48、何か良い感じの木の枝
文化祭間近、各クラスでの文化祭準備も大詰めを迎えていた。
当然、俺たちのクラスもそれは一緒だった。
今日は半日の間文化祭の準備に割り当てられている。
ステージ発表のある俺たちのクラスでは、衣装や小道具を用いたリハーサルも予定されていた。
というわけで、今はリハーサル待ちで、クラスの連中と一緒に講堂にいるのだった。
「夏奈めっちゃ似合うじゃーん!」
「超カッコいー」
衣装係の女子の声が聞こえた。
その声に、俺は振り向く。
そこにいたのは、『美女』の恰好をした夏奈だった。
オールドスタイルなロングスカートの紺セーラー服、標準装備と言わんばかりに、手にはヨーヨーを持っていた。
「えー、そう? 似合うって言われると、なんか……複雑かなぁ」
夏奈は苦笑を浮かべて答えていた。
それから、俺の視線に気づいたらしい。
「優児君、めちゃくちゃ似合ってるよね!」
夏奈の言葉に、俺は自らの恰好を見下ろす。
長ランの下には、腹にサラシを巻き、ボンタンを履いて足元は下駄で決めている。
ちなみに、登場シーンでは雰囲気を出すために、そこらへんで拾った葉っぱを口に咥えることになる。勘弁してもらいたかった。
「確かに、めっちゃ似合ってる……」
「他のクラスの子ら、絶対ウチのクラス見ようとして無いけど、絶対友木君が原因だよ……」
……俺の衣装のクオリティは、抜群に良かったらしい。
「学生帽まで被って、いつの時代のヤンキーだよって突っ込みたくなっちゃうね!」
【超監督】の腕章をつけた山上が俺に向かって楽しそうにそう言った。
「……いや、お前こそいつの時代のオタクだよ」
とうとう俺が突っ込むと、
「0年代にはこんなオタクが山ほどいたんだよ!」
とかなりの迫力で言う山上だった。
「そ、そうだな……」
引き気味で俺が言うと、サッと隣に木下が現れた。
「あー友木君めっちゃはまってるね。でも、ハマリ具合で言ったらウチの朝倉も負けてないかもよ!?」
「そ、そうか? このちょい悪感、女子的にはアリなのか?」
照れくさそうに問いかける朝倉。
朝倉の恰好は、短ラン……よりも少し長めの丈の学ラン、下には赤い無地のTシャツをきて、ボンタンを履いている。
髪型は、リーゼントにしてビシッと決めていた。
普段の雰囲気とは全く異なる朝倉だった。
「うんうん! 短ランを着たいけど、そこまで短く改造するのが怖くて、ビビッて中途半端な丈にしちゃった感、中々出せるものじゃないね」
「こんなヤンキーに憧れるパシリ感は、朝倉以外には中々出せないんじゃない?」
山上と木下は揶揄うようにそう言った。
「……俺はいつもとイメージが違って、今の朝倉も良いと思うぞ」
「友木~、お前だけだよ、心の友はっ!」
と朝倉は俺の肩に縋りつきながらお道化て言った。
すると、山上と木下から、視線による無言の圧力を受けた。
あれか、俺が朝倉の好感度を稼いでしまったのがいけなかったのか!?
「と、いうか。木下も中々凄い恰好をしているよな」
俺は木下に目を向ける。
彼女は『魔女』役だ。
夏奈と同じように紺色のロングスカートと、同じ色のセーラー服を着ている。
違いは、頭にとんがり帽子をかぶり、手にはヨーヨーではなく、杖代わりに用意された学校で拾った良い感じの木の枝を持っていることだ。
余談だが、この木の枝は俺と朝倉が見つけたものだ。見つけた時はなぜか知らないが滅茶苦茶テンションが上がっていて、山上・木下はもちろん、夏奈ですら俺たちの異様なテンションに若干引いていた。
「ああ、それにしても相変わらず良い木の枝だな」
朝倉の言葉に、山上と木下は残念そうな物を見るような目で、朝倉を見ていた。
「え、良い枝だろ? 友木もそう思うだろ!?」
「あ、ああ。そうだな」
見つけたときほどのテンションではなかったが、杖っぽい良い感じの枝であることは間違いない。
「友木~、お前だけだよ、心の友はっ!」
と朝倉は俺の肩に縋りつきながらお道化て言った。
すると、山上と木下から、視線による無言の圧力を受けた。
久しぶりの天丼ネタだった……。
「2-Aさん、リハーサルお願いしまーす」
文化祭実行委員の案内により、俺たちはリハーサルを行うのだった。
☆
「良い出来だったんじゃないか、皆?」
そして、リハーサルが終わった後。
演者ではない池が、演劇を見た感想を口にした。
「やっぱそうだったよな?」
「これ結構面白いよね?」
「マジで良いところいけるんじゃん!?」
クラスメイト達が盛り上がる。
俺も、いい線行っているんじゃないかと思っていた。
盛り上がるクラスメイト達の中で、僅かに、表情を暗くしている人物を見つけた。
それは……メインヒロインの夏奈だ。
先ほどのリハーサルでも、特に問題はないようだった。
しかし、それでも彼女はやはり、どこか焦りを感じた。
朝倉から、一声かけてみたら良いんじゃないかと言われたことを思い出す。
俺はその言葉に従い、夏奈に声をかける。
「なんだか、暗い表情だな」
俺の言葉に、夏奈は「え、えっ!? そ、そんなことないよ」と慌てた様子で答えた。
「……そうは見えないが」
俺が言うと、夏奈は困ったような表情を浮かべてから呟いた。
「……優児君には、隠せないのかなぁ」
夏奈には、やはり何かあったらしい。
「ねぇ、後で少し時間をもらっても良いかな? 相談したいことがあるの……」
「もちろんだ」
俺に相談して解決することなら、ぜひ力になりたい。
だから俺は、一言そう答えるのだった。