55、迷演
劇は順調に進んでいた。
まず、夏奈の美女姿に、会場が沸いた。
出落ち気味のオールドなヤンキー&スケバンスタイルの役者が出て、そのある種滑稽な姿に、観客はウケていた。
今のシーンは、彼女に婚約を申し込む屈強なヤンキーたちが、『北関東愛の超巨乳美少女JKテニススケバン』の夏奈のヨーヨー捌きの餌食になり、ぼこぼこにされていた。
「あたいより弱い男に興味はないね。本気であたいがほしけりゃ強くなって出直しなっ!」
いつもよりドスの利いた声音で、ノリノリで演じる夏奈。
会場の反応を見ると、ここでも笑い声がちらほらと聞こえる。
荒唐無稽なストーリーも、コメディとして受け入れられているようだった。
ちなみに余談だが、テニススケバンなのにヨーヨーを使っていることに関しては、劇中で全く突っ込まれず進んでいた。
それから、舎弟のスケバンが、夏奈の尊敬する熱血体育教師が廃校舎に幽閉されているのを知らされ、無謀にも単身乗り込むことになった。
……とうとう、俺の出番だった。
一度幕が下り、場面転換。
熱血体育教師と再会を果たした夏奈の前に、
「我が廃校舎に立ち入るのは、何者だっ!?」
番長コスプレをした野獣である俺が現れる。
会場に、動揺が走る。
まさか、俺が劇のメインとして登場するとは思っていなかったのだろう。
なんだかんだでメンタルの弱い俺は、これまでならこの場に立ったことを後悔していただろう。
「あたいは北関東愛の超(省略)テニススケバンだよっ! センコーは返してもらう!」
「ふん、小娘が図に乗るな……っ!」
だが、この半年の間で俺もちょっとはマシになっていたようだ。
夏奈のセリフを受けて立ち、会場の動揺を気にすることなく、演技を続ける。
「……そんな、あたいが手も足も出ないなんて」
俺の前で膝をつく夏奈。
彼女を見下ろし、俺は低い言葉で告げる。
「我に喧嘩を売った度胸に免じ、お前はここで見逃す。だがセンコーとはここで、一生のお別れだ」
「……センコーは見逃せ。その代わり、あたいをこの廃校舎に閉じ込めれば良い」
覚悟の決まった表情で、夏奈は告げる。
野獣はその覚悟に敬意を表して、言う。
「ほう、良い度胸だ。気に入ったぞ、女。……貴様は一生、この廃校舎で過ごしてもらう……っ!」
俺は醜悪な笑みを浮かべる。
会場からは、「ヒィッ……!」という悲鳴が聞こえた。
普段ならば凹んでいたところだが、演出意図の通り観客を怖がらせることが出来た。
それが……意外なほど、嬉しかった。
それから、センコーを開放し、夏奈は幽閉されることになった。
――そして、物語は野獣と美女の関係性に焦点が当てられ始める。
ふとしたきっかけで、互いのVシネの好みが一緒だという事を知り、二人は映写室で24時間耐久Vシネ視聴をしたり、廃校舎攻めに来た関西ヤンキーの遠征部隊を共に協力して撃退したり。
いつの間にか、信頼関係が構築されていた。
そして、物語は進み、野獣に呪いをかけた魔女の存在が説明される。
野獣は魔女を倒し、呪いを解きたい。しかし、魔女は関東制覇を果たしており、その一声で配下の千人が集まるのだ。
いかに屈強な野獣と言えども、千人を相手に勝ち目はない。
呪いを解くことを諦めている野獣に、夏奈は言う。
「この間の関西ヤンキーの遠征部隊と喧嘩をしてるとき、あんたはあたいを助けてくれた。借りっぱなしはごめんだよ」
「……何が言いたい?」
「あたいを頼れって言っているんだよ。……ね?」
その言葉に、夏奈と美女が被る。
今のは、ただの演技のはずだ。だけど、夏奈が俺にそう語りかけてくれているようにも感じた。
「……ありがとう」
俺も、自分の本心と野獣の本心が重なっていることに気づいた。
その後、夏奈と共に大立ち回りをするものの、多勢に無勢で追い込まれる二人。
このままではお終い、そう思った瞬間、一度拳を交えて友情が芽生えた関西遠征部隊が助太刀に参上。勢いに乗り、そのまま魔女とその配下千人を倒した。
物語はラストに向け、動いていく。
「さぁ、観念するんだな。お前に勝ち目はない。それが分かったら……俺に掛けた呪いを解くんだ」
――当初の台本では、ここで観念した魔女が野獣の呪いを解き、暗転。
次の瞬間、醜いヤンキーだった俺はいなくなり、ハンサムな王子様の池が現れ、夏奈と結婚を誓い合うことになっていたのだが……。
夏奈が提案したラストは、そうならない。
俺の言葉に、魔女役の木下が、皮肉に笑う。
「呪い……かぃ? あはは、そんなもの、あんたにゃかけてないよ」
「どういうことだい?」
「その男は、呪いによって醜い野獣の姿に、変えられたと思っているんだろうけどね。その強面は、生まれつきさ。あたしが手を加えたのは、その記憶の方さねぇ……。お望みならば、その記憶をもとに戻してあげるよ」
ほい、と良い感じの木の枝を振り、野獣の封印された記憶が解き放たれた。
「……なんてことだ。この強面が、まさか生まれつきだったなんて」
俺の悲壮感たっぷりの演技に、会場からは同情の視線が向けられていることが、なんとなく分かった。
「イィーヒッヒ!! その顔が見たかったんだよ、あたしゃあね……!」
舌舐めずりをして、魔女は叫ぶ。
どうでも良いけど、まじでノリノリだった……。
絶望に打ちひしがれる野獣に、美女が言う。
「顔を上げな、兄妹」
顔を上げる。
視界には、俺をまっすぐに見つめる夏奈がいる。
「あんたにゃ呪いがかけられていないってこと、良ーくわかったよ。……でもよ、そんなことを気にしちゃいけねぇ」
「気にするなだって!? この強面のせいで、俺がどれだけ周囲から拒絶されてきたと思っているんだ!?」
「強面のせいだけじゃないだろ? ……これは、ちゃんと伝えなきゃいけないっておもっていたんだけどね」
「あんたは自分から周囲に理解を得られようと行動をしないくせに、気にくわないことがあれば暴れ、自分の力を誇示し、そしてなにより、自分のことを一途に好いてくれる幼馴染ではなくギャル系の後輩と付き合う。……そんな、極悪非道の限りを尽くした結果だろ?」
……最後の部分は台本にないアドリブだった。
「え、なんかちが……いや、その通りだ」
俺が素で答えようとしたところ、夏奈に胡乱な視線を向けられた。
危ない、夏奈のフォローがなければグダグダになるところだった……。なんかちょっと納得はいかないものの、俺は続けて言う。
「強面は、ただのきっかけだ。我を恐れる者たちや、喧嘩を売ってくる者には、対話を試みることは一度として無かった。力を誇示し、力で従わせてきた」
俺は暗い気持ちで言う。
……野獣は、俺と同じだった。
「でも、今は違う。あんたは、もう昔みたいに暴力だけの男じゃない。自分の気持ちを伝えることが出来る。強面だからと絡まれても、これまでとは違う解決ができるはずさ」
膝をつく俺に、夏奈は手を差し伸べる。
「まずは、狭い廃校舎から飛び出して、もっと広い北関東を見て回らなきゃな。おっと、その前に。これまで迷惑かけちまった本校舎の連中に詫び入れてかねぇとな!」
「俺に……出来ると思うか?」
夏奈は、即座に断言する。
「ビビってんじゃないよ、あんたにはあたいがついてる。それでもできないってんなら、あんたはただの腑抜けたカス野郎になっちまうけど……そうじゃないだろ、ダチ公?」
夏奈の差し出す手を握り、立ち上がる。
そして、二人で固く手を握り合い、観客を見ながら、俺は言った。
「ありがとう、ダチ公。……我はお前と共にならば、きっと変われる。……変わってみせる」
この物語は、ここで終わりだった。
その後、野獣と美女が幸せに過ごしました、めでたしめでたし。……と終わるわけではない。
野獣にとって、これから先何事もなく幸せに暮らせるとは思えない。
それでも、これまでと違い。
誰かを想いやって、友人を作り、時に悩んで時に苦しんで。
そして時に、心底笑える暮らしができるのだと、俺は信じたかった。
☆
幕が下りていく。
観客の表情は、もう見えなくなっていた。
それでも、俺の耳を劈く拍手の音は、確かに届いていた。
「優児君と一緒にこの劇をやれて、本当に良かった……」
拍手の音に紛れて、確かに聞こえる夏奈の呟き。
「……俺もだ」
俺の呟きが彼女に聞こえたかは、分からない。
ただ、夏奈は俺と繋いだ手に、ぎゅっと、力を込めてくるのだった。






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