまま終わり、演奏は終了した。
最後にメンバーが一言ずつ挨拶をして、舞台に幕は下りた。
「春馬―!!」
「付き合って――!!」
会場のあちこちから、熱狂的な黄色い声援が聞こえる。
……次のグループ、やり辛いだろうなと俺が考えていると、演奏中終始無言だった冬華の声が耳に届いた。
「……実兄のモテモテっぷりをこうして見せつけられるのは……結構キツイですよー」
振り向くと、冬華が暗い表情を浮かべていた。
確かに、これはちょっと、……いやかなり気まずいだろうなと俺は心中お察しするのだった。