52、合流
竹取先輩から逃れた後、ポケットに入れていたスマホに着信があった。
「出て大丈夫だよ」
夏奈も気づき、そう言ってくれた。
俺はスマホを取り出し、画面を見る。
そこには、朝倉の名前があった。
通話の文字をタップし、スマホを耳にあてると……。
『あ、友木か!? 悪い、今良いか?』
『おう、大丈夫だ』
『今、茜たちが来たから合流したんだ。これから、甲斐にもらった割引券を使いに、一緒に一年の喫茶店に行かないか? というか一緒に行ってくれませんか? 自分の通っている高校の敷地内で6人の女子小学生に囲まれている現状、意外なほどに落ち着かない……! というのは建前でみんなも、友木に会いたいみたいだしさ』
朝倉の焦燥感が、声から伝わる。本音と建前が逆になっているような気もする。
しかし、朝倉の頼みを無下に断るつもりはないし、紅葉ちゃんとも文化祭で会う約束をしている。
もちろん、ご一緒させてもらおう。……と、答える前に。
『ちょっと待ってくれ』
と一言断ってから、夏奈に問いかける。
「今、朝倉から電話があって。紅葉ちゃんたちと一緒にいるらしいんだけど、一緒に冬華のところの喫茶店に行かないか、って誘われてるんだが、夏奈も一緒にいかないか?」
俺の言葉に、
「私も大丈夫なのかな?」
と問いかける。
「大丈夫だろう、夏奈だって、みんなと一緒にバレーをしてるんだ」
「……優児君と二人きりのデート、もっと楽しみたかったけど、そうだね、久しぶりに皆に会ってみたいかな」
夏奈の言葉を受け、俺は苦笑しつつ「決まりだ」と応じてから、
『待たせたな、朝倉。一つ確認なんだが、今夏奈と一緒にいるんだけど、二人で行っても良いよな?』
俺の問いかけに、朝倉はすぐに答える。
『もちろん、大歓迎だ! それじゃ、今から教室の前に集合して、一緒に入ろう』
『おう』
と答え、通話を切った。
「教室前にいったん集合だと」
「りょーかい!」
俺の言葉に、夏奈はあざとく敬礼をしてそう言った。
「っと、そう言えば。冬華ちゃんのクラスの喫茶店って、普通の喫茶店?」
「いいや、コンセプトカフェって言ってたから、ちょっと捻ってるんじゃないか?」
夏奈の言葉に、俺は答える。
それから、パンフレットを広げて、冬華のクラスが何をしているのかを確認する。
「ええと、冬華のクラスは――『メイド&執事喫茶』。……三周くらい遅れてるような気がする」
なんて安直な考えなんだ、と俺が思っていると、夏奈が「メイド……?」と硬い声で呟いた。
「どうした?」
「……優児君、もしかして冬華ちゃんのメイド服姿がお目当てなの?」
「冬華のメイド服姿が目当て? そんなことないぞ、どうせ似合っているに決まっているんだ。調子に乗った冬華におちょくられるところまで、容易に想像できる」
そう答えると、夏奈は「うぅ~……」と不満そうに俺を見る。
何故だ、と考えてすぐ。口が滑っていたらしいことに気が付いた。
「……いや、何でもない。教室に急ごう」
俺の言葉に、
「ちなみに、私のメイド姿は?」
と、夏奈が問いかけてきた。
俺は少しだけ逡巡してから、
「どうせ似合ってるんだろうな」
と、正直に答える。
「ふ、ふーん、そっかー、ふーん」
俺の答えを聞いた夏奈は、ニヤニヤと笑ってから、
「それじゃ、今度答え合わせしなくっちゃね?」
甘えるような声で、そう言う。
「間に合っています……」
狼狽えながら俺が言うと、夏奈は無邪気に笑うのだった。
☆
「……目立つな、あれは」
「そうだね、あの女子小学生集団は、目立っちゃうね」
教室に着くと、既にそこには朝倉with朝倉ガールズがいた。
俺と夏奈は少し離れたところで、朝倉たちの様子を見ていた。
朝倉を中心とした女子小学生の円が出来ている。
なんて恐ろしい奴だ……、と俺が思っていると、朝倉もこちらに気づいたらしい。
「お、友木、葉咲! こっちだ!」
俺と夏奈はその声に頷いて、朝倉たちの下へ向かった。
「待たせたな、朝倉。みんなも、悪いな」
「久しぶり、みんな! 元気だったかな?」
俺と夏奈の言葉に、女子小学生Sは、「久しぶりー!」「来たよー!」など、元気いっぱいに答えた。
「優児さん、こんにちわ!」
そう言って俺に駆け寄ってきたのは、紅葉ちゃんだった。
「よう、この間振りだな」
俺が答えると、
「うん、そうですね」
と言う。
それから、紅葉ちゃんは夏奈を一瞥した。
「葉咲さんは、お久しぶりですね」
「え、う、うん。……ん、これは……うーん?」
紅葉ちゃんを見ながら何やら唸る夏奈。一体どうしたのだろうか?
そう思っていると、紅葉ちゃんが俺に向かって手を差し出してきた。
「……どうした?」
「初めてきた場所だから、迷子になったら困る。……エスコートをしてくれると、嬉しいです」
紅葉ちゃんは、頬を赤くしながら、震える声でそう言った。
確かに、初めてきた場所で迷子になるのは怖い。恥ずかしさを堪えてでも、俺に手を握ってもらった方が安全と思ったのだろう。
それなら、と思って彼女の手を取ろうとしたところ、
「そうだよねー、迷子になったら困るよね? 私が紅葉ちゃんの手を握ってあげるから、大丈夫だよー」
夏奈が割り込んで、紅葉ちゃんの手を取った。
夏奈は優しいな、と思っていると、
「葉咲さんはいいです」
と、紅葉ちゃんが硬い声で答える。
彼女は人見知りが激しいから、まだ親しくなっていない夏奈に遠慮したのだろう。
「ううん、遠慮しないで? 仲良くしようね、紅葉ちゃん?」
そのことに気づいたのだろう夏奈は、優しく微笑んだ。
これを機に仲良くなってくれれば良いな、と思っていると、
「修羅場だ……」
眼鏡を掛けたクールな翠ちゃんが、意外な言葉を呟いた。
他の女の子たちもうんうんと頷いている。
「頑張れ、お姉ちゃんは紅葉を応援しているよ……!」
桜ちゃんは拳を固く握って呟いた。
一体どういう事なんだろう……?
「……そろそろ、喫茶店に入ろうか」
朝倉が苦笑しつつ、そう言った。
俺たちは頷いて、本日限り喫茶店になっている教室に足を踏み入れた。