57、不審
「わー、遅くなってすみません、優児先輩っ! 待っちゃいましたよね??」
正門付近に、冬華が到着した。
俺を見て、彼女は申し訳なさそうにそう言った。
「いや、さっきまで真桐先生と話をしていたから、気にするな」
ちなみに、その真桐先生はというと、千之丞さんと遭遇した後、悲しそうな表情してから、うな垂れる実父に冷たい視線を向けて、校外に叩き出しに行っている。
そのため、この場にはもういなかった。
「真桐先生と? ……何を話してたんですか?」
「劇、見てくれてたみたいで。面白かったって」
「そうですかー……」
冬華は苦笑を浮かべて、そう答えた。
どうしたんだろう、と思っていると、
「確かに、凄く面白かったです。……私、許さないとかなんとか、余計なお世話言ってて――。いやー痛かったですよね、すみませんでした」
と、冬華は俺に向かって頭を下げる。
「気にするな。冬華は、俺の心配をしてくれていただけだろ」
「それは……まぁ。そうかもですね」
「じゃあ、何も謝ることはない」
俺の言葉に、冬華は寂しそうに言う。
「先輩のクラスの皆さんは、とっても素敵な人たちですね。……これからきっと、先輩に対して怖がったりって人は、どんどんいなくなって――」
「冬華……?」
彼女の様子が、どこか普段と違ったように見えて、俺は声をかける。
すると、
「……私以外からも、強面イジリとかされちゃうようになるんでしょうねー」
にやり、と笑ってそう言った。
どうやら、揶揄う前振りだったようだ。
「そういうのは、冬華だけで間に合ってるんだけどな」
「おやおや、それは私を口説いてるということですか?」
俺の答えに、彼女は揶揄うようにそう言ったが。
どうしてか、やはりどこか寂しそうに笑うっていた。
☆
それから、冬華と文化祭の出し物を見て回る。
まずは、文化祭と言えば定番のお化け屋敷。
「わー、先輩こわ~い」と冬華が棒読みで言いつつ、俺の腕にしがみついてくる。
全体を見ると、お化け屋敷はチープな出来であり、冬華も全く怖がっていない。
しかし、そのチープさが独特な雰囲気を生み出しており、実のところ、俺は割と怖かった。
……のだが、それ以上に。
「きゃー、せんぱ~い」
「……怨」
「……滅せよ」
冬華が楽しそうに叫んでは、俺に密着をしてくる様子を見て小言で呟く幽霊役男子たちの、俺を妬むような視線が怖かった――。
☆
「お腹すきませんか? なんか買って食べましょーよ」
「そうだな」
冬華と文化祭のパンフレットを見て、食べ物系の出し物を探す。
「あ、タコ焼き食べたいです!」
「……そこは竹取先輩がやってるから」
「じゃあ、違うところにしましょうか!」
俺の一言で前言を速やかに撤回した冬華。
竹取先輩の人望に、俺はにっこりと笑みがこぼれそうになる。
「焼きそばはどうだ?」
「男の子なチョイスですねー、良いですよ」
焼きそばに男女差があるのかは分からないが、冬華に異論はないようだ。
「あ、チーズハッドグもあるー、食べてみた―い」
チーズハッドグと言えば、ちょっと前に流行した、ウインナーの代わりにチーズを入れたアメリカンドッグみたいなものだったはずだ。
「じゃあ、それも食べるか」
俺が言うと、「食べきれなかったら、優児先輩食べてもらっても良いですか?」と冬華はあざとく言った。
「……ちゃんと食べられる量を頼みなさい」
諭すような俺の言葉に、「じゃあ、逆に。優児先輩が買ったものを私がつまみ食いしますねー」と調子良く言った。
「……まぁ、それで良いか」
俺は呆れつつも、冬華の横顔を見ながら、そう言った。
☆
腹ごなしも済まし、その後も冬華と文化祭を回った。
祭りの雰囲気にあてられているのか、はたまたそれ以外の理由かは分からないが、普段のように怖がられることが、少なかったように思う。
俺は、スマホをとりだして現在の時刻を確認する。文化祭も、終わりに近づいていた。
「そろそろ、ステージで有志のバンド演奏があるころだな」
「誰か知り合いが出るんですか?」
俺の言葉に、冬華は首を傾げて問いかける。
「生徒会メンバーが演奏するんだ。……観に行かないか?」
俺の言葉に、「うーん」と考え込む様子をみせてから、
「アニキの演奏なんてまったく興味ないですが……そうですね、行きましょうか、先輩と一緒なら、私はいつでもどこでも楽しいですよっ?」
と、あざといセリフ付きで応えたのだった。
「それは……光栄だな」
俺は苦笑しつつ答え、そして冬華と二人で講堂へと向かった。