46、ドラムのyuji
「……歌うのは、夏休みに池とカラオケに行って以来か」
俺の呟きに、「会長と……?」と鋭い目つきで竜宮が反応した。
「優児の歌声で、冬華と夏奈を虜にしたあの時のことだな」
わざとらしく真面目な表情を浮かべて池はそう言った。
「マジな顔で揶揄うなよ……」
「俺は事実を述べただけだぞ」
俺のツッコミに、池は爽やかに笑って答える。
池の発言聞き、「冬華さんも一緒に……?」と、どぎつい眼差しを向けてくる竜宮が怖かった。
「あ、折角だし、ドラムもやってみる?」
と、鈴木がスタジオ内に置いてあったドラムセット見ながら軽口を言った。
それに反応する竜宮。
「それはいいかもしれませんね。先ほどはドラムパートはキーボード対応してましたけど、ドラムを叩ける人がいればそれに越したことはありませんし」
うふふ、と揶揄うように竜宮は言った。
無茶ぶりをして俺の困惑する様を見て、楽しみたいのかもしれない。
「……そうだな、一度叩いてみて良いか?」
俺が話しを受けると思っていなかった竜宮と鈴木は、互いに顔を見合わせる。
「いやいや、友木先輩。あんまり楽器を舐めない方が良いっすよ?」
「白井の言う通りです。素人がなんとなく演奏したいからと手を出しても、恥をかくだけですよ」
白井と黒田が俺に向かって、どや顔でそう言った。
きっと経験談なのだろう。
二人は何らかの楽器にチャレンジしてみたものの、思いのほか難しくて早々に挫折したのだろう。
「まぁ、聴いてろ」
俺はそう言ってから、ドラムの前に座る。
スティックを掌で弄ってから、軽くタム回しをしてみる。
掌に伝わる衝撃と、全身を震わせる音が心地よい。
「……え、叩けるんですか?」
黒田が目を丸くして、俺に問いかけた。
見れば、池が嬉しそうに笑っている以外は、全員大差ない表情だった。
「俺は中学時代、BE〇Kにハマッて、ゲーセンに通ってドラムマ〇アをやりこんでいた時期があってな」
「いや、ゲームで本物のドラムができるようになるか……?」
白井の呟きに、
「叩いてみた系動画もしょっちゅう見て、イメージトレーニングはばっちりだったしな」
俺の答えに、半信半疑の様子の竜宮たち。
何故だか微妙な空気になっていたので、ここでとっておきのネタを披露することにした。
「ちなみゲーセンには結構通っていたんだが、ギタ〇リとのセッションは、結局一度としてしたことがなかった……」
「友木先輩のどうでも良い悲しい過去が飛び出してきた……」
黒田は普通に引いていた。
白井は無反応、竜宮、鈴木は温かな視線を俺に向けてくれていた。
逆効果だったようだ。
「それなら、今日は……俺たちで初めてのセッションだな、優児!」
そう言って、池はノリノリでギターを鳴らす。
「……そうだなっ!」
俺は池のギターに合わせ、演奏を開始する。
俺の刻むビートと、池の奏でるメロディーが一つに溶け合う、不思議な――だけど確かに心地よい感覚だった。
「なんか始まった……!」
しばし呆然としていた鈴木と竜宮も演奏を始め、俺と池はツインボーカル曲を熱唱するのだった――。
☆
歌い終え、演奏も終えると、
「普通に上手かったけど、なんか――ムカつきました」
「楽しそうで良かったですね」
白井と黒田が、無表情でそう言った。
「あ……そうか」
さっきまで気持ちよく演奏をしていたのだが、あまりにクールな二人のテンションに、俺もなんだか気恥ずかしくなった。
「でも、お手本にはなったんじゃない?」
鈴木が二人に対して言うと、
「まぁ、それはそうですね……」
と、どこか不服そうに黒田は言い、白井もその言葉に頷いていた。
「……お役に立てたようで、光栄だ」
俺はそう言ってから、ドラムから離れようとして、
「あ、優児さん。折角ですし、あと何曲か付き合ってもらっても良いですか?」
「そうだな。ドラムを叩けるのに、わざわざ来てもらって、ずっと聞いてもらうだけっていうのも悪いしな」
竜宮と池に、そう告げられた。
本番はドラムなしだから、俺がいる状態の練習は、あまり意味はないだろう。
それでもこうして誘ってくれたのが嬉しくて、
「……それなら、お言葉に甘えて、もう一度だけ」
俺は、自然とそう答えていた。
☆
その後、池と竜宮の熱烈な指導により、白井のクセは矯正され、黒田の音程も随分とマシになった。
この調子であれば、文化祭当日までには期待が出来そうだと思った。
きっと、本番は大盛り上がりなんだろう。
僅かながらもその手助けができたことが、俺は嬉しく思うのだった。