45、栄光に向かってGO?
俺は今、初めて時間貸しの音楽スタジオに来ていた。
なぜ、スタジオに来ているのかというと、先日竜宮から「生徒会バンドの演奏、今度の休日に練習をするので、忌憚ない意見を聞かせてくれませんか?」と頼まれたからだった。
俺はその話に乗って、こうして新生生徒会メンバーと共に、音楽スタジオに来ていた。
「……はぁ」
というのに、俺を誘った張本人である竜宮は、ややテンションが低めだった。
そのテンションの理由は、なんとなく察することが出来る。
「……本命の冬華がいないからって、あからさまにテンション下がりすぎだろ」
俺は竜宮に向かってそう言う。
誘いを受けた時、「冬華さんも一緒に来てくれると嬉しいので、優児さんから声をかけてもらっても良いですか?」とウキウキの様子でそう頼まれていたのだが、あいにく冬華も文化祭の準備で今日は来られなかったのだ。
「いえ、優児さん。私は友人のあなたが来てくれただけで、大満足ですよ……。私たちの演奏にアドバイスをお願いしますね……」
弱々しく笑顔を浮かべた竜宮。
冬華に良いところ見せたかったのだと察しがついた。
「まぁ、文化祭当日は冬華も演奏を聞きに来るだろうし、その時にカッコいいところ見せつけたら良いんじゃないか? 本番が初披露の方が、インパクトもあるだろうし」
俺がフォローすると、「……確かに、そうかもしれませんね」と呟いた後、キリッとした表情を浮かべ、
「それでは、少しでも多く練習をする必要がありますね……。皆さん、今日はビシバシ行くので、覚悟をして下さい!」
と、竜宮は元気よく言った。
テンションが上がったようで、良かった。
「そうだな、折角休みの日にスタジオまで借りているんだし、時間を無駄にしないようにしないとな」
ギターのチューニングを終えた池が、微笑みながら言った。
「私もOK」
同じように、ベースのチューニングを終えた鈴木が言った。
「そうですか。私も準備は問題ありません。黒田さんと白井さんの準備が出来たら始めましょうか」
キーボードの前に立った竜宮が、後輩二人に確認を取る。
黒田は「大丈夫です」と答え、
「ちょっち水だけ飲ませてください!」
白井がそう言って、ペットボトルに口をつける。
「……それにしても、皆イメージ通りの楽器を演奏するんだな」
俺の言葉に、池が「そうか?」と苦笑し、「まー、池君はイメージ通りだよね。……いや、私もか?」と鈴木も呟く。
竜宮は、そんな二人に微笑みを浮かべてから、言った。
「そうかもしれませんね。バンドの花形であるギターを会長が、縁の下の力持ちとして欠かせない存在のベースを鈴木さんが、そして幼少期にピアノを習っていたお嬢様枠の私がキーボード! 確かに、ぴったりですね」
まーた漫画大好き竜宮さんがなんか言ってる……。
「自分でそれを言うメンタルの強さは、素直に尊敬する」
俺は無表情のまま、竜宮に向かって言う。
「もう一声~」
調子に乗った竜宮は、ノリノリでム〇ちゃんの声真似をした。
流石にイラっとした俺は、無表情のまま無反応を貫いた。
「そ、それではそろそろ演奏を始めましょうか」
滑ったことに狼狽えつつも、他のメンバーに確認を取る竜宮。
全員が互いの表情を確かめ合い、そして演奏が始まった。
多くの人が聞き覚えのあるメロディ。
人気バンドの曲をカバーするようだ。
楽器を担当している池、鈴木、竜宮は去年も演奏をしていたのだから、安定感がある。
池のギターは素人の俺が聞いても上手いと分かるし、鈴木のベースも心地の良いリズム。
竜宮のキーボードも、悔しいが上手いと思う。さっきの戯言がなければ、もう少し素直に褒められた。
後で、冬華の前ではさっきのコントは絶対にしないようにと、アドバイスをしなければ。
