49、文化祭マジック
休憩時間になり、俺は夏奈と一緒に人気のない非常階段にいた。
手すりを掴んで腕を伸ばす夏奈の隣に、俺は立った。
「……やっぱり、夏奈としては練習時間があんまり取れないのが不安なのか?」
夏奈はどうしても、テニススクールでの練習時間を優先している。
ほとんど授業で割り当てがある時だけの練習だから、いくら自主的に練習していたとしても、不安はあるのかもしれない。
そう考えて問いかけると、
「そう……とも言えるし、そうでないとも言える問題、かな?」
苦笑をして、彼女は答えた。
それから続けて、
「ちなみに、私の演技って……下手くそ、だったりするかな?」
焦った様子で、夏奈は俺に問いかけてきた。
「そんなことはないと思う。セリフをトチることは少ないし、スケバンをしている時の迫力は中々のものだ」
俺が答えると、
「ありがとう。……でも、ちょっと複雑な気もする」
と視線を泳がせて彼女は言った。
「ちなみに優児くんも最近はかなり自然な演技をしてるよね。高校生の文化祭レベルじゃないくらい」
「流石にそれは言いすぎだろ」
夏奈の言葉に、俺は苦笑する。
「ホントなのに」
と不服そうに口を尖らせる夏奈。
彼女の言葉に呆れつつ、俺は無言のままでいた。
すると、夏奈がこちらを見て口を開いた。
「優児くんに私が焦ってるの、気づかれたのは……ちょっと恥ずかしいかな」
「……どうして、恥ずかしいんだ?」
夏奈は、「だって……」と小さく呟いてから、
「折角文化祭で一緒、に劇の練習とかしてるのに、全然優児君の好感度稼げてないんだもんっ!!!」
と、非常に悔しそうにそう言った。
「……は?」
「普通、一緒のクラスで文化祭の練習あったら、色々ときめくことあるよね? 所謂文化祭マジックとかも、期待して良いよね!?!?」
「……え、ちょっと」
戸惑う俺をよそに、ヒートアップし続ける夏奈。
「放課後の時間も、文化祭の練習という名目で、折角一緒にイチャイチャできるチャンスだったのに!! ……テニスを中途半端にするわけにはいかないから仕方ないのかもだけど……残念で仕方ないんだよっ!!!」
全国トップレベルの女子テニスプレイヤーとして残念で仕方のない発言だった。
「このままじゃ、逆転の文化祭マジックも期待できないよ……」
うな垂れる夏奈。
たじろぐ俺。
しばしの静寂の間に、爽やかな風が吹いた。
夏奈は、チラチラと視線をこちらに送っていた。
お道化ているように見えるが……彼女の震える手を見て、その仕草はあえて大げさにしているものだと理解できた。
でも、俺には彼女の求めている言葉を答えられない。
「俺は、楽しいぞ」
そう言ってから、俺は続ける。
「夏奈としては、不十分な文化祭かもしれないけど。友達と一緒に目標に向かって頑張る文化祭なんて、漫画でしか見たことなかったからな」
「わ、私だって。優児君と一緒に参加する文化祭が不服だって言いたいわけじゃないからねっ。あと、友達と一緒に頑張る文化祭ってところは、割とありふれたノンフィクションだよ」
「らしいな。17年生きてきて、今年初めて知れたよ」
俺が笑うと、夏奈もおかしそうに笑った。
「というわけで。これからも一緒に頑張ってくれると、俺としては嬉しい」
「……酷いな、優児君は。そんなこと頼まれたら、頑張るって言うしかないじゃん」
夏奈の言葉に何も言い返せないでいると、彼女は挑発的に笑い、それから俺の胸に指をあてて言った。
「優児君、隙があったら手痛い反撃をするから。気兼ねなく油断しててね?」
「その際は、お手柔らかに頼む」
俺の答えに、
「それは無理なお願いかな~?」
と不敵に微笑む夏奈を見て、その時が来たら、屈しない自信がない俺なのだった。