51、ツンデレおじさん
文化祭当日。
講堂に集まる全校生徒、文化祭の式は文化祭実行委員により進められ、新生徒会長の池の挨拶が始まる。
生徒会長らしく、模範的な言葉に時折ユーモアを交えた挨拶を、ごく自然な口調で告げていく。
池がただ話しているだけなのに、学年関係なく女子生徒の黄色い声があちこちから聞こえてくる。
舞台袖に控え、緊張した面持ちの新1年生役員の隣で、うっとりした表情を浮かべる竜宮も、池の晴れ舞台に内心大喜びに違いない。
池の挨拶は短めに終了し、文化祭実行委員長の挨拶が始まった。
池の後、やりにくいだろうな、と思っていると、委員長は緊張のためか、いきなり噛んだ。
しかし、それがウケた。会場の雰囲気にリラックスが出来たのか、以降は順調に話を進めた。
「それでは、これより文化祭を開催しますっ!」
委員長の言葉により、会場のテンションは上がる。
こうして、高校生活二年目にして初参加の文化祭が、幕を上げた。
☆
その後、俺は教室に戻った。
ほとんどの生徒は、各クラスを回っているのだが、俺が一人で迂闊に周辺を回っていると、委縮してしまう人間もいるだろう、
とはいえ、喫茶店など出店をしているわけではないし、約束していた冬華の休憩時間までも時間があり、しばらくやることはなかった。
どうしようかと思っていたところ、
「あ、優児君。やっぱりここにいた!」
と、教室に入ってきた夏奈に声をかけられた。
「ああ、夏奈か。どうした?」
「優児君を探してたに決まってるでしょ?」
上目遣いにこちらを窺う夏奈が、続けていった。
「一緒に、文化祭回ってくれないかな?」
夏奈の質問に、俺は逡巡してから答える。
「あー……、冬華の休憩時間に、文化祭を回る約束をしているから、それまでなら」
夏奈も一緒に三人で回っても良いかもと思うのだが、『ニセモノ』の恋人としてなら、二人で見て回る必要があるだろう。
俺の答えに、夏奈は暗い表情を浮かべた。
「もしかして私って、都合のいい女の子……なのかな?」
か細い声で呟き、俯いた夏奈。
「いや、そんなことはっ……」
と慌てて俺が言うのだが、言い切る前に夏奈の口元がニヤニヤと笑っているのに気が付いた。
「……勘弁してください」
俺はうな垂れつつ言う。
「優児君が私に靡いてくれるまで、勘弁しないよ?」
可愛らしく微笑む夏奈。
それから、夏奈と一緒に教室から廊下に出た。
歩き始め、まずはどこに行こうか、と問いかけようとしたその時、夏奈から「あ」と呟いてから、
「そういえば教室に来る前、優児君のお父さんと少し話したよ」
と言った。
俺はその場で立ち止まる。
それは俺の親父ではない。千之丞さんだ。
……と言えるわけもなく。俺は夏奈に対して「あ、ああ」と曖昧に笑う。
やはり、俺の父と身分を偽り、真桐先生の様子をここぞとばかりに見に来たらしい。あの親バカめ……、
「仲良いんだね、お父さんと」
夏奈も立ち止まり、俺の方に振り返って言った。
「……ま、まあな。ちなみに、何か話をしたか?」
「講堂で劇をやることを話して、それから、私がヒロインで、優児君が主役をするって言ったよ。なんだか、とっても嬉しそうだったけど、優児君からは話してなかったの?」
……今の話のどこに喜ぶ要素があったんだろうか。
「ああ、機会がなくてな」
そう答えてから、ふと、廊下の窓から中庭を見る。
驚いたことに、浮かれた生徒の中に、やたら落ち着いたナイスミドルの姿を偶然見つけた。
「すまん夏奈、少しだけ教室で待っててくれ。千……親父に伝言があるんだった」
中庭を見ながら言うと、夏奈も千之丞さんの姿を見つけたらしい。
「それなら、私も一緒にもう一度ご挨拶に行っても「こればっかりは勘弁してくれ!」……むぅ」
俺の言葉に、夏奈は頬を膨らませた。
それから、
「たこ焼き、ご馳走してくれるなら……待っててあげる」
と呟いた。
「ああ、たこ焼きな」
俺が答えると、夏奈は微笑んでから、
「それじゃ、教室で待ってるね」
と言って、教室に向かった。
彼女と別れ、俺は中庭へと向かった。
☆
「あの、千之丞さん……」
人混みから、俺は千之丞さんを探し出し、声をかけた。
「……おお、優児君かっ! 久しぶりだね」
一瞬、怪訝そうに目を細めたが、俺と気づくとすぐに破顔した。
「どうも、お久しぶりです。……何をしに来たかはあえて聞かないんですが、真桐先生にはもう会いましたか?」
「千秋にかい? いいや、まだ会っていないな」
「ちなみに、今日来ることは真桐先生に話していないですよね?」
「ああ、千秋はどうやら恥ずかしがっているようでな。ただやはり、優児君の様子を堂々と見られる日なのだから、逃す手はないと思ってな」
真桐先生の様子を見に来るという本音を、よくわからない建前で隠すツンデレおじさんこと千之丞さん。
「……真桐先生には見つかると、また強制送還されると思うんで。用事が終わったらすぐに帰ってくださいね?」
俺が千之丞さんに耳打ちすると、彼はうむ、と頷いてから、
「心配はいらんさ」
と、サムズアップして微笑んだ。
……本当に大丈夫だろうか
「優児君の劇を見終えるまでは、帰るわけには行かないだろう」
「……そんなことはないと思いますが」
狼狽えつつ、俺は答える。
しかし、彼はダンディに微笑んでから、
「緊張をするかもしれないが、一度きりの高校二年生の文化祭だ。精一杯楽しみたまえ……」
と、優しい声音でそう言った。
「……うす」
「それでは私は失礼するよ」
俺の反応に、満足そうに頷いてから、千之丞さんは俺に背を向け歩いて行った。
……親バカが暴走しなければ、間違いなく人格者なのに。
人混みに消える背中を見ながら、せめて真桐先生に見つかることなく家に帰れるように、人知れず祈りをささげるのだった。