そして、一年生コンビの歌なのだが……。
これは――。
☆
「どうだった、優児?」
そして演奏が終わり、池が問いかけてきた。
「良かったと思う、演奏は。それぞれの音もだけど……なんというか、全体のバランスも良くまとまっていたんじゃないか?」
俺の言葉に、池と鈴木と竜宮は、安堵の表情を浮かべた。
外部の人間から好意的な感想をもらえて、安心したのだろう。
「友木先輩、演奏のことしか言ってませんでしたが、私の歌も褒めてくださいよ」
「いやいや、悪いけど黒田は俺の引き立て役だからさー、あんまり友木先輩困らせるなよ?」
「はぁ? そっくりそのままお返しするわ」
黒田と白井が、互いに言い合う。
俺はそれを、何とも言えない心境で見守り、それから、最大限言葉を選んで告げる。
「その……お前らの歌は。なんて言うか、上手く言えないんだが……。クソだった……」
「上手く言えないと前置きする割に、かなりストレートな罵倒が飛び出してきましたね……」
俺の言葉に、竜宮が即座に反応する。
しかし、黒田と白井は、納得をしていない様子だ。
「いやいや、確かに黒田はちょっとあれかもですけど、俺はかなりいい感じだったでしょ?」
「白井は……歌い方のくせが強すぎる。ある程度のアレンジはアリかもしれないけど、もっと原曲は大切にするべきじゃないか?」
「もちろん、曲へのリスペクトは忘れてないですよ? その上で、俺の音楽性をミックスさせてるわけっす。没個性の歌い方で埋もれるつもりはないんで……ちっす」
いっちょ前にミュージシャン気取りの白井がそう言った。
「もしかして白井、最近YOUTUBEに【くせの強すぎる大きなのっぽの古〇計】アップした人?」
「栄光に向かってGO!!はしてないっす……ちっす」
足を組みながら、囁くように白井は言った。
ウケを狙っているかどうか微妙なラインだったので俺は反応に困っていると、黒田が「はぁ」とでかいため息を吐いた。
「やっぱ、白井が私の歌の足を引っ張っていたんですね。……ボーカルは思い切って私だけにして、白井はカスタネットで『うんたん♪うんたん♪うんたん♪』してればいいんじゃないですか?」
白井に対してマウントを取る黒田。
俺は彼女に冷ややかな視線を向けてから、評価を述べた。
「黒田は普通に音痴だったな。声は良いと思うんだが、音程外しまくりだったぞ」
「え? いや、それはきっと白井の声がノイズになって私の歌がよくきこえなかったんじゃないですか?」
「黒田は練習すれば上達しそうだなとは思ったけど、現状は普通に音痴だったぞ」
黒田は俺の言葉を聞いて、後ろの生徒会メンバーを振り向いた。
視線を逸らす鈴木、苦笑を浮かべる竜宮、そして「まぁ、一緒に頑張ろう」と優しく言う池。
三人の反応を見て、
「……私の信じた世界が足元から崩れ去った音が聞こえました」
と呟いてから、その場で体育座りをした。
こいつ、どれだけ自分の歌に自信があったんだ……?
「はー、何かもー色々言われてやる気なくなっちゃったなー」
拗ねた様子の白井が言うと、黒田も続けて言う。
「確かに、白井の言う通りですよ。……というか、そこまで言うなら、友木先輩にお手本を見せてもらいましょうか?」
「それは名案! 良いですよね? まさか、歌詞知らないってわけじゃないだろうし……ねぇ、友木先輩?」
黒田と白井の1年コンビは、挑発的に俺に向かって言った。
2年生トリオを見ると、やれやれといった様子で後輩コンビに優しい眼差しを送っていた。
もしかしたら、こういった光景は日常茶飯事なのかもしれない。
そんな関係性が垣間見えて、ほっこりすると同時に、多分マジで俺が歌う流れなんだよなと諦観するのだった。