54、幕開け
講堂に到着し、俺たちはクラスの連中と共に、舞台袖で衣装に着替えてスタンバイをしている。
現在行われているのは、有志の漫才だった。
ほどほどの客入りで、ほどほどに受けていた。場は温まり切っていないが、冷めているわけでもない。
過剰な熱気がない分、次にやる身としてはやりやすいか。
「みんな、本番までもうすぐだな」
本番を控えて緊張している俺たちのところにやってきた池が、その場にいた皆に告げた。
「あ、春馬来たんだ!」
池の登場に、夏奈が声をかけた。
「ああ、本番前くらい、声を掛けたくてな」
池の言葉に、朝倉が反応する。
「あー、緊張する―。今からでも変わってくれないか、池?」
「池君に家来役をやらせるわけないでしょ、ロリコン?」
池ではなく、山上がそう答え、朝倉に向かって不満そうに視線を向ける。
それから、木下も同じように朝倉を見た。
……朝倉ガールズと一緒にいるところを見られていたようだ。それから、二人は少々ご機嫌斜めの様子。
「おーい、だから俺は別にロリコンじゃないっての……。くそー、友木ぃ、助けてくれよー」
と俺に泣きつく朝倉。
「……あんまりいじめてやるなよ」
俺が山上と木下に言うと、二人は軽くにらんできた。
黙っておけということだろうが、こうしてクラスの女子に、怖がられることもなく睨まれるなんて、これまでの嫌われて怖がられてばかりだった俺からは、全く考えられない成長だった。
「……感慨深いな」
俺がそう呟くと、
「なんで笑ってんの、友木……?」
と、朝倉が少々引いた様子で言った。
同じように、山上と木下も、先ほどの態度とうってかわり、困惑した様子で俺を窺っていた。
「優児は去年の文化祭をサボっているからな、こうして舞台に立とうとしている今、感慨に耽るのも仕方ないだろ」
池がすかさずフォローをしてくれる。
「ああ、なるほど」
朝倉はそう言って、微笑みかけてくれた。
それは他の皆も同じだった。
その優しい微笑みを見て。
……女子に物怖じされずに睨まれるくらいクラスに馴染めて感慨深かったと呟いたことは、絶対内緒にしておこうと思った。
「もうすぐ本番だ。俺がやれることはないが……緊張するなって言っても無理だと思うが。楽しんできてくれ」
池の言葉に、俺たちは頷く。
「MVP目指すからね!」
「見ててくれよな!」
池に向かって、木下と朝倉が言う。
池は笑い、それから俺と目が合った。
俺は彼に向かってサムズアップをして見せる。
すると、池は微笑んだ。――どうしてか、それが少しだけ寂しそうに見えた。
その違和感を確かめるよりも前に、
「優児君、そろそろ始まるよ」
と、夏奈から声をかけられる。
見れば、漫才をしていた生徒が舞台から去っている。
幕が下り、クラスの小道具班が舞台の準備をしているところだった。
もうすぐ、劇が始まる。
「おう。……頑張ろう」
俺はそう、自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。
みんな、今日のために一生懸命に頑張っていた。メインを任された俺が、台無しにするようなことは出来ない。
「優児君、力入りすぎだよ? 春馬も言ってたでしょ? まずは、楽しむことを考えなくっちゃ」
「私は、優児君と一緒に舞台の上に立つのが、楽しみだよ。……優児君はどうなの?」
「俺は……怖いな」
俺が舞台に立てば、俺を良く思わない連中から何を言われるか分からない。
もし、大勢が俺の姿を見て講堂から立ち去ったらと考えると、怖い。
……だけど。
「でも、それ以上に楽しみだ」
きっと、そうはならない。
なんてったって、この学校のアイドルである夏奈の、珍しいスケバン姿を拝めるのだから、俺を視界に入れる不快感を差し引いても、多くの人間はその場にとどまり続けるに違いない。
だから俺は、池や夏奈が言う通り。
気楽に楽しむことを考えれば良いのだろう。
「……うん、リラックスできたみたいだね」
俺の表情を見て、夏奈は柔らかく笑う。
それから、劇の開始を告げるアナウンスが流れる。
「それじゃ、お先に!」
そう言って、夏奈は舞台へ進む。
彼女が舞台の中央に立つと、幕が上がる。
――こうして、本番の舞台が始まるのだった。