50、ナイトルーティン
文化祭前夜。
わくわくして夜眠れない、というわけでもなく、翌日に備えてゆっくり休もう。
そう思っていると、スマホに着信があった。
通知画面を見ると、冬華からだった。
応答の文字をタップする。
『こんばんは、愛しの彼女ですよー』
『……おう』
テンション高めの冬華に、俺は相反したテンションで応じた。
『テンション低いですねー、もっと慌てふためいたり、照れたりしてくれないとつまらないじゃないですかぁ』
『悪いな、それで、どうかしたのか?』
『寝る前に電話なんて、いつものルーティンじゃないですかぁ?』
揶揄うような言葉に、俺は冬華に諭すように言う。
『……酔ってるのか? 未成年飲酒はダメだぞ、冬華』
『シラフですけど!?』
大声の反応に、俺は瞬時に耳元からスマホを離した。
それから、恐る恐るもう一度耳元にスマホをあてる。
『そ、そうか』
『……まぁ、そのテンションも大目に見ておいてあげましょう。ところで先輩。明日の文化祭のことで、私に言っておく事はないでしょうか?』
『冬華に言っておくこと……』
その問いかけに、俺は一つ心当たりがあった。
俺はまだ、彼女に劇の主役を演じることを告げていないのだ。
流石に、池あたりから話を聞いたのかもしれない。
わざわざ言う事でもないと思っていたし、気恥ずかしさもあったから、これまで黙っていたのだが……。
冬華としては、『ニセモノ』とはいえ恋人の俺が、劇で演じる役くらい把握していないと、クラスメイトに突っ込まれた時に困るのかもしれない。
もしくは、単純に秘密にされていたのが不満だったのかも。
『あー、文化祭の劇で、主役を演じることになったんだ。美女と野獣……みたいな話の、もちろん野獣の方』
俺の言葉に、しばし無言の冬華。
電話だと、相手の表情が見えないので、何を考えているのか分からない。
『それって、大丈夫なんですか? 優児先輩をネタにして、話題を作りたいだけじゃないんですか?』
冬華の声は、固かった。
一体なぜ、彼女が急に電話をしてきたのか、分かった気がした。
『心配してくれてるんだな、冬華』
『優児先輩は、お人好しなところありますから。それで、クラスの人たちに気を使って、受けたんじゃないかって思ったんですけど』
冬華は、俺の言葉を否定しなかった。
『クラスの連中に言われた時は、俺も面食らった。だけど、安心してくれ。冬華が心配するようなことはない。クラスの連中はみんな……良い奴らばっかだから』
『優児先輩のクラスには、朝倉先輩がいるし、葉咲先輩も、あのアニキもいるわけだし、大丈夫……だとは思ってますけど。……念のため。優児先輩が笑い者になったら、絶対許しませんからね?』
『ああ、もちろん。だから、冬華にも観に来てほしい』
『当たり前です、観に行くに決まってるじゃないですかっ』
冬華の答えに、「ありがとう」と、俺は一言応えた。
『……それと、ですね。もう一個、何か私に言う事はありませんか?』
何があっただろう、と考えた後。
自然と、俺は言葉にしていた。
『……冬華の休憩時間にでも、一緒に文化祭を見て回らないか?』
俺の問いかけに『んんっ!』と呻いたような声が聞こえた。
それから、『コホン』と冬華は可愛らしく咳ばらいをしてから言う。
『せ、先輩がそう言うなら……仕方ないですねー! 私も? 『ニセモノ』の恋人アピールをできるのであれば、こちらとしてもありがたいというか……』
俺が無言でいると、
『……約束ですからねっ。それじゃ、おやすみなさいっ!』
と、早口でそれだけ言って、冬華は通話を切った。
もしかしたら、冬華は俺と文化祭を見て回りたくて、電話をくれたのかもしれない。
……なんて、それは『ニセモノ』の恋人には分不相応な考えかもしれない、と思うのだった